1話
よろしくお願いします
コンコンとドアをノックする音が響く
「入りたまえ」
「失礼します」
ガチャリと音を立て、扉が開かれる。いつもの会議室と違い、重厚な扉はドアノブの音からして違うのだなと男は感心していた
「掛けてくれ」
「はい、ありがとうございます」
入ってすぐに、これまた重厚な革張りのソファが目に飛び込んでくる。その奥では男が机に向かい何かの書類を眺めていた。室長と共にソファに腰を掛け、男の作業が終わるのを築い面持ちで待つ
「待たせたな」
書類を見終わった男が、自分たちの対面に座る
「いえ、会長の貴重なお時間を割いて頂き恐縮です」
「状況はどうなっている?」
「はい」
そう言うと室長は俺に目配せをしてきた
「私の方からご報告させて頂きます。まず魔法少女ですが、順調に育成は進んでいます。この後、テコ入れが入る予定です」
「テコ入れ?」
「はい、より高純度な魔法少女へと育成させるためのテコ入れが必要です」
「そうか」
「幾つかの対応が必要になりますが、その中でも重要なのが魔法少女と対峙する側のテコ入れですが……そちらはどうなっておりますでしょうか?」
「秘密結社側だな」
「はい」
「それに関しては問題ない」
「と、申しますと?」
「既に強化は済んでいる」
端的な回答に俺は納得が行かずに顔を傾げる
「さすがは会長。迅速なご対応恐れ入ります」
室長が間髪入れずに合いの手を入れてくる。本当にわかっているのだろうか
「先日、とある事件が起きた。かの実験を行おうとした研究者が出た」
「実験? まさか……」
「そう、そのまさかだよ」
「なんてことを!! まだ早すぎます!!」
まさかの事実を告げられ、慌てて飛び上がる。事と次第では全てが失敗に終わりかねない事実だった
「お、おい!」
そんな俺を室長が咎めるように睨む
「落ち着け。大事にはなっていない」
「で、ですが……」
「いいから座れ! 会長の前で失礼だぞ!」
室長の言葉に渋々腰を落とす
「まさか、あの実験を行おうとしようなどと考える者がいたとはな。こちらが浅はかだったかもしれん。すまなかった」
そう言いながら会長が頭を下げる
「会長が頭を下げる必要など御座いません!」
室長が慌てるように言う
「だが、不幸中の幸いとも言うべきか。むしろ怪我の功名とも言える」
会長がにやりとこちらを見つめてくる。「結果として、秘密結社の強化にもなり、あの実験施設に関しても立ち入りを禁止する大義名分ができた」
「という事は、あの機材は来る日まで誰にも触られる事はないという事ですね」
「そうだ」
「強化とおっしゃられましたが、具体的にはどのように? 実験は成功したのですか?」
「いや、実験は失敗だ。だが、ある意味成功なのかもしれない」
会長の思わせぶりな言葉に俺は苛立ちを覚える。はっきりと言ってほしい
「使い魔が誕生した」
「使い魔? ですか?」
「そうだ」
「使い魔を造るなんて可能なんですか? 現に今いる使い魔たちもどうやって誕生したのかも解明されていませんし、増える気配もありません」
「だから言ったろう。怪我の功名だと。あの犬が使い魔になったのは嬉しい誤算だ」
「犬ですか?」
「そうだ」
犬の使い魔などは聞いた事がない。現時点では猫の使い魔が数匹確認されているだけだ
「ですが、確かに使い魔という事であれば、程よい強化で都合がいいかもしれません」
一方が強くなりすぎては意味がない。そのバランスがネックだったのだ
「ひとまずは様子見だが、必要であれば、もう少し塩を送ってもいいかもしれん」
「はい」
「アレの替えを造る以上の実験か……くくく。なんとも楽しみではないか」
「はい、成功すれば今とは比べものにならないほどのニャーゴの供給が期待できます」
「うむ、くれぐれも内密に進めるように」
「はい」
「失敗は許されんぞ?」
「……はい」
俺が愛理の専属使い魔となって一週間が経った。俺は愛理の部屋の指定の寝床で丸まりふてくされていた
というのも理由が二つある。一つは赤色の乙女と黄色の乙女に一度も勝てていないことだ。俺が加入した事で、戦う時間が長引き良い所まではいくのだが……最終的には必ず愛理が負けてしまう
気を失った愛理をそのままにしてはおけないので、そうなった瞬間に俺のベストに仕込まれた緊急離脱装置が発動し、退却を余儀なくされてしまうのだ
というか、そんな事ができるなら、最初から回収班とか用意しなくても使えよと文句を言いたいのだが、残念なことに俺は抗議ができないのだ。コーギーなのに
もう一つは今日の出来事だ。今日は愛理パパが休みを取ったようで、いつもより遅い散歩に出かけた。問題はその行き先だ。あの時、俺はいつもと違う散歩コースに疑問を持つべきだったのだ。何も考えない浅はかな俺はいつもと違う散歩コースにテンションが上がり周りをよく見てなかった
そして気がついた時には、目の前に動物病院があったのだ
してやられたとは、まさにこの事だ。嫌な予感を抱いた時には時すでに遅し。抱き抱えられ、病院へと入り、検査台へと乗せられた俺を待ち受けて居たのはアレだった
そう、笑ってた子も泣き叫ぶ恐怖の注射だ
アシュリーは助けてくれないし、先生は先生で、「痛いかな〜?」とか、「偉いね〜」とかふざけた事を言っているわで腹が立った。痛いってわかってるんならやめろや!
