雪山のアピール
翌朝。
杏柚は珍しく朝一番の滑りを我慢していた。
「……滑りたい」
窓の外には、昨夜降ったばかりのふわふわの新雪。
スキーヤーなら誰もが飛び込みたくなる最高のコンディションだ。
しかし、今日は違う。
「社長は遅刻しちゃダメ!」
自分でそう言い聞かせながら、スキーウェアではなく制服に袖を通す。
朝食を食べ終えると、母がくすっと笑った。
「あら珍しい。今日は滑らないの?」
「が、我慢してるの!」
杏柚はぷるぷる震えながら窓を見つめる。
「今滑ったら、そのまま三本くらい滑っちゃうから……」
「三本で済むのかしら?」
「……十本くらい。」
「でしょうねぇ。」
母はのんびりお茶をすすった。
「でも、経営者っていうのも大変なのね。」
「うん。」
杏柚は真剣な顔でうなずく。
「滑るだけじゃ、お客さんは増えないもん。」
その一言に、母は少し驚いたような表情を見せた。
(ちょっとだけ、成長したかも。)
そんなことを思いながら、娘の背中を見送るのだった。
◇ ◇ ◇
放課後。
四人は再び白銀スノーパークの事務所へ集まっていた。
テーブルの上にはジュースとお菓子。
そして真っ白なスケッチブック。
「では!」
杏柚が勢いよく立ち上がる。
「第一回! 白銀スノーパーク復活大作戦会議を始めます!」
パンパカパーン!
どこからか効果音を口で再現する胡桃。
「ぱちぱちぱち。」
風夏は上品に拍手。
千春だけは苦笑していた。
「なんか学級会みたい。」
「細かいことは気にしない!」
杏柚は大きく「目標」と書く。
今年中に黒字!
四人はしばらくその文字を見つめた。
「……意外と難しくない?」
千春がぽつり。
「難しい!」
杏柚が即答する。
「即答するな!」
全員が笑った。
「でもね。」
杏柚はペンを持ち直す。
「まずは原因を探さないと。」
「なるほど。」
風夏がうなずく。
「どうして来なくなったのか、ですね。」
しげも会議に加わっていた。
「大型スキー場ができたのは一番大きい。」
「でも、それだけじゃない気がする。」
杏柚は考え込む。
「私だったら、どこへ行くかな……」
ふと胡桃が手を挙げた。
「あの!」
「どうしたの?」
「ホームページを見てみるのです!」
「ホームページ?」
しげが古いパソコンを立ち上げる。
数分後。
画面に映ったのは――
「…………。」
「…………。」
「…………。」
全員が固まった。
背景は十年以上前のデザイン。
写真は画質が粗い。
しかも雪が少ない年に撮ったらしく、ゲレンデが少し茶色い。
「これは……。」
千春が苦笑する。
「来たいとは思わないね。」
「うぅぅ……。」
杏柚は頭を抱えた。
「うちの雪、本当はもっときれいなのに!」
「写真だけでも印象は変わりますわ。」
風夏がスマホを取り出す。
「今の時代は、最初にインターネットで調べる人が多いですもの。」
「つまり!」
杏柚の目が輝く。
「写真を撮ろう!」
「え?」
「最高の雪を!」
四人は外へ飛び出した。
◇ ◇ ◇
夕方のゲレンデ。
空はオレンジ色。
雪はキラキラと輝いている。
「きれー!」
胡桃が思わず声を上げる。
「これなら映えるね。」
千春はスマホを構えた。
「杏柚、滑って!」
「任せて!」
ビュンッ!
杏柚は雪煙を上げながら滑り出す。
大きくターン。
雪が夕日に舞う。
「今!」
パシャッ!
「もう一枚!」
パシャッ!
風夏は構図を考えながら撮影する。
「今度は笑顔で!」
「こう?」
「もっと楽しそうに!」
「えへへー!」
パシャッ!
三十分後。
撮れた写真を確認する。
「……すごい。」
千春が思わずつぶやいた。
そこにはパンフレットより何倍もきれいな景色が写っていた。
「これ、本当にうち?」
杏柚まで驚く。
「撮る人が違うだけで、こんなに変わるんだ。」
風夏が微笑む。
「景色は昔から変わっていません。」
「魅力を伝えられていなかっただけです。」
その言葉に、しげが深くうなずいた。
「社長もよく言ってた。」
「え?」
「『いい雪は黙ってても伝わる』って。」
杏柚は苦笑する。
「お父さんらしい……。」
「でも今は違う。」
千春がスマホを掲げる。
「伝えないと誰も知らない時代。」
その一言が杏柚の胸に刺さった。
「そうだ。」
杏柚は勢いよく立ち上がる。
「SNS始めよう!」
「え?」
「毎日写真を載せる!」
「今日はこんな雪!」
「今日は夕日がきれい!」
「今日は新雪!」
「今日はコンポタ!」
「最後だけ食べ物なのです!」
胡桃が笑う。
「いや、大事だよ!」
杏柚は真剣だった。
「毎日更新したら、『今日行こうかな』って思う人がいるかもしれない!」
「それなら私、写真を撮ります。」
風夏が手を挙げる。
「私は文章を書く。」
千春も続く。
「じゃあ私は食レポ担当なのです!」
胡桃が胸を張る。
「全部食べるの?」
「頑張るのです!」
「太るよ?」
「……歩いて帰るのです。」
みんなで吹き出した。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
杏柚たちはスキー場の公式SNSを開設した。
記念すべき一枚目は、夕日に染まる白銀のゲレンデ。
文章は千春が考えた。
『今日の白銀スノーパーク。
静かな夕暮れと、誰も滑っていない最高の雪。
この景色を見に来ませんか?』
投稿ボタンを押す。
「これで……終わり?」
杏柚が首をかしげる。
「いや、始まり。」
千春が笑った。
「一人でも見てくれたら成功。」
数分後。
「見て!」
胡桃がスマホを差し出した。
『いいね 1』
「一人!」
「増えた!」
次の瞬間。
『いいね 3』
『いいね 8』
「増えてる!」
杏柚は目を丸くした。
コメントまで届く。
『雪きれいですね。』
『昔よく行ってました!』
『今年遊びに行こうかな。』
杏柚は胸が熱くなった。
「来てくれるかな……。」
「きっと来ます。」
風夏が優しく微笑む。
「杏柚さんの大好きな景色ですもの。」
その夜、杏柚は父の置き手紙をもう一度読み返した。
「……見ててよ、お父さん。」
スマホには新しい通知が届く。
『フォロワー 50人』
まだ小さな数字。
でも杏柚には、それが大きな一歩に思えた。
白銀スノーパーク再生計画。
最初の挑戦は、小さな「いいね」から始まったのだった。




