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異世界冒犬譚2  作者: さくら
交差
22/24

3話

よろしくお願いします

 愛理が教室を出て数十分。俺は多数の女子生徒に囲まれていた。代わる代わるに弄られるこの感触が堪らない……いや、勘弁してほしい


中にはお尻に掴みかかってくる生徒までいるのだ。それは破廉恥すぎるだろう。俺もやり返したいところだが、アシュリーの目が気になり、それはやめておく


アシュリーは先ほどの騒動もあり、俺の隣で意気消沈と言った様子でこちらを見つめている。逆に今ならなにをしても怒られなさそうでもあるが、後々の事を考えて俺は自制する。俺はやればできる男だ


仕方がないので、俺は感情を押し殺し女子生徒にされるがままのぬいぐるみと化している


「すごい人だかりね」


「大人気ですね」


遠くから聞こえるその声に俺の耳が反応する。愛理の声だ。愛理ならばこの悶々とした気持ちを受け止めてくれるはず


俺はそう思い腰を上げた


「あ、葵〜。来てみなよ。この子、すごい可愛いよ」


俺を率先して弄っていた生徒が教室の入り口に向かって声を掛ける


「ほら、この子」


俺の目の前の人だかりがパッと割られるように開く。その先には愛理と一人の女子生徒がいた。俺はその女子生徒を見た瞬間に全身の毛が逆立った


その少女のたなびく黒い髪、そして愛理に勝るとも劣らない抜群のプロポーション。忘れたくても忘れないその少女こそ、俺の憎っくき敵——黄色の乙女だった


(なんでお前がここに!?)


突然現れた敵の存在に俺は警戒心のあまりに牙をむき出しにして唸る


「ど、どうした!?」


それを見ていたアシュリーは驚いたように俺を見る。アシュリーだけではなく愛理や他の女子生徒も驚いている


(どうもこうも! 黄色の乙女だ! くそが!)


まさか、こんなところに現れるとは思ってもいなかった。愛理に近づいてなにをする気だったのだこいつは


「っ!? ポテト?」


(愛理! そこから離れろ!)

「グルルルルルゥ……」


飛びかかりたくても、愛理が近い。仕掛けた瞬間に人質に取られる可能性もある


「あら、嫌われちゃったかしら……?」


黄色の乙女は頬に手を当て困惑する。なにをいけしゃあしゃあと……


「ポテト! めっ!」


なぜか愛理は俺を(たしな)めようとしてくる


「お、おい。ユーイチ?」


(アシュリー! ぼーっとしてるな!)


「さっきからお前はなにを言ってるんだ?」


はい?


「いくらなんでも愛理の友達に向かって牙を向けるのはどうかと思うぞ?」


いやいや、え? この子はなにを言ってるのだろうか?


(黄色の乙女が……)


「黄色の乙女?」


(あいつ、黄色の乙女じゃん!)


なぜ、そんな冷たい視線を送る


「はぁ……ユーイチ。仕事に熱心なのはわかるが、今日ぐらいは忘れたらどうだ? こんなところに黄色の乙女がいるわけがないだろう」


(いやいやいや! どう考えてもあの顔! 黄色の乙女だろうが!)


「はははっ。黄色の乙女は顔を隠してるのにどうしてわかるんだ?」


え……いや、わかるでしょ? 顔を隠してるって言っても、目元だけよ? 


(あの口元といい、顔隠してたってわかるだろう?)


「あのなぁ。それを言ったら全員を疑わないといけなくなるだろう」


ええええ……俺が悪いの? どう見てもあれは黄色の乙女だ。間違えるわけがない


「見ろ、愛理も困ってるぞ」


愛理は困ったような怒ったような顔で俺を睨みつけている。なんでだ、納得がいかない


確かに黄色の乙女は目元を仮面で隠している。だが、隠していると言っても、目元だけなのだ。顔の輪郭、目の形、口元、髪や体型で誰がどう見てもわかるはずだ。むしろあれでバレないと思ってるのがすごい


「す、すみません。柊先輩。いつもは大人しいんですが……」


なぜか、俺がダメな子に見られている


「いいのよ。夜桜さんを取られたと思ったのかもしれないわね」


黄色の乙女は揶揄(からか)うようにクスクスと笑っている。なにがおかしいんだこのやろう


「この人は柊先輩っていうのよ? 私の大切な先輩だから、大丈夫よ」


愛理とアシュリーから痛々しい子を見るような目で見られ、よしよしとまるであやす様に背中を撫でられた。もはやこの状況では、俺が痛い子なのは明らかだ。納得はいかないがひとまず俺は牙を収める


「よしよし、大丈夫だよ」


一体全体これはどういうことなのだろうか。誰がどう見ても、柊先輩とやらは黄色の乙女で間違いない。にも関わらず、愛理やアシュリーは違うと言う。庇ってるのか? そんなわけないか


納得がいかないが、ここは騒いだところで冷ややかな目で見られるだけだ


よくわからないが、愛理とアシュリーは本気で柊という子が黄色の乙女だとわかっていない様だ。愛理はともかく、アシュリーが俺に嘘をつく理由はない。つかないよね?


そうなると俺だけがわかっていると言うことか? 以前の世界で魔法が効かないという事があったが、これもその一種なんだろうか?


