08:隕石落とし
あのとき俺は食糧事情をクリアすると言ったが、やっとその入口に辿り着いた。長かった、本当に長かった。
部族別に指示を出していたら調子に乗って『町づくり』する羽目になっていた。そしてやっと輸送すべき食糧が無いことに気づいたのだ。
忘れてないし。知ってたし。
シーツが敷かれた床で目に目隠しをされて寝転がる。閉ざされた視界のお陰か弊害か、視覚以外の感覚はより鋭敏になっている。
後頭部は極上の枕に包まれ、鼻腔をくすぐるのはどこまでも甘い香り。
「あのぉ本当にこれしか方法はないんですよね?」
「あんっ! 急にしゃべっちゃだーめ」
特定場所にガツンとくる艶めかしい声。同時に唇に冷たい感触が触れた。
さあ感覚を研ぎ澄ませ士郎、これは……人差し指で口を押えている、のか?
膝枕。
これが今の俺の姿勢だ。
お相手は夜魔族のファニー、北緯一五度、魔性の女。横向きになろうとしたら『顔はこっちぃ』と、彼女の腹部側へと向けられた。その際、首から鳴ってはいけない音がした。寝違いって物理で起こせるんだなぁと知った瞬間だ。
ところでこれって業務中の怪我だよな。労災の規則調べなきゃ。
そんな件があったりして、彼女が太腿で作った谷間に頭を置いて寝ころんだのだが……
失敗だ。この姿勢は本当に失敗だと思った。いま俺の視界を奪うのはタオルでもなんでもなく二つの隕石なのだ。
異世界に置いて特別強力な魔法として知られている『隕石落とし』、いや複数ならば『流星落とし』の方だろうか。その威力は噂通りで、〝ぷるるんっ〟としていらっしゃる。
〝ぷるん〟じゃあねえ、〝ぷるるん〟でもねえ、〝ぷるるんっ〟だ! 少し冷えるからタオルを掛けてくれと言った俺、ファインプレーだったぞ。
時間は少し前に遡る……
『町づくり』の話が終わったのでいよいよ食糧の話に移った。用が終わった『妖魔族』はここで退場だ。
「食糧事情を解決するために、『救荒作物』と呼びますが『栄養価の高いもの』や『発育の早いもの』を優先に育てたいと思います。あとはキノコや根野菜などの自然の恵みの確保もしますよ」
「発育の早い植物は心当たりがあります。それで『救荒作物』とは具体的にどういうものを考えていますの?」
植物の話になりドリアードのコリーナが話の中心となるのは当然だろう。
「栄養価が高くて痩せた大地でも育つものです」
「う~ん心当たりはありませんわね。だとすると、私たちがまだ食べ物だと認識していない植物ということになりそうですわ」
「ねえお姉さま、でしたらわたくしたちの能力が使えませんか?」
退場せずに何故かこの場に残った、夜魔の代表アリアネのこの言葉から、俺の悪夢が始まった。
夜魔と呼ばれる彼女たちは『夢』を操作する能力を持っている。その名も『夢操作』、おしゃれな名前とは程遠い何の捻りも無い名前だったぜ。
夜魔が夢をみせるとき、大筋は彼女たちの都合の良いように設定する。しかしそれだけだと現実との乖離が大きくなるので、細かいところは相手任せにするようだ。
大雑把この上無いが、今回に限ってはその大雑把なところが良かった。俺が思い描く植物をそのまま映像にするのだ。
さて『夢操作』の使用条件は部位を問わず『肌と肌の接触』ととても緩い。しかし効果をより高めるには『頭』との接触が望ましいようだ。
「えぇ~あたしたちの力をそんな地味なことに使うのぉ~? 宰相さんならもっと甘~い夢をみせて『あ・げ・るっ』」
「ファニーさん、これは公務です。控えて」
「あ~ん。ざんね~ん」
そんなひと悶着後に提示された選択肢は四つ。
・頭を胸に抱く(ハグ)
・頭を腰に抱く(膝枕)
二つしかないって?
この能力を使えるのは夜魔族、そしてこの場に居るファニーとアリアネで二倍になって四つだよ。どうだ驚いたか? 俺だって驚いた。
北緯一五度か、スケスケリンゴの二択……
だがこれは選択問題ではない。選んだ時点で俺は死ぬ、そう社会的に!
じゃんけんってこっちにもあるんだな……と、思いました。
そして冒頭に戻る訳で……
「はーい。じゃ~あ、『ジャガイモ』を思い浮かべてみてぇ」
ジャガイモ、ジャガイモ……
俺が思い浮かべた映像は、やはり夜魔の力でコリーナを始めとした彼女たちの脳裏へ直接共有されているらしい。
コリーナだけで良いじゃないとは言わない。文殊の知恵ってかなり大事なのだ。
ジャガイモの映像が見えたのかどよめきが起きた。
土に汚れた茶色いいゴツゴツした塊。土の中で鈴なりに増える様子。白い花。蒸かした時のホクホク感と、バターを乗せた背徳的なビジュアル。
どよめきが大きくなると同時に、目隠しが揺れた。
〝ぽよんっ〟だと!?
