9話
よろしくお願いします
謎の部隊が去った後の公園は異様な静けさに包まれていた。グラウンドから離れた草むらへと愛理を運んだ俺達は垣根のイヌツゲに身を隠すようにしていた為、謎の部隊に見つからずに済んだ。俺は隣で寝ている愛理の傍でこの後どうすべきかを考えていた
考えるためには落ち着く環境が必要だ。良いアイデアを思いつくために色々と試行錯誤をする人も多いだろう。アイデアを閃く為の試行錯誤というのもおかしな話である
静かな図書館に行く人、逆に騒がしい所のほうが落ち着く人、好きな曲を聴く人、コーヒーと言ったカフェインを取る人と、その方法や行動は人それぞれであり、人の数だけあると言っても過言ではない
つまり、俺が愛理の太ももに顎を乗せてダラけている体勢も俺ならではの落ち着ける格好であって、決してセクハラとかそういうのではないと思う
僕はそう思うよ? アシュリーさん
先ほどから、こちらを見つめてくるアシュリーに言い訳をするように上目遣いでちらっと目線を送る
「なんだ?」
(いえ、別に)
さて、本題に戻るが、愛理をどうしたものかと言う話だ。前回のように仲間が迎えに来てくれればいいのだが、その気配は一切ない
アシュリーに抱えてもらうというのも可能ではあるのだが……その光景を他人に見られるとどうなるかは、想像に容易い
アシュリーは他の人には見えていないので、傍から見れば、人が浮いているように見えてしまうのだ
そんな光景を見られた日にはある種の怪談だ。恐ろしい
愛理ママとパパに連絡を取るという手段もあるが、なんて言い訳をしたらいいのだろうか? それに、愛理ママとパパは自分達の娘がこんな事をしていると知っているのだろうか?
あ、ママは知ってるのか。この前、あの変な場所に一緒にいたし
やはり、連絡を取るのが一番良いと思ったが、連絡先がわからない。更には俺は電話できないし、アシュリーは言うまでもなくだ
さて、どうしたものかと悩んでいると、ふと人の気配を感じた
俺は立ち上がり、草の陰からグラウンドを覗き込む。そこには、見るからに怪しい人物がキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた
深くかぶった帽子にマスク姿。そして正直、ダサいチェックのシャツ。俺の後を追っていた奴だ。そいつは手元の何かを見ながらゆっくりとこちらへと近づいてきていた
「たしか、この辺なんだけど……あれぇ? どこだろう? もしかして相手に見つかってたりとか……」
ゆっくりとだが、男は確実にこちらへと近づいてくる。俺の中で警鐘が鳴り響く。いつでも飛び出せるように身を屈めて、男の動きを見る
「この辺りだな」
すでに男は俺の目と鼻の先だ。このままでは愛理が見つかってしまう。気を失った愛理の姿を見られたら、この変態野郎に何をされるかわかったもんではない。俺が守らねば
——ッガサガサ
腰の高さほどの垣根を覗き込むように男が顔を伸ばした
「いた! よかったぁ」
その瞬間に俺が飛び出す。先手必勝だ
「ワン!!」
「うわ!?」
突然、飛び出した俺に驚いた男は尻餅をつく
「ワン!! ワン!!」
だが、俺は攻撃の手を緩めない。愛理の貞操を脅かす奴はガブガブしてやる!
「わ!? よ、よせ! こら!」
何がこらだ。舐めんな馬鹿野郎!! 俺はやるときはやる男なのだ
男はすでに戦意を喪失しているようで、うつ伏せになり、頭を守るように丸まっていた。やるなら今しかない。俺の力では致命傷は与えられない。とはいえ、アシュリーに頼んだら、怪奇現象として噂が広まってしまう
だが、男は顔を伏せるようにしている。このタイミングでアシュリーの力を使えば、男に見られることなく無力化できるのだ
(アシュリー!! 今のうちにこいつを!!)
俺は後ろで愛理を守るアシュリーに叫んだ。だが、一向にアシュリーからの返事はない
(アシュリー!!)
焦りと苛立ちから俺は後ろを振り返る。ここでモタついていれば、男が体勢を変えてしまう
「うん? 愛理の父上に何をすればいいんだ?」
—— はい?
思いがけないアシュリーの言葉に俺は動きを止める。今なんと言った? 愛理のパパ? こいつが? え? うそでしょ?
半信半疑ではあるが、俺は恐る恐る男の体から降り、数歩下がる
「いててて……ポテト……ひどいよ……」
その声、そして俺の名前を知っているということはまさか……
男はゆっくりと立ち上がり、体についた土を払うと帽子とマスクを取る。現れたのは俺のよく知った愛理パパの顔だった
愛理パパは愛理の状態を確認すると、どこかに電話をし愛理の横へと座った。俺はというと知らなかったとはいえ、恩人の父親に噛み付くという失態から気まずい気持ちでそれを眺めていた
というか、アシュリーも知っていたなら教えて欲しい。ってか、なんで知ってたんだよ
「うん? 最初から知ってたが?」
(え? ここに来る前から?)
「ああ」
(一言も言わなかったじゃん!)
「そうだったか?」
(そうだよ! だいたいなんで知ってんだよ!)
「雰囲気が同じだったからな。本当の最初はわからなかったが、途中からは気づいていたが……てっきり、ユーイチも気づいているものかと」
く、そんな言い方をされたら、まるで気づかなかった俺だけが悪いみたいじゃないか。いや、臭いとか声で分からなかった時点で俺が悪いんだが、それならもっとフォローする発言とかあるでしょ。もっと優しくして!
