転生公爵の外出。(4)
「失礼致しました、レディ。ご不快な思いをさせてしまったのでしたら、申し訳ございません」
そう言って彼は、少し困ったように眉を下げる。
切れ長な目を伏せると、長い睫毛が目元に陰を落とした。癖のない髪や瞳と同色のソレは、銀と見紛うようなアッシュグレー。雪華石膏の肌も相まって、泡の如く消えてしまいそうな儚さがある。
吊り上がり気味の一重の目、それから薄い唇。すっきりとした輪郭や細身の体躯。
前世でいうところの爬虫類系男子……という表現が正しいのかは分からないけれど、白蛇のような印象を受けた。
「い、いえ」
レオンハルト様ではなかったことに動揺し、言葉が閊える。
「ですが、決して侮辱した訳ではないとご理解ください」
混乱している私の顔が強張っていることで、怒っていると勘違いしたのだろうか。その青年は少し焦った様子で訴え、こちらに一歩踏み出そうとした。
しかし、すかさず護衛の騎士が私と青年との間に割って入る。
警戒する護衛の向こう側、青年はしゅんと萎れていた。
その様子を見ていると、私の方が居た堪れない気持ちになる。
「あの、気分を害してはいないのでお気になさらず。そもそも、店内で大きな声で話していた私が悪かったのですし」
「……お心遣いに感謝いたします」
青年は嬉しげに目を細めて、胸に手を当てた。
いえ、本当そういうのではなく。
「つまらない言い訳になってしまうのですが、私の母や姉は何かを選ぶ時、まずデザインやブランドを気にするんです。私が品質や性能を助言しても、野暮だと一蹴されてしまって聞いてもらえなくて。……貴方のように家具選びに、実用性や丈夫さを重視する女性もいるのだと知って、嬉しくなってしまったんです」
青年は恥ずかしそうに俯き、首の辺りを擦る。
手入れの行き届いた、白く美しい指先。シンプルなデザインながらも上等だと分かる真っ白なシャツと、洗練されたシルエットの濃いグレーのジレ。
ちらりと見えたカフスボタンに嵌っている黒い石は、一瞬、光の加減で虹色に輝いた。おそらく、ブラックオパール。
裕福な商家という線も捨てきれないが、たぶん貴族の子息。それも、高位の。
さりげなく青年を観察しながら、つらつらと予想を組み立てる。
しかし、いくら脳内で貴族名鑑を捲っても、該当するページには辿り着けなかった。
そういえば顔立ちも、あまり国内では見かけないタイプだ。もしや、お忍びでやってきた他国の貴族だろうか。
斜め後ろに立ち、見守っている男性は、たぶん彼の護衛か従者だと思われる。
「あの、レディ? やはりお気を悪くされましたか……?」
黙ったまま、じっと見つめてしまったことが悪かったらしい。
沈んだ表情の青年を見て、私は慌てて愛想笑いを浮かべた。
「いいえ。家具は長く使うものですから、品質や性能は大事ですよね」
不躾に眺めてしまったことを誤魔化すために、話を合わせる。
家具用のサンプルを見て話していたせいで、どうやら家具を購入する予定だと勘違いされているみたいだけれど、そこは訂正しなくてもいいだろう。
「ただ同時に、長く使うものだからこそ、デザインと、信頼の置ける職人や工房に拘るお気持ちも分かります。譲れないと思う基準は、人それぞれですから」
私がそう答えると、青年は目を丸くする。
思いもしないことを言われたかのように、数度瞬いた。
「……なるほど。そういう考え方もあるのですね」
呟くようなトーンの声に、反発心は感じられなかった。
私は彼の発言を否定こそしていないが、遠回しに窘めるような言い方をしてしまったのに。
すんなり飲み込むあたり、根は素直な人なんだろう。
年頃はヨハンと同じくらいに見えるけれど、もしかしたら、もう少し下なのかも。
「偉そうなことを言ってしまいましたが、私の場合、やんちゃな息子の物を選んでいるので、丈夫さを重視しているだけなんです」
「……むすこ?」
青年は、言葉の意味が分からないかのように音だけを鸚鵡返しした。
「失礼致します、お客様。何かお求めでしたら、従業員にご案内させますが、如何致しましょう?」
会話が途切れるタイミングを見計らったように、ユリウス様がやんわりと割って入る。視線で促されるままに、私は静かにその場を離れようとした。
「では、私はこれで」
「あ」
そそくさと立ち去る私の背に、青年は声を掛ける。
「私はリアンと申します。またどこかでお会い出来たら」
申し訳ないが、その自己紹介は聞こえないふりをさせてもらおう。
店内には残らず、馬車へと戻る。数分も経たないうちに扉が開き、やや焦った様子のレオンハルト様が入ってきた。
彼の顔を見ると、自然と肩の力が抜ける。
「お帰りなさい」
「ローゼ、何があった?」
ユリウス様の店の従業員経由で、何か聞いているのだろうか。レオンハルト様は心配そうに顔を曇らせ、私を覗き込む。
「特にはないわ。ちょっと、知らない人に声をかけられただけ」
レオンハルト様の眉間にシワが刻まれる。
「やっぱり傍を離れるんじゃなかった」
「何もされてないのに」
過保護なレオンハルト様に、私は苦笑した。
「たぶんだけど、外国の貴族の方だと思うの。男性だけど線が細くて、目元もこう涼しげでね」
「男」
レオンハルト様はボソリと呟いて、黙り込む。
眉間のシワが更に深くなり、コインが挟めそうな溝を作った。
気のせいでなければ、ヤキモチを焼いているらしい。そんなレオンハルト様の態度に喜んでしまっている自分が恥ずかしかった。
もう結婚して何年も経つのに。それどころか子供までいるのに。
「重要なのはそこではないのよ」
こほんと咳払いで、羞恥を誤魔化す。
レオンハルト様も気持ちを切り替えるように、息を吐き出した。
「外国の人間か。プレリエ領を目当てにネーベルを訪れる観光客も多いから、いても不思議ではないね。ただ、注意しておくことに越したことはないけれど」
「そうね」
「グルントの間諜の線も考慮して、ラーテに見回ってもらおう」
「ラーテに……」
ラーテは貴公子然とした風貌を裏切り、かなり過激だ。
主人と認めてくれている私の敵に対しては、容赦がない。最近ではフェリクスも庇護対象に入り、今まで以上に張り切っている。
「何事もないといいのだけれど」
リアンと名乗ったあの青年が、罪のないただの観光客であること。それから、彼の身に何も起こらず、平和に帰国してくれることを私は祈った。




