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初めての経営者

放課後を知らせるチャイムが鳴ると同時に、杏柚は勢いよく立ち上がった。


「みんな! お願い! うちのスキー場に来て!」


 突然の大声にクラスメイトが一斉にこちらを見る。


「えっ、いきなり?」


 千春が目を丸くする。


「お父さんの置き手紙、本当だったの?」


 風夏もまだ半信半疑らしい。


「もちろん本当なのです!」


 なぜか胡桃だけが力強くうなずいた。


「……いや、くーちゃんは信じるの早すぎるよ」


 杏柚が苦笑すると、四人は笑いながら教室を出た。


 学校から歩いて二十分。


 町外れの山のふもとにある『白銀スノーパーク』は、杏柚の祖父の代から続く小さなスキー場だった。


 リフトは二基だけ。


 コースも初級と中級が中心。


 派手な設備はないが、雪質だけは町でも一番と評判だ。


「久しぶりに来たけど、やっぱり景色は最高だね」


 千春が真っ白なゲレンデを見渡す。


 夕日に染まり始めた雪面が黄金色に輝いていた。


「ここ、本当に好きなんです」


 風夏も微笑む。


「静かで落ち着きますもの」


「ソリ遊びもできるのです!」


 胡桃はすでにテンションが上がっている。


 そんな三人を見ていると、杏柚の胸は少しだけ温かくなった。


「ありがと。来てくれて」


「困ったときは友達でしょ」


 千春が肩をぽんと叩く。


「それに、面白そうだし」


「そこなんだ」


 思わず笑ってしまう。


 受付へ入ると、奥から大柄な男性が現れた。


 五十代くらいだろうか。


 日に焼けた顔に優しい目。


 分厚い手は長年雪と向き合ってきた証だった。


「おぉ、お嬢!」


「しげさん!」


 父の手紙に書かれていた従業員のまとめ役、『しげ』こと重松茂雄だった。


「話は社長から全部聞いてるよ」


「全部って……」


「『三年くらい帰らないからよろしく』だと」


「軽い……」


 四人全員が同時にため息をつく。


 しげは苦笑した。


「あの人らしいだろ?」


 否定できなかった。


 事務所へ案内されると、一枚の紙が机に置かれた。


「まずは現状を見てもらおう」


 そこには今シーズンの売上が書かれていた。


 去年より一割減。


 食堂の売上も減少。


 レンタル利用者も少しずつ減っている。


「赤字……」


 杏柚は思わずつぶやく。


「雪はいい。今年も最高だ」


 しげは窓の外を見ながら言う。


「だけど隣町に新しい大型スキー場ができてから、お客さんが流れ始めた」


 大型ホテル。


 高速ゴンドラ。


 イルミネーション。


 ナイター営業。


 最新設備。


 勝負になるはずもない。


「設備で勝負したら負けるね」


 千春が腕を組む。


「そんなお金ないもん」


 杏柚も肩を落とす。


 しげは静かにうなずいた。


「だから社長は困ってた」


 部屋に重い空気が流れる。


 その沈黙を破ったのは胡桃だった。


「でも、お客さんって何を求めて来るのです?」


「え?」


「大きいスキー場だから行く人もいるけど、小さいから行く人もいると思うのです」


 全員が胡桃を見る。


「……確かに」


 風夏が小さくうなずいた。


「私はこちらのほうが好きです」


「人が少なくて滑りやすいもんね」


 千春も続ける。


 杏柚はハッとした。


 毎日滑っていたから気づかなかった。


 自分にとって当たり前だった景色が、他の人には魅力だったのだ。


「しげさん!」


「なんだい?」


「このスキー場のいいところって何?」


 しげは少し考えてから笑った。


「雪質。」


「うん!」


「待ち時間がない。」


「うんうん!」


「従業員がお客さんの顔を覚えてる。」


「そうだ!」


「常連さんとは毎年家族みたいに話してる。」


「それ!」


 杏柚は机を叩いた。


「それだよ!」


「え?」


「うちは大型スキー場になれない。でも、小さいからできることがある!」


 しげの目が少しだけ大きくなる。


「例えば?」


「……まだ思いついてない!」


 ずるっと千春がこけた。


「勢いだけかい!」


「でも何かあるよ!」


 杏柚は立ち上がる。


「絶対ある!」


 風夏が優しく笑う。


「では、一緒に考えましょう」


「四人寄れば文殊の知恵なのです!」


「その前に腹ごしらえだね」


 千春が食堂を指さした。


 中には誰もいない。


 営業中なのに、お客はゼロ。


「これは寂しいね……」


 杏柚は店内を見回す。


 カレー、ラーメン、うどん。


 どれも普通。


 悪くはない。


 でも「ここで食べたい」と思える決め手もない。


 自動販売機の前で杏柚は足を止めた。


「……あ。」


「どうしたの?」


「コンポタ。」


「え?」


「私、このコンポタ飲むために滑ってる!」


「いや、それは杏柚だけじゃ……」


 千春が苦笑する。


 しかし風夏が真剣な表情になった。


「いいえ。」


「え?」


「実は私も毎回来るたび飲んでいます。」


「私もなのです!」


 胡桃も手を挙げる。


「寒い日に飲むコーンポタージュは世界一なのです!」


 三人が同時にうなずいた。


 杏柚は目を輝かせる。


「そうだ!」


「また何か思いついた?」


「うちの名物を作ろう!」


「名物?」


「『滑ったら絶対これ!』っていうもの!」


 しげが腕を組む。


「なるほど……」


「大きいところにはできない、小さいスキー場だからできる名物!」


 杏柚の頭の中では、もう次々とアイデアが浮かび始めていた。


 食べ物。


 イベント。


 写真スポット。


 子ども向け企画。


 SNS。


 全部試してみたい。


「しげさん!」


「なんだ?」


「明日から会議しよう!」


「会議?」


「うん!」


 杏柚は満面の笑みを浮かべた。


「このスキー場を、みんなが『また来たい!』って思う場所に変える!」


 三人も笑顔でうなずく。


「もちろん手伝うよ」


「私も協力します」


「プリン代のために頑張るのです!」


「理由がそれなの?」


 思わず全員が笑った。


 夕日がゲレンデを赤く染める。


 白銀の世界は昼とは違う優しい色に包まれていた。


 父は気ままに海外へ旅立ってしまった。


 経営の知識なんて一つもない。


 赤字続きの小さなスキー場。


 不安なら、山ほどある。


 それでも杏柚は不思議と前を向いていた。


 隣には信頼できる仲間がいる。


 支えてくれる母やしげさんもいる。


 そして何より、このスキー場が大好きだった。


「絶対に黒字にして、お父さんが帰ってきたらびっくりさせてやるんだから!」


 その宣言は、夕暮れのゲレンデへ高らかに響いた。


 白銀スノーパーク再生計画。


 その第一歩が、今ここから始まる。

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