「ポテトは愛理を守ってくれていたんだね。ありがとう」
唐突に愛理パパからの感謝の言葉を掛けられた
(そう! そうなんですよ!)
守ることに必死になって気づかなかっただけであって、俺が悪いわけじゃない。むしろ、そんな格好でうろついている愛理パパが悪いのだ
「ポテトは不思議な犬だね。ママから言われて半信半疑で後をつけたけど、間違いではなかったな」
どういう事だ? 愛理ママが俺を監視? まさか、俺が悪さすると思っていたのだろうか。ショックだ
「ママのいう通り、ポテトを愛理の傍に置いたほうがいいのかもしれないね」
これまたどういう意味だろうか? すでに愛理の部屋で世話になっているのだが……
「誰か来るぞ」
と、アシュリーが言う
その言葉を聞いた俺はグラウンドのほうを見ると、以前、愛理を救出した人と同じ格好した数人の人間がこちらへと走っていた
「お、来たか」
俺の動きを見ていた愛理パパもその存在に気づくと、立ち上がり手を振り居場所を教える
「ご無事でしたか」
「ああ、いつもすまない」
「いえ、任務ですから。それでは運びます」
「頼むよ」
「おい!」
男達は手慣れた動きで担架に愛理を乗せる
「そちらの犬は……」
「ああ、僕が抱えるから大丈夫」
そう言うと俺は愛理パパに抱かれた。そして、以前と同じように周りがノイズに包まれ、そして気がつけばあの施設へと移動していた
先日も訪れた司令室のような場所で俺は愛理パパと座っていた。ここに来て、愛理は以前と同じように病室のような場所に運ばれて、俺は直接ここに連れてこられた。すでにこの部屋で待つこと数十分は経っているのだが、愛理が目覚めたら帰るのだろう
今日は何も壊さないと心に決めて俺は床に寝そべっていた
——ウィィン
司令室の自動扉が開くと愛理が入ってくる。隣には強面のおっさんもいた
「待たせてしまったな」
愛理と強面のおっさんは愛理パパと俺のところへと近づきながら声を掛けてきた。愛理の足取りも確かなので、そこまで傷はなかったようだ
「お父さん。ありがとう」
「いやぁ、僕は何もしていないよ。ポテトが愛理を守ってくれたみたいだしね」
と、愛理パパが言うと、三人の視線が俺に集まる
「ポテト……ありがとう」
俺の目の前で座り込み、顔を両手で挟まれる。スカートでそれやられるとモロ見えなんですが、これは俺は悪くないよね
「それで? 君が見ていてどうだった?」
「はい、ポテトはやはり普通の犬と違うのは事実です。愛理が出動した後、すぐに家を出てまっすぐに愛理の元へと向かっています」
「どうやって家を出たんだ?」
「愛理の部屋の窓を開けたようです」
「にわかには信じられんが……だが、事実なんだろうな」
「ええ」
「この犬は何者なんだ?」
「私の推測でしかないですが。魔法少女の使い魔と同じような素質を持った犬なのでは?」
「ふむ、使い魔はニャーゴをその体に浴びた個体が変異したと考えられている。と、なると、あの時か」
「はい、話は聞いています。恐らくはそれが原因で使い魔へと変貌したのかもしれません」
「あの件に関しては、こちらの管理不足で迷惑を掛けたが……怪我の功名と言うやつか」
なんだかよくわからないが、俺を使い魔だと思っているらしい。使い魔ってなんだ? まあ、なんとなく想像はできるが……ニャーゴってなんだろう?
そうこう思案している間も俺は愛理に顔を両手で挟まれぐりぐりされている
「愛理君」
「はい」
「聞いての通りだ。君の大切なペットは使い魔へと変貌したと考えるのが妥当だ」
「……はい」
「君としては大切な愛犬を戦場に駆り立てるのは反対だと思う。だが、君の意思に反してポテト君は君を守る気でいる。それは今回の調査ではっきりとわかったろう」
「……はい」
「我々としては正式にポテト君を君のサポートに回す気でいる。君がどうしても反対するというのであれば我々も無理強いはしない」
おっさんの言葉を聞いた愛理は俺の顔をじっと見つめる
「反対してもポテトは私を助けに来てくれるんですよね……」
「ああ、その忠犬ぶりには我々も脱帽する。もし反対するのであれば、君の出動中はポテト君を監禁せざる得ないだろう」
「ポテトは私と一緒に戦ってくれる?」
正直、この組織がなんの目的で作られたのはいまだに不明だ。だが、あの時、飼い主を守ると決めた以上、この申し出はこちらとしてもありがたい。今までのようにコソコソと後を追いかけずに大手を振ってくっついていけるのだ
「わん!」
俺の返事を聞いた愛理は、気持ちばかり俺の顔を包む手に力を込めたような気がする
「よし! 決まりのようだな。おい!」
おっさんが誰かを呼ぶ。すると一人のオペレーターが何やらベストのような黒い何かを持ってきた
「愛理君のユニフォームと同じ素材で作ったポテト君用のスーツだ。着せて見ると良い」
愛理はおっさんから犬用のベストハーネスを受け取ると、俺の前足を持ち上げ着させてくれた。所謂、犬用防弾ベストだ。なかなかフィットしていて良い感じだ
「あ、かわいい」
愛理が俺の姿を見て呟く
「ぴったりのようだな。まあ、嫌がるそぶりをしたらいつでも言ってくれ。すぐに作り直させる」
「わかりました」
こうして俺は組織公認の愛理専属使い魔となった




