7話
よろしくお願いします
「いってきます」
時計の針は夕方の四時を回ったところだ。三時過ぎに帰ってきた愛理は例の如く、俺の修行を手伝った後に外出するようだった
ボール遊びは修行であって遊びではないという事だけは改めて伝えたい
「行ったようだな。俺達も行くか?」
アシュリーがこちらに同意を求めてくる。結局、愛理達が何者なのかを見極める事が出来なかった。その結果、もう一度、愛理の後を追って見極めようという話になったのだ
(よし、いくか)
家に誰もいない今がチャンスだ。俺はアシュリーに抱えられ、窓から外へと出る
「こっちだ」
例の如く、アシュリーが愛理の魔素を追う。俺の鼻にも愛理の残り香が多少感じられるが、アシュリーほど正確にはわからない
さすがというべきか。俺より犬っぽいんじゃないか?
「なんか言ったか?」
(へ? な、なにも言ってないけど?)
「ふ〜ん」
なんでそんな冷たい目で見るんだ。心の声も聞こえてるのか? 俺にプライバシーはないのか
道路を滑るように進むアシュリーを見失わないように追いかける。というか、あれ、浮いてないか? 滑るようにというか、滑ってるよな? そんな芸当ができるなら俺も抱えてほしい
「誰かが追ってきてる」
ぼそりとアシュリーが言う
(俺達を?)
「恐らく。そこを右だ。待ち伏せするか?」
(ふむ)
角を曲がり、その場で止まる。ここで待ち受けていれば、曲がってきた人物の顔がわかるはずだ
T字路を見据えていると、そいつは飛び出してきた。俺の姿を見たそいつは慌てて来た道を戻り身を隠す。もはやバレバレなのに隠れる意味はあるのだろうか?
「どうする?」
様子を見ているがこちらの後を追いかけているだけで特に害はないようだ。撃退してもいいが、トラブルになっても面倒だ
(とりあえず、ほっとくか)
「そうか、わかった」
後を尾ける理由がよく分からない。こんな犬如きを尾けて意味があるのだろうか? もしかして保健所の人間か?
それにしては服装がチェック柄のシャツに帽子とマスクといった不審者丸出しだった
考えても仕方ないということで、気にしないことにし、先を急ぐことにした
たくさんの樹々が多い茂るその場所は運動公園と呼ばれる場所だった。無数に植えられた樹々は舗装された道路の脇に規則正しく植えられており、葉は多少色づいている
道路は所謂サイクリングロードと呼ばれるものだろう。ゆるい曲線を描きながら続く道は先が見えないほど長い
夏は新緑を楽しみ、秋は紅葉を楽しめるという、中々、風情のある自然運動公園という印象を受けた
奥から愛理の魔素を感じるというアシュリーの言葉を信じて、足を踏み入れる。右手側を見下ろすと陸上競技で使われるトラックが木の陰から見え隠れしていた
結構大きい運動公園らしい。イベントとかでも使われるんじゃないだろうか?
中に入ると、アシュリーが魔素を感じなくなったと言い、あたりをキョロキョロと見渡していた。とはいえ、ここにいるのは間違いないだろうということで、ひとまずトラックのある広場に出てみた
入り口からここまで歩いてみたが、人は誰もいないようだった
「不思議な場所だな。なにかの儀式に使うのか?」
トラックを眺めていたアシュリーが疑問を口にする
(ここは運動公園だよ。ここで走ったりするんだ)
「走るためだけの場所なのか? よく分からんがそんなもの必要なのか?」
そう言われるとなんて答えればいいのかがわからん。必要とは言い難いし、必要ないというと、じゃあ、なんであるんだと質問されそうだ
なにか良い返しはないかと、トラックを眺めながら考えていると、突如、トラックの中心に大きな人影が現れた
突然現れたという言葉をそのまま再現したように、人影が出現したのだ
(うお、なんだあれ)
—ゥウウウウウウウゥゥゥ……!!
以前にも聞いたあのサイレンが再び俺の耳に飛び込んでくる
『緊急警報発令。凰巣市、市民運動公園にて緊急警報が発動されました。付近にいる住民は速やかに退避してください。繰り返します……』
放送を聴きながらじっとその人影をみる。それは以前に工場跡地で見たゴーレムと、黒ずくめの少女——愛理だった
「愛理か?」
(そうだな)
咄嗟に物陰に隠れたので、俺達と愛理の間はかなり距離が開いている。アシュリーからは視認はし辛いのだろう。俺にはよく見えているが。
すると、もう一人の人影がトラックに降り立った
こちらは以前に見た赤い服を来た少女ではなく、今回は黄色を基調とした服の少女だった
「また、出ましたね。ナイトラヴァー!! 市民の安全を脅かすことは許しません!」
「黄色の乙女ね。相手にとって不足はないわ! 今日こそはあなたを倒し、地球を私達の手に取り戻す!」
なるほど、黄色の乙女というのか、肩より少し長い黒髪に目を引くプロポーションから、かなりの美少女だとわかる。となると、以前の赤い服の子は赤色の乙女か? 他にもいるのだろうか?