折角の金曜日が台無しである
「まだふてくされているのか」
ふわふわと浮きながら、アシュリーが俺の目の前に現れる
(別に……)
「病院というのは怪我や病気を直してくれる所なんだろう? そんな所に連れてってもらえるなんて、この家の者達はそれだけユーイチの事を考えてくれてるって事だろう? 良かったじゃないか」
まあ、そう言われればそうではある。だが、騙された感は否めない。そもそも騙された俺も悪いのが……
まあ、確かにいつまでもふてくされてても何も得がないのも事実だ
今日は金曜日で愛理の帰りも早い。そして明日は休みなので、遅くまで遊んでもらえるのだ。いや、遊びではない。修行だ
(そろそろ、愛理も帰ってくるかな)
「そうだな。えーと、短いほうが二だから、二時か?」
(そう)
アシュリーはこの世界の常識に関してかなり理解をしてきている。愛理の部屋に置いてある本は全て読み終わっているようだし、中々、理解力があるのだろう
最近では、読む本がないと文句を言ってるぐらいだ。なんとかしてやりたいが、どうすればいいものやら
時計が6時を回った頃に愛理は帰宅した。期待とは裏腹に愛理の帰りは遅かったのだ。タタタッと軽快に階段を上がってきた愛理に抱かれてリビングへと降ろされる
家族がリビングに集う時は俺もリビングに連れて行かれるのだ
「明日から低沖祭だね」
愛理パパが椅子に座りながら言う。なんだろうかそれは。文化祭か?
「うん、狂犬病の注射はしてくれた?」
「ああ、今朝してもらったよ」
「ありがとう!」
「いいよ、別に。ポテトも大人しくて偉かったよ。先生に褒められてたし」
あの逃げ場のない状況でどうしろというのだ。大人しくする以外の選択肢がないだろう。と、断固抗議したい
「ポテト〜。痛かったね?」
いや、ぶっちゃけ首になにかされてる感があった程度で、痛くはなかったのだが・・・むしろ散歩と言って不意打ちで病院に連れて行かれたという件について心の痛みが引きません。次からは行くなら行くと言ってほしい
言われた所でどうする事も出来ないのだが……というか、根に持ち過ぎな感はさすがにある
「明日は一緒に学校行こうね?」
はい?
「あら、ポテトも連れて行くの?」
キッチンの方から愛理ママの声が聞こえる
「うん」
「連れて行って大丈夫なのかい?」
愛理パパの疑問ももっともだ。学校にペットを連れて行くなんて聞いた事がない
「大丈夫。柊先輩のクラスでペットカフェするんだって。そこに連れて行くの」
「へぇ、楽しそうじゃないか」
「うん!」
「ポテトは可愛いからきっと一番人気ね」
ほう。ついに俺がちやほやされる時が来たか
「お父さんとお母さんも明日は来るんでしょ?」
「ああ、行くよ」
「チケット忘れないようにね」
「チケット?」
「私が預かっているわ」
「チケットがないと入れないから」
どうやらチケット制らしい。そういう高校もあるのか。俺が通っていた高校や友達の高校でもチケット制というのは聞いた事がない
「はい。晩御飯ができたわよ」
キッチンからいい匂いが漂い、愛理ママがテーブルに夕飯のおかずを置いていく。俺だけ食卓に混ざれないので、俺には関係ないのだが……
「ポテトはご飯食べたでしょ?」
今日はもらえるかと思って愛理を見上げるが一蹴される。ちっ……ダメか
俺は少しでも気を紛らわせようとソファへと飛び乗り、熱心にテレビを見ているアシュリーの隣で丸まった




