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冬まつり

「観光協会との打ち合わせ?」


 放課後、杏柚は学校からそのままスキー場へ向かった。


 事務所に入ると、しげが一枚の案内状を差し出す。


「この前の雪だるま選手権を見て、正式に話が来た。」


 封筒には『冬の雪まつり実行委員会』と書かれている。


「来月、この町全体で冬祭りを開きたいそうだ。」


「町全体?」


 杏柚は目を丸くした。


「そんな大きなイベントなの?」


「昔は毎年やってたんだけどな。」


 しげは少し懐かしそうに笑う。


「人が減って、予算もなくなって、五年前から中止になってた。」


「そうだったんだ……。」


 杏柚は窓の外を見る。


 白銀スノーパークだけではない。


 この町そのものが少しずつ元気をなくしていたのだ。


「だから。」


 しげは優しく言う。


「今年はもう一度やってみようって話になった。」


 杏柚は拳を握った。


「やろう!」


「うちだけじゃなくて、町のみんなで!」


     ◇ ◇ ◇


 三日後。


 町の公民館には商店街の人たちや旅館の主人、農家、木工職人の佐々木、そして観光協会の人たちまで集まっていた。


 高校生の杏柚が前に立つと、少しだけざわつく。


「本当にあの子が?」


「社長なんだって。」


「テレビに出てた子だ。」


 そんな声が聞こえてきて、杏柚は少し緊張した。


(だ、大丈夫……。)


 隣を見ると、千春たち三人が笑顔で親指を立てている。


 その姿に勇気をもらい、杏柚は一歩前へ出た。


「今日は集まっていただいてありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げる。


「私は白銀スノーパークで、いろんなイベントをやってきました。」


 雪だるま大会。


 手作りポタージュ。


 木工のお土産。


 SNSでの情報発信。


「でも、それだけじゃ足りないと思いました。」


 会場が静かになる。


「お客さんが帰るときに、『この町、楽しかったね』って思ってもらいたいんです。」


 その言葉に、旅館のおばあさんが静かにうなずいた。


「だから、一緒に冬祭りを作りませんか?」


 一瞬の静寂。


 そして、一人が拍手をした。


 パチパチ……。


 その拍手は少しずつ広がり、やがて会場全体を包み込んだ。


     ◇ ◇ ◇


 一週間後。


 準備は大忙しだった。


「雪灯ろうは商店街が担当!」


「甘酒は婦人会!」


「焼き芋は農家のおじさんたち!」


「木工体験は佐々木さん!」


「うちは雪遊び広場!」


 それぞれが得意なことを持ち寄る。


 誰か一人が頑張るのではない。


 町のみんなで作る冬祭りだった。


「こういうの、いいね。」


 千春が笑う。


「文化祭みたい。」


「町全体の文化祭なのです!」


 胡桃も楽しそうだ。


 風夏は案内マップをきれいにデザインしている。


「これなら初めて来た方でも迷いません。」


「さすがふーちゃん!」


 杏柚が拍手する。


     ◇ ◇ ◇


 祭り前日。


 雪灯ろう作りが始まった。


 雪を四角く切り出し、中をくり抜いてロウソクを入れる。


「意外と難しい……。」


 杏柚が苦戦していると、


「こうやるんだ。」


 近所のおじいさんが手際よく作って見せてくれた。


「わぁ!」


「昔は毎年やってたからな。」


「教えてください!」


 気づけば子どもたちも集まり、一緒に雪灯ろうを作っていた。


 夕方になる頃には、何百個もの雪灯ろうが並んでいた。


 まだ火は入っていない。


 でも、その光景だけで胸がわくわくした。


     ◇ ◇ ◇


 祭り当日。


 朝から快晴。


 開場前なのに駐車場には次々と車が入ってくる。


「すごい!」


 杏柚は目を丸くした。


「去年まで中止だったなんて信じられない。」


 午前中はソリ大会。


 木工体験。


 雪だるま作り。


 地元野菜の販売。


 スキー初心者教室。


 どこへ行っても笑い声が聞こえる。


 食堂ではコーンポタージュが飛ぶように売れていた。


「あと二十杯なのです!」


 胡桃が厨房から叫ぶ。


「追加お願い!」


「了解!」


 しげも汗だくで鍋をかき混ぜている。


     ◇ ◇ ◇


 日が沈み始める頃。


 杏柚たちはゲレンデの下へ集まった。


「いよいよですね。」


 風夏が静かにつぶやく。


 雪灯ろうに一つ、また一つと火が灯されていく。


 オレンジ色の優しい光。


 白い雪に反射して、幻想的な景色が広がる。


「きれい……。」


 思わず誰かがつぶやいた。


 ゲレンデ一面に並ぶ雪灯ろう。


 まるで星空が雪の上へ降りてきたようだった。


 その景色を見たお客さんたちから、自然と拍手が起こる。


「写真撮って!」


「すごーい!」


「また来年も来よう!」


 そんな声があちこちから聞こえてきた。


     ◇ ◇ ◇


 夜。


 祭りも終わり、片付けをしていると、一人の男性が杏柚に声を掛けた。


「今日はありがとう。」


「ありがとうございました!」


「実はね。」


 男性は照れくさそうに笑う。


「私はこの町の出身なんだ。」


「そうなんですか?」


「仕事で都会へ出てから、十年帰ってなかった。」


 杏柚は静かに耳を傾ける。


「でもテレビを見て、懐かしくなって。」


「今日来てみたら、昔より賑やかになっていて嬉しかった。」


 男性は少し目を潤ませながら言った。


「来年は家族も連れて帰ってくるよ。」


 その言葉に、杏柚は胸が熱くなる。


「待ってます!」


 自然と笑顔がこぼれた。


     ◇ ◇ ◇


 祭りが終わり、みんなで売上を確認する。


「観光協会から連絡です。」


 風夏が資料を見ながら言った。


「今年の来場者数は、五年前に冬祭りを開催した最後の年を上回りました。」


「やったぁ!」


 杏柚は思わず飛び上がる。


 でも、しげは数字よりも別の紙を差し出した。


「アンケートだ。」


 そこには、お客さんの手書きの感想が並んでいた。


『町の人がみんな優しかった。』


『大型スキー場にはない温かさがありました。』


『子どもが帰りたくないと泣いていました。』


『来年も絶対来ます。』


 杏柚は一枚一枚、ゆっくりと読み進める。


 最後の一枚には、たった一言だけ書かれていた。


『この町が好きになりました。』


 その言葉を見た瞬間、杏柚は思わず笑みを浮かべた。


「……よかった。」


 それだけで十分だった。


 白銀スノーパークを元気にしたい。


 そう思って始めた挑戦は、いつの間にか町全体を巻き込み、多くの人の笑顔を生み出していた。


 そしてその夜。


 遠くカナダの山小屋で、父は日本から送られてきた冬祭りの写真を眺めながら、ひとり静かに笑っていた。


「まだ帰れそうにないな。」


「なんでだ?」


 叔父が呆れたように聞く。


「俺が帰るより。」


 父は雪灯ろうに照らされた娘の笑顔を見つめながら答えた。


「今は、あいつが主人公だからな。」


 その言葉とともに、窓の外では静かに雪が降り始めていた。


 白銀スノーパークの冬は、まだまだ終わらない。

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