黄色の乙女が飛びかかり、戦いの火蓋が切って落とされる
「始まったな」
(愛理はナイトラヴァーって呼ばれてるみたいだな)
「聞こえたのか?」
驚いた様子でアシュリーが見てくる
(うん)
「なるほど、それで? 他には?」
(うーん、なんか地球を取り戻すとかなんとか……)
「奪われたのか?」
(わかんない)
期待はしていなかったが、やはりというか情報は大して手に入らない。どうしたものかと悩んでいると、戦局が動く
「愛理の部が悪いな」
その様子を伺うが、やはりというか、こちらも前回と同じで愛理の操るゴーレムが攻撃をし、黄色の乙女と呼ばれる少女が回避に専念しているという状況だった
「アースウォール!!!」
土の塊であるゴーレムを土の壁で包むというシュールな光景が繰り広げられる
「アースシャベリン!!」
ゴーレムを覆う土の壁を土の棘が突き抜ける。さながら黒ひげ危機一髪だ
「う〜ん?」
その様子を見ていたアシュリーが首をかしげる
(どうした?)
「あっちの黄色い女は味方がいるのか?」
パッと見た限りでは黄色の乙女は一人にしか見えない。どこかに味方が隠れているのだろうか?
(あ、猫がいる)
注意深く観察すると、黄色の乙女の周りを飛び跳ねるように猫がいるのが見えた
「ほう。そいつが魔素を供給している気がするな」
(そうなの?)
「いや、確かではないが、突然、魔素が強くなったり、弱くなったりしているようだ」
(なるほど。そいつをどうにかすれば愛理は勝てる?)
「どうかな? あの黄色い女も中々の強さだ。ただ、あの女とその猫の二人掛かりで攻められたら時間の問題だろうな」
目線を愛理へと移す。正直、この段階で愛理の目的がよくわかってない。本当に悪の組織の一員かもしれないし、そうじゃないかもしれない。助けるべきか、助けないべきか……
俺の脳裏に初めて出会った時の愛理の顔が思い浮かぶ。俺を困ったような顔で見つめながらも、泣いている女の子をどうにかして助けようとしていた愛理は決して悪者の顔ではなかったと思う
(もし、これで俺が愛理を助けたとして……)
「うん?」
(実は愛理が悪い奴だったら、俺は悪者かな?)
俺は何を求めているんだと思いながらもそんなことをアシュリーに尋ねる。だが、アシュリーからは何の返答もない。まあ、聞かれても困るよなと思いながら、視線をアシュリーに移した
「お前が助けるというなら、俺は手を貸すだけだ。それ以外はどうでもいい」
なんだそれ、と思ったが、アシュリーの目は真剣そのものだった
(安易な考えかもしれないけど、飼い主は見捨てられないよな)
「行くか?」
(行こう)
俺とアシュリーは頷き合うと同時に飛び出した
ナイトラヴァーもとい、愛理は今日こそは目の前の魔法少女を打ち倒すのだと固く心に誓っていた。秘密結社の一員として、こうして魔法少女達と戦うことになって一年になる
その結果は散々なものだった。どんなに優勢に物事を進めたとしても、最終的には魔法少女の圧倒的な力に屈してしまっていたのだ
幾度となく負ける事で心が折れかけた時もあった。だが、この美しい地球を守るために、父も母も必死に戦っているのだ。自分だけが逃げ出す事は絶対に嫌だった
愛理はニャーゴを使用し、人形と呼ばれる意思を持たない人形を作り出し、黄色の乙女へと仕向ける
十数体いる人形達は、わらわらと魔法少女へと向かい攻撃を開始するが、魔法少女はそれを難なく打ち倒す。そこで今度は巨人を呼び出す
突如、現れた巨人の猛攻に魔法少女は動きを乱される。ここまではいつも通り、こちらが優勢だ。あとはこのまま、畳み掛けるだけだ
「アースウォール!!!」
魔法少女の掛け声と共に、土の壁が巨人を取り囲む。取り囲まれた巨人は外へと出ようとするが、土の壁は固く閉ざされ、巨人の行く手を阻む
「アースシャベリン!!」
無数の土の棘が巨人の体を貫いた。一度は優勢だった戦況が一気に傾く。また今日も皆の期待に応えられないまま、無様に負けるのか……
そう思ったその時、一つの影が勢い良く飛び出し、魔法少女へと走り抜けるのが見えた
「え?」
思わず声が出てしまった。その影は地面を滑るように魔法少女へと近づく。そして、飛びかかったその瞬間、影はその正体を現した
「ポテト!?」
愛犬であるポテトが魔法少女へと襲い掛かる。魔法少女はそれを躱すが、突然の事に驚き、動きが鈍る
魔法少女はポテトへと向きを変える。その時、愛理は無意識に動いていた
ポテトを傷つけさせるわけにはいかない——
「蜘蛛!!」
普段使うのは人形と巨人だ。この二つはニャーゴの消費も抑えられる。ただ、戦力としてはそこまで期待できない。それでもこの二つを使う理由は他にあった。倒された時に敵に渡るニャーゴが最小限に抑えられるのだ
一方、今回呼び出した蜘蛛は戦力としては中々だが、倒された時に相手に渡るニャーゴが大きいのだ。だが、そんな事を考えるよりも早く愛理は無意識に叫んでいた
——シャアアアァァァ!!
蜘蛛は不規則な動きを見せながら黄色の乙女へと襲い掛かる。一方のポテトは魔法少女ではない別の相手と対峙していた。使い魔と呼ばれる魔法少女の傍にいる存在だ
一刻も早く魔法少女を倒し、ポテトを助けにいく。その一心だった