魔法的な何かが作用し、あんなバレバレの変装でもバレないという状況を作り出している。だが、俺には魔法が効かないので、正体に気づいている。そう考えるのが正解な気がする


と、なれば、ここで俺だけが騒いだところで無意味だ


逆に正体がわかっているというのは大きなアドバンテージなのではないだろうか?


これで住んでいる場所がわかれば、変身する前に襲撃とかも可能なのではないだろうか?


やばい。これは、もはや勝ったも同然なのでは?


と、思ったが、正体がわかったところで俺にはなにもできないのだと気づく。犬が突然現れて噛みついたら、保健所に連れて行かれるだけだし、愛理の立場が危うくなる。アシュリーに協力してもらえればなんとかなりそうだが、この様子では無理だろう


う〜ん、正体を知るというアドバンテージを得たところで俺のおつむでは対して有利にできない気がしてきた


「驚かせちゃってごめんね? あなたの飼い主さんを取ったりはしないからね?」


声に気づき顔をあげると、目の前に黄色の乙女——もとい、柊先輩がいた


思わずびっくりして声をあげそうになったが、そこは堪える


「柊先輩もペットを連れてきたんですか?」


「ええ、うちで飼っている猫を連れてきたのよ」


そう言い、俺を撫でていた手を止めると柊先輩が立ち上がる。柊先輩は薄い黄色だった。さすがは黄色の乙女。なにがとは言わないが。


「ラグ!」


柊先輩の声と共に、一匹の猫が姿を表した


『呼んだかにゃ?』


くそが、こいつもいたのか


俺の鼻を引っ掻いたあの性悪猫だ。だが、もちろんアシュリーも愛理もそれがあの使い魔だとは思ってもいない様だった


「すごい毛並みだな。ふわっふわだな」

アシュリーが使い魔を見て、ほうっとため息をついた


あれにも気づかないってどんだけだよとツッコミを入れたくなる。というか、こっちにすら気づいてないのはどういうことなのだろうか?


百歩譲って、魔法少女と愛理とあの猫は良いとしよう。良くないけど。


全員が仮面を着けているので、正体はバレないと言うなら俺はどうなんだ? 俺なんて、防弾ハーネスを着けてるだけで、顔はモロだぞ? それなのに気がつかないってどういうことだよ


まるで同窓会に呼ばれたのに、あいつ誰だっけ?って言われている気がしなくもない。なんか寂しい。俺の存在感がないって言われればそれまでだが。


「すごーい。呼んで来るなんて! すごく頭の良い猫ちゃんですね!」


「ラグはとても頭の良い子だから」


『当然にゃ。他の猫と一緒にされても困るにゃ』

「にゃーん」


たちまちラグは生徒に囲まれる。俺の周りにいた生徒たちもラグのところへと行ってしまった


こんなところですら俺は負けるのか。くそ……なんという屈辱


『あんまり触らないで欲しいにゃ』

「なぉーん」


「ラグ。引っ掻いちゃダメよ……」


『むぅぅ……仕方ないにゃ』

「にゃん」


にゃって言うな。くそ、ツンデレ属性か。これは手強い


「おいで、ラグ」


柊先輩が手を差し伸べると、ラグドールはここぞとばかりに群がる生徒を躱し、柊先輩の腕へと逃げた


「えー、かわいー。凄く懐いてますね!」

「いいなー。うちの猫は呼んでも来てくれないよー」


柊先輩の腕の中で寛ぐラグドールに熱い視線が注がれる


いかん。これはいかんぞ。言葉が理解できるが故のアドバンテージがなくなってしまった


だが、俺は焦らない。ここで取り乱す訳にはいかない。俺にはまだ切り札が残されているのだ


そう、とっておきの秘技が……



——回想開始


そう、あれはある日の昼頃、背中が痒かった俺はどうにか背中を描いて欲しかった。だが、肝心のアシュリーはテレビに夢中。残るは愛理ママとパパだけだ


言葉の通じない相手に如何に自分の思いを伝えるか


答えは一つしかない。ジェスチャーだ


私は背中が痒いんです。と言う意思が通じればいいのだ


俺はリビングで寛ぐパパとママの前に立ち、そしておもむろに背中を地面に擦り付ける。全身全霊を掛けた身振り手振りだ。届けこの想い


尻と頭を左右に振り背中を地面に擦り付ける。どうだ、伝わったか?


動きを止め、ちらりとママを見る


「……っぷ! やだ! ポテトどうしたの?」


俺の動きに釘付けになったママが我慢できずに俺を撫で繰り回す


——回想終了



これだ。これならいける


俺はゴロンと寝転がり、体をくねらせる。情熱的に。より官能的に。そしてトドメとばかりに動きを止め、目線を投げかける。逆上目遣いだ


「本当にふわふわだよねー」

「ずっと触ってたいー」


『いい加減にして欲しいにゃ』

「ナーオ」


誰一人として俺を見ている生徒はいなかった。だが、不意に俺の腹部に柔らかい感触が伝わる


アシュリーが俺の腹を両手で触っていた。やはり、信じられるのはアシュリーだけだった


「触りたくても触れないというのは中々きついものがあるな」


アシュリーの視線はラグドールを向いていた。……仕方なくだった


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