脳がその柔らかさを瞬時に判別。同時にコンビニ限定BIGプッチンプリンが皿に落ちる映像が流れる。
「これがジャガイモ料理……」
すまないジークリンデ。違うんだ。それはジャガイモじゃあない。
「宰相様、調理後の映像では探せませんわ。出来ればそう言う映像は無しでお願いします」
そうだね、探すなら調理前じゃあないと意味ないよね。そもそもさっきの、ジャガイモですらないけどな。
「バターを乗せた映像くらいは良いだろうか?」
上から『あんっ』って聞こえてきたのは気のせいと言うことで。
「ええ。あれなら内部の色が判りますからヒントになりますわ」
ヒントか、なかなか難しいな。
続いてサツマイモ。
紫色の長く太い根。落ち葉焚きで焼く、焼き芋の黄金色の断面。薄紫の花、蔓。焼き芋、湯気が立ちのぼる黄金のほくほく感。大学芋はいいだろうか。秋の風物詩おさつチップスは駄目だよな。
あとは甘い匂いを……
うん、匂い? どうやって映像で伝えるんだ。
甘い、甘い……
「なー宰相はん。いま一瞬ファニやんの顔が見えたんやけど」
「気のせいです」
「あんっ」
そしてカボチャ。
硬く緑色の皮、鮮やかなオレンジ色の果肉。煮物やスープにした時の、濃厚なコク。コクは酷だ。食レポで『コクが凄い』ってよく言うが、どうしろと。
あ、カボチャの花は黄色ですよー
最後は竹だ。
タケノコもいいが竹の成長は早く、色々な使い道があるのでぜひ探しておきたい。
最初はタケノコご飯の映像が流れる。続いて地下茎で繋がり節を持つ竹林の映像。花の周期は長く俺が見たことが無いので映像化は無理だが、長いと言うことだけは伝えておく。
さてこれらの芋や瓜が上手く見つかったとしても収穫までに時間がかかる。それまでの繋ぎが必要だ。
二十日大根に小松菜、ほうれん草なら収穫まで一ヶ月ほど。これらも平行して探して貰わなければならない。
なお二十日大根の映像にエラが混じったのはご愛敬。
他にも自然から採れるだろう、『自然薯・ゴボウ・蓮根』などを映像で伝えておく。蓮根はどうやら湿地に生えているような情報が出てきたが異世界で同様に食べられるかはまた別の話だろう。
「……っ、はぁはぁ! か、解放された……!」
俺はシーツの上で這いずりながらファニーから距離を取った。視界が戻った先には満足げに微笑むファニーがいる。
膝の上に生まれた僅かな隙間、あそこに俺の頭が挟まっていたんだな……
くっ何を考えている!
『俺は金貨四五〇〇枚の負債』
『俺は金貨四五〇〇枚の負債』
『俺は金貨四五〇〇枚の負債』
ふぅ……
落ち着いたところで、顎に手を当てて深く考え込んでいるコリーナに声を掛けた。
「どうだ、何かピンとくるものはあったか?」
「ジャガイモとサツマイモの特徴に合致する芋には心当たりがあります。
ジャガイモの方は食すとお腹を壊す、酷い場合は死に至ることから避けていましたが。避けるべきなのは芽などが持つ毒の方でしたね。
サツマイモの方は『獣人族』が住む地域ではよく生えていたはずです。細く食いでが無いので栽培まではしていなかったと記憶しています」
「サツマイモは上手く育てるだけで良さそうだな。
ただジャガイモの方は本当に食べられるかどうかは調べて欲しい」
「ええもちろんですわ」
「最後のカボチャはまだ不明です。後ほど他の者にも確認してみますわ。
そして短期作物の一つ、二十日大根とやらは私の住む森に生えています。恥ずかしながらすぐに育つ雑草として邪険に扱っていました」
コリーナたちドリアードは土がすべてだ。一ヶ月でわしゃわしゃと育つ植物の影響で、きっと土が美味しくなくなったのだと想像した。
「堆肥を教える約束だったな。
土に穴を掘って、炉からで出た灰と家畜の糞尿、そして乾燥させた野菜や果物の皮などを入れて混ぜるんだ。
混ぜる頻度は毎日が理想だが多少はさぼっても構わない。また野菜や果実を入れるときはよく乾燥するようにしてくれ。水分が多いとウジが沸くからな」
「美味しい土! ぜひやってみますわ」
「ちなみにできるまでに数ヶ月掛かるぞ」
「美味しい土は一日にしてならず、ですわ!」
「お、おう頑張れ」
目が輝いているので大丈夫だろう。きっと彼女たちはやりきるに違いない。




