転生公爵の外出。(5)
重みを訴える胃を宥めすかすように、腹部を擦る。
そんな私を見て、レオンハルト様は眉を下げた。
「今から心配しても仕方ない。せっかくのデートなんだから、気持ちを切り替えよう?」
「……そうね」
「うん。取り敢えず、カフェにでも入ろうか。貴方が好きそうなお店が出来たそうだよ。何でも、フルーツをふんだんに使ったケーキが有名だとか」
「食べたい!」
途端に目を輝かせた私に、レオンハルト様は破顔した。
「併設店で茶葉や焼き菓子の販売もしているようだから、お土産も買って帰ろう」
レオンハルト様が提示してくれる素晴らしいプランを聞いて、私の憂鬱は、リアン青年の記憶と共に頭の片隅へと追いやられた。
満面の笑みを浮かべ、コクコクと頷く。
柔らかい眼差しを向けてくれるレオンハルト様を見つめ返していると、ふと、とあることに気付いた。
「レオンがそういう情報に詳しいの、珍しいね。甘いものも流行の店も、あんまり興味ないのに」
「…………」
レオンハルト様は無言でそっと目を逸らす。
精悍なラインを描く頬が、やや赤く色付いている。
その反応を見て、何となく察した。いや、期待したと言うべきか。
「もしかして、私の為に調べてくれた?」
指摘するのは野暮だろう。でも、浮かれてしまって、黙っていられなかった。
そして私の期待は正解だったようで、レオンハルト様はバツが悪そうな表情で、口元を手で覆った。
「フェリクスを身籠ってから、貴方は殆ど外出出来ていないから。出掛けられるようになったら、喜ぶようなことを沢山したいと思っていたんだが……。コソコソ調べた挙句、当人にバレるとか、恰好悪いな」
「恰好悪くなんてないわ。寧ろ、教えてくれた方が嬉しい」
「……そういうのは、悟らせずにやれる方がスマートじゃないか?」
男の美学なのか、レオンハルト様の拘りなのか。
私の旦那様は、たまに格好付けな部分を覗かせる。恰好付かない方が、私のツボに刺さっていると気付きもしないで。
釈然としない様子のレオンハルト様に、私はただただ笑顔を返す。
そうして向かったカフェのフルーツタルトは大変美味で、是非、また来ようと決意する。
その後、カフェでお土産を買ってから、別の店でフェリクス用のぬいぐるみを購入。日が暮れる前に、私達は屋敷へと帰った。
「ただい……」
「まぁ‼」
扉を開け、玄関ホールへと足を踏み入れた私が帰宅の挨拶を言い終わる前に、大きな声を被せられた。
声の方向を見ると、母様の腕に抱かれたフェリクスが、私に手を伸ばしている。
「ちょ、フェリちゃん! 危ないわ!」
活きのいい魚のようにビチビチと跳ねるフェリクスを、母様は焦りながら、しっかり抱え直す。
しかし、フェリクスはお構いなしで暴れ続けた。
あの状態の赤ちゃんを落とさないようにするの、凄く大変なんだよね。
滅茶苦茶に動くし、軟体動物並みに柔らかいから、腕からすっぽ抜けそうになった回数は、一度や二度ではない。
現在進行形で奮闘している母様と暴れん坊の息子に、私は駆け寄った。
「フェリちゃん」
母様の腕の中から受け取ろうとした瞬間、飛び掛かるような勢いでぶつかってきた。うぐ、と呻きながらも、安定する抱き方に変えた。
「フェリちゃん、ただいま」
「……」
ぎゅうぎゅうとしがみ付かれながらも、改めて帰宅の挨拶をするけれど、フェリクスは胸に顔を埋めたまま。返事はない。
これは怒っている……というよりは。
「寂しかったんでしょうね」
傍らに立つ母様が呟く。
「フェリクスを見ていてくれて、ありがとうございました。大変だったでしょう?」
「全然よ。癇癪も起こさず、ぐずりもせずにお利巧に遊んでいたわ」
「え? でも……」
この状態で、それは説得力がない。気を遣ってくれているのだろうか。
そんな風に戸惑う私の気持ちを察したのか、母様は苦笑した。
「本当なの。……ただ、一時間くらい前から、キョロキョロと何かを探し始めてね。窓際まで這って行こうとするから、抱き上げたら、そこから動きたがらなくて」
窓の外をじっと見つめながら、私達を待っていたんだろうか。
息子のいじらしさと母様の献身に、涙が出そうになった。
「……置いて行って、ごめんね」
「……むぅ」
小さな頭に頬擦りをすると、フェリクスは小さな声で返事をした。やや不満そうではあったものの、当初の勢いはない。
「母様を独り占めしてしまって、すまなかったな。フェリクス」
「!」
レオンハルト様が後頭部を撫でると、フェリクスの体がビクリと跳ねた。ゆっくりと顔を上げたフェリクスはジトリとした半目で、レオンハルト様を睨む。
「んむぅ!」
フェリクスは頭を振ることで、レオンハルト様の手を振り払う。
むずがるような仕草だったけれど、フェリクスにとっては精一杯の抵抗。しかし、された方のレオンハルト様は、ショックを受けるどころか、嬉しそうに眦を緩めた。
「オレの息子は元気だな」
「ぱぁ、めっ!」
「怒ってるな」
「怒ってるわね」
プンスカ怒る息子に、私とレオンハルト様は同じような反応をする。元気に成長しているなぁと喜ぶ私達夫婦を見て、母様は呆れた様子で溜息を吐き出した。
「夫婦が似るって本当なのね」
それを言ったら、母様は父様と似ていることになるけどいいのだろうか。なんて疑問は浮かんだけれど、言ったら激怒するだろうことは必至なので黙っておこう。
そんな遣り取りをした翌日。
母様は名残惜しそうにフェリクスを抱き締めてから、王都へと帰って行った。




