第3話「辺境の村シルバ」
深い緑のアーチを抜けると、視界が一気に開けた。
切り株が点在する土の広場の向こうに、木組みの素朴な家々が身を寄せ合うように並んでいる。
日に焼けた麦わら屋根から立ち上る細い煙が、高く澄んだ青空に溶けていく。
ここが、地図の果てに記されていたシルバ村だ。
土の匂いと藁の匂い、そして家畜の生活臭が混ざり合った、温かみのある空気がルリアの肺を満たした。
ルリアは肩に食い込む革鞄の位置を直し、ゆっくりと村の広場へ足を踏み入れる。
広場では、粗末な麻の服を着た農民たちがクワを振るい、乾いた土を耕していた。
見慣れない余所者の登場に、彼らの土にまみれた手が止まる。
日焼けした顔に浮かぶのは、あからさまな警戒を含んだ視線だった。
ルリアは立ち止まり、背筋を伸ばして深く頭を下げる。
「王都から来ました、ルリアと申します」
顔を上げると、白髭を蓄えた大柄な老人が群衆を掻き分けて近づいてきた。
太い腕には土がこびりつき、深い皺の刻まれた顔がルリアを値踏みするように見つめる。
「王都から、こんな辺境に何用かな」
老人の声は低く、警戒心がひしひしと伝わってくる。
「錬金術師をしています。この村の近くの森に、珍しい素材があると聞いてやってきました。もしよろしければ、しばらくこの村に滞在させていただけないでしょうか」
錬金術師という言葉を聞いた瞬間、老人の硬い表情がわずかに和らいだ。
「錬金術師だと。薬を作れるのか」
「はい。怪我の治療薬や、病を癒す薬を作れます」
ルリアがはっきりと答えると、老人は安堵したように大きく頷いた。
「わしはこの村の村長をやっている、ガランという。薬師が来てくれるのはありがたい。村には医者がおらんからな。滞在は大歓迎だ」
ガランの言葉を合図に、周囲の村人たちの間に広がっていた緊張がほどけていく。
土にまみれた手で、歓迎の拍手がパラパラと起こり始めた。
王都での冷たい視線とは全く違う、純粋で温かい眼差しがルリアを包み込む。
◆ ◆ ◆
ガランに案内されたのは、村のはずれにある長い間使われていなかった小さな木造の小屋だった。
立て付けの悪い扉を開けると、隙間風が入り込み、床にはうっすらと白っぽい埃が積もっている。
壁には緑のツタが這い、屋根の木板は所々歪んで隙間から外の光が漏れていた。
「粗末な小屋で申し訳ないが、雨風はしのげるはずだ。好きに使ってくれ」
「ありがとうございます。十分すぎます」
ガランが去った後、ルリアは小屋の中央に立ち、大きく伸びをした。
埃っぽい空気を胸いっぱいに吸い込む。
誰の目も気にする必要のない、自分だけの空間。
ルリアは袖をまくり上げ、すぐさま掃除に取り掛かった。
外にある石造りの井戸から木桶で水を汲み、持参した布を浸して固く絞る。
冷たい水が指先の感覚を奪っていくが、ルリアは構わず床や壁の汚れを丁寧に拭き取っていった。
長年放置されていた木の床は、拭くたびに黒い汚れが布にこびりつく。
力仕事に慣れていない腕はすぐに悲鳴を上げたが、苦痛よりも居場所を作る喜びが勝っていた。
陽が傾き始めた頃、ようやく小屋の中は生活できる状態になった。
ルリアは部屋の隅に、使い込まれた錬金釜を静かに置く。
黒ずんだ釜の表面を指先でそっとなぞる。
『ここから、私の本当の生活が始まる』
窓の外では、夕日に染まった森が風に揺れて葉鳴りの音を響かせていた。
王城の豪華な部屋よりも、この小さな小屋が何倍も輝いて見えた。




