第5話「古竜の化身」
地面に横たわるジルの瞳が、ルリアを捉える。
冷たく透き通った金色の虹彩が、木漏れ日を反射して鋭く輝いた。
男はゆっくりと上体を起こす。
血と泥で重くなった黒い服が擦れ、かすかな音を立てる。
彼は自らの背中に手を回し、大きく裂けていたはずの衣服の隙間から、無傷の皮膚を指先でなぞった。
滑らかな筋肉の起伏だけがそこにあり、致命傷の痕跡は完全に消え去っている。
信じられないというように、男の眉根が寄った。
「一体、俺に何を飲ませた」
男は立ち上がり、ルリアを見下ろす。
頭一つ分以上も高い長身が、ルリアの体に濃い影を落とした。
ルリアは数歩後ずさり、空になったガラス瓶をローブのポケットにそっと滑り込ませる。
「私が調合した、ただのポーションです」
ルリアが平坦な声で答えると、男の顔に明らかな戸惑いの色が浮かんだ。
「ただのポーションだと。俺の傷は、普通の治癒魔法では塞がらない呪いを帯びていたはずだ。それを一瞬で……」
男は言葉を切って、自らの口の周りを手の甲で拭う。
彼の表情が、唐突に不快げなものへと変わった。
「それに、口の中にこびりついているこの泥水のような味と、鼻を突く腐敗臭はなんだ」
「見た目と味は少し悪いですが、効果は確かなので我慢してください」
ルリアは全く悪びれることなく、まっすぐに男の金色の瞳を見返した。
男は呆れたように大きく息を吐き出し、乱れた銀色の髪を荒っぽくかき上げる。
「俺はジルだ。お前には大きな借りができた」
「私はルリアです。怪我が治ったのなら、もう帰っても大丈夫ですよ」
ルリアは短く名乗り、足元に置いていた麻袋を拾い上げる。
ジルは周囲の森に視線を巡らせ、何かを探るように鼻を動かした。
「帰る場所などない。俺は少し前まで、この森の奥深くで同族と縄張り争いをしていてな」
ジルの言葉に、ルリアは小首を傾げる。
『同族って、人間のことじゃないのかな』
ルリアの疑問をよそに、ジルはルリアのそばに歩み寄り、その顔をじっと覗き込んだ。
「行く当てがない。お前、どこに住んでいる」
「村長さんに借りた、村のはずれにある小屋ですけど」
「ならば、そこに置け。命を救われた恩は、きっちり行動で返す主義だ」
ジルは有無を言わさぬ口調で告げ、ルリアの持つ麻袋を無造作に奪い取った。
その腕力は人間離れしており、ルリアが抵抗する隙すら与えない。
ルリアは少し戸惑ったが、彼の頑なな態度を見て、ため息とともに受け入れることにした。
「分かりました。でも、狭い小屋ですよ」
「構わん。野宿よりはマシだ」
ジルは麻袋を肩に担ぎ、ルリアを促すように顎をしゃくった。
二人は連れ立って、鬱蒼とした森の道を歩き始める。
ルリアは気づいていなかった。
ジルの体から微かに漏れ出す圧倒的な威圧感が、森に潜む凶暴な獣たちを震え上がらせ、彼らの進む道から一切の危険を遠ざけていることに。
◆ ◆ ◆
村のはずれにある古い小屋に到着すると、ジルは眉をひそめて建物を値踏みした。
「壁の隙間から風が吹き抜けているぞ。これで住居と呼べるのか」
「昨日掃除したばかりなので、これから少しずつ直していく予定です」
ルリアは小屋の扉を開け、ジルを中へと招き入れた。
ジルは荷物を床の隅に置き、部屋の中央に鎮座する黒ずんだ錬金釜を物珍しそうに見つめている。
「お前は錬金術師なのか」
「はい。王都から来ました」
ルリアは袖をまくり上げ、すぐさま作業の準備に取り掛かった。
森で採取してきた青白い花や、奇妙な形をしたキノコを麻袋から取り出し、作業台の上に広げる。
ジルは壁に背を預け、腕を組んでルリアの動きを静かに観察していた。




