第4話「森での出会い」
翌朝、ルリアはまだ薄暗いうちに目を覚ました。
冷たい空気が小屋の中に満ちている。
水差しから水をすくい、顔を洗って意識をはっきりさせる。
今日はさっそく、森へ素材の採取に向かう予定だ。
革鞄の中に小さなナイフと空の麻袋を入れ、肩に掛ける。
小屋の扉を開けると、朝露に濡れた草の匂いが鼻腔をくすぐった。
村を抜け、鬱蒼と茂る森の中へと足を踏み入れる。
高い樹木が陽の光を遮り、周囲は薄暗くひんやりとしている。
足元の腐葉土が、歩くたびに柔らかく沈み込む。
ルリアは木の根元や茂みの陰を注意深く観察しながら、ゆっくりと歩みを進めた。
「あっ、これ……」
大きな倒木の陰に、青白い光を放つ小さな花を見つけた。
ルリアの呼吸が熱を帯びる。
本でしか読んだことのない、希少な薬草だ。
ナイフを取り出し、根を傷つけないように慎重に土を掘り返す。
手に取った花からは、かすかに甘い香りが漂ってきた。
『すごい。王都の周辺じゃ絶対に見つからない』
麻袋に薬草をしまい、さらに森の奥へと進む。
珍しい植物や見たことのないキノコを次々と発見し、ルリアの足取りはどんどん軽くなっていった。
時間を忘れて採取に没頭していたその時。
風向きが変わり、生臭い匂いが鼻を突いた。
鉄の錆びたような、濃烈な血の匂い。
ルリアの足がピタリと止まる。
全身の産毛が逆立ち、本能が危険を告げている。
だが、匂いの元には誰かが倒れているのかもしれない。
ルリアは息を潜め、足音を立てないように匂いのする方へと近づいていった。
深い茂みを掻き分けた先。
木漏れ日が差し込む小さな空き地に、黒い服を着た男が倒れていた。
長身の体は横向きに丸まり、周囲の土はべっとりと黒赤く染まっている。
男の背中から腰にかけて、肉が深く裂けた巨大な傷口が口を開けていた。
普通の獣に襲われたような傷ではない。
ルリアは駆け寄り、男のそばに膝をついた。
「しっかりしてください」
男の肩を揺するが、反応はない。
青ざめた顔は土に汚れ、呼吸は浅く途切れがちだ。
銀色の髪が、汗と血で額に張り付いている。
体温はひどく低下しており、命の灯火が今にも消えようとしていた。
『このままじゃ死ぬ』
ルリアは慌ててローブのポケットに手を突っ込み、王宮から持ち出してきたガラス瓶を取り出した。
泥水のように濁った、あのポーションだ。
コルクの栓を引き抜き、男の頭を抱え上げる。
顎に手を添えて口を無理やり開かせ、濁った液体を流し込んだ。
強烈な苦味と腐敗臭が漂うが、ルリアは迷わず全量を男の喉の奥へと送り込む。
ごくり、と喉仏が動くのを確認し、男の体を静かに地面へ下ろした。
ルリアは息を殺して傷口を見つめる。
次の瞬間、男の背中の裂傷が熱を帯びたように赤く発光し始めた。
肉が盛り上がり、千切れた血管と皮膚が互いに引き寄せ合うように結びついていく。
ほんの数回のまばたきの間に、巨大な傷痕は跡形もなく消え去っていた。
男の胸が、深く規則的なリズムで上下し始める。
血の気が失せていた頬に、赤みが戻っていく。
ルリアは安堵の息を吐き、額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。
男の長いまつ毛が震え、ゆっくりと瞼が開く。
そこから覗いたのは、ガラス玉のように冷たく透き通った、金色の瞳だった。
男はぼんやりと空を見つめた後、視線を動かしてルリアを捉えた。
「……お前が、俺を助けたのか」
低く掠れた声が、静かな森に響いた。




