転生公爵の外出。(3)
「それで? 今度は何を作られるのですか?」
ユリウス様の声は弾んでいて、好奇心を隠そうともしていない。
副音声で『今度は何をしでかす気なんですか?』と聞こえた気がするのは、被害妄想だろうか。
「あの、ご期待に沿えず申し訳ありませんが、仕事に関係するようなものではなくてですね……」
「フェリクス君の為の何かを作られるんですよね? もちろん、聞いておりましたとも」
聞いていたのに何故、そんな反応を?
「ご自身では理解されていないようですが、貴方の発想力は宝です。貴方にとっては小さな思い付きでも、私にとっては金貨の山よりも価値のある閃きになり得るのですよ」
顔に出ていたらしい私の疑問に、ユリウス様は答えてくれた。
けれど、それによって私の気持ちが軽くなることはなく、寧ろ、逆。
「……荷が重いです」
圧し掛かる期待が、私の胃に物理的な負荷を掛けている。
正直な気持ちを吐露すると、ユリウス様は快活な笑い声をあげた。
「そう重く受け止めないでください。私の方で勝手に深読みしますので、軽い気持ちで話していただければ幸いです」
そう言われても、口も気持ちも軽くはならない。
とはいえ、これ以上、優秀な相談相手との時間を浪費するのは勿体ないので、話を進めることにした。
計画をざっくりと説明すると、ユリウス様は興味深げな顔で頷く。
「フェリクス君の遊び場ですか」
「ええ。フェリクスは夫に似ているので、おそらくかなり活発な子に育つと思うんです。ですので、あの子がのびのびと自由に体を動かせるような場所を作ってあげたくて」
「実に貴方らしい」
ユリウス様は柔らかく目を細める。
「ところで、作るのは屋外なんですよね? どうも子供の遊び場と聞くと、室内を思い浮かべてしまうので、想像出来ないな。鍛錬場や馬場とは違うんですか?」
それは遊び場ではないような。
いや、乗馬は高位貴族の子息の嗜みでもあるし、一概には否定出来ないか。それに、作ろうとしているものを想像すると、鍛錬場に近い気がしてきた。
「なんと説明すればいいのか……。あの、筆記用具をお借り出来ます?」
「どうぞ」
商談室へと通された私はソファに腰掛け、手渡されたペンで紙にサラサラと簡単な図を描く。
迷いのない軌道とは裏腹に、描かれた物体は歪だった。そこで私は、ハタと気付く。
そういえば私、絵も下手だったわ。
「こう、木材を組んで橋のようにしたり、丈夫な網を張ったりしてですね」
スポンジか綿ででも出来てそうな、ふにゃふにゃのアスレチックの絵を指さしながら、手振りも交えて一生懸命説明する。
頭に思い浮かべている施設とは似ても似つかないが、特徴は捉えているので分かってほしい。駄目かな。駄目だろうな……。
半分諦めながらも説明を続けていると、ユリウス様は真剣な表情で耳を傾けていた。
「凄いな……」
ユリウス様はポツリと零す。
「お借りしても?」
「どうぞ」
紙を手に取ったユリウス様は、私の絵を食い入るように見つめている。
「ここを登って、次にここを渡る……その後にここを潜る訳か。腕力と体幹が鍛えられそうだな