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ゼログラム  作者: M氏
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鏡に映らない 小学生編

 きさきれいらは、放課後の教室で、俺の席に座って待っていた。


 誰もいない五年三組。窓から差す夕日が、そいつの長い髪を、赤く染めている。制服でも、黒い服でもない、見たことのない白い服。年は、たぶん俺たちより少し上。でも、子どもには見えなかった。


「やっと来た」と、そいつは微笑んだ。「待ちくたびれたわ、“データのない子ども”」


 俺の隣で、音也が、息を呑むのが分かった。


「……妃れいら」音也が、低く言う。「四天王の、いちばん上」


「あら、知っててくれてるのね。光栄」


 妃は、ゆっくりと立ち上がった。そのとき、俺は気づいた。こいつ──息を、止めていない。


 ふつうに呼吸をしながら、その指先に、力の気配がある。能力者は、息を止めているあいだだけ、力を出せる。なのに、こいつは。


「特異体質だ」音也が、かすれた声で言った。「息を止めなくても、能力を出せる。──しかも、二十歳の枷も、たぶん超える。生まれつきの、化け物だよ」


「化け物。ひどい言い方」妃は、くすりと笑う。「わたしはただ、生まれつき、恵まれていただけ」


  *


 先に動いたのは、音也だった。


 高い音を放って、妃の動きを止めようとする。けど、妃は、ひらりと手をかざした。


 その瞬間、妃の口から、音也とまったく同じ「音」が、放たれた。


 二つの音が、ぶつかって、相殺される。音也の音が、消えた。


「なっ──」


「いい音ね。いただくわ」妃は、楽しそうに言う。「わたしの能力は、コピー。一度見た能力は、だいたい、そのまま使えるの」


 コピー。


 妃が、つぎに、すうっと息を吸わずに、拳を引いた。その拳のまわりに、見覚えのある、かげろう。


 轟の、チャージ。


 そして、その足元に、皇帝のドームの、うっすらとしたゆがみ。


「あなたたちが、苦労して倒してきた力」妃は、微笑む。「轟の一撃。皇帝の守り。ぜんぶ、わたしのもの。同じ組織だもの、何度も見てきたから」


 俺たちが、命がけで攻略してきた能力を、こいつは、ぜんぶ、持っている。しかも、息継ぎの隙すらない。


 絶望、ってやつの形を、初めて、はっきり見た気がした。


  *


 チャージされた一撃が、飛んできた。俺は転がってよける。背後の黒板が、内側からはじけ飛んだ。


「音也、下がれ!」


 二人で、机の陰に隠れる。音也の息が、上がっていた。


「……零、無理だ。あいつ、全部持ってる。おまけに息継ぎがない。隙が、ねえんだよ」


 隙が、ない。たしかに。


 でも──俺の頭の悪くないところが、また、勝手に回りはじめた。


 さっきのチャージ。轟のときより、ためが、短かった。威力も、少し軽かった。皇帝のドームも、なんだか、薄い。


 ──こいつ、能力の”現象”はコピーできても、“使い方”までは、コピーできてない。


 轟は、寿命を削って、限界までためた。皇帝は、十年かけて、兄弟で連携を磨いた。妃は、その”形”だけをなぞっている。中身が、ない。


 才能で、全部、手に入れてきたやつ。だから──積み上げてきた、本物には、届かない。


「音也」俺は、小声で言った。「あいつのコピー、劣化版だ。本人ほど、使いこなせてない。付け入る隙は、ある」


「……マジか」


「マジだ。──行くぞ」


  *


 俺は、机の陰から飛び出した。


 妃が、こちらに手をかざす。コピーした能力を、撃つ気だ。


 その前に、俺は息を止めて、能力を出した。床に転がる椅子の重さを、妃の足元へ──


 そのときだった。


 妃の動きが、止まった。


 手をかざしたまま、俺を見て、目を、見開いている。


「……読めない」


「は?」


「あんたの能力……読めない。コピー、できない……」妃の声が、初めて、揺れた。「どういうこと? わたしは、一度見た能力なら、何だってコピーできる。轟も、皇帝も、その子の音も、ぜんぶ……なのに、あんたのだけ……」


 妃が、もう一度、手をかざす。俺の能力を、読み取ろうとして。


 でも、できない。妃の指先が、空をつかむように、何度も、空振りする。


「なんで……あんた、何なの……? 能力を使ってるのは、見えてる。重さを、動かしてる。なのに、その”仕組み”が、まるで……この世界に、存在しないみたいに……読めない……」


 この世界に、存在しないみたいに。


 その言葉が、俺の、胸の奥のモヤモヤに、ぴたりと、はまった。


 俺だけ、コピーできない。俺だけ、データがない。俺だけ──この世界に、ちゃんと「登録」されていない。


 なんでだ。なんで、俺だけ。


「……零?」音也が、俺の顔を見て、戸惑っている。「お前、どうした。顔、真っ青だぞ」


 俺自身が、いちばん、分からなかった。自分が、何なのか。


  *


 妃は、しばらく、俺を見つめていた。さっきまでの余裕が、消えて、代わりに、別の色が浮かんでいた。


 好奇心。それも、ぞっとするほど、深い。


「ふふ」妃が、笑った。今度は、心の底から、楽しそうに。「面白い。すごく、面白いわ、あんた」


 妃が、一歩、近づいてくる。


「コピーできない能力なんて、初めて。データのない子どもなんて、初めて。──ねえ、あんた、いったい、どこから来たの?」


 どこから、来たの。


 俺が、ずっと、知りたかったこと。誰も、教えてくれなかったこと。それを、敵が、口にした。


「もっと、知りたくなっちゃった」妃は、うっとりと言う。「あんたのこと、ぜんぶ。──だから、ここで殺すのは、やめておくわ」


 妃が、くるりと背を向ける。


「次に会うときは、本気で、あんたを”開けて”あげる。中に、何が入ってるのか──見せてちょうだいね」


 そう言い残して、妃は、夕日の中へ、消えていった。


 残された教室で、俺と音也は、しばらく、動けなかった。


「……零」音也が、ぽつりと言った。「お前、ほんとに、何者なんだ?」


「……知らねえよ」


 知らない。本当に、知らない。


 でも、一つだけ、はっきりしたことがあった。


 俺が抱えてきたモヤモヤの正体は──たぶん、この世界の、いちばん深いところに、つながっている。


 そして、それを暴くために、四天王の最強が、俺に狙いを定めた。


 夕日が、落ちていく。


 俺が、何者なのかを知る日は──もう、すぐそこまで、来ていた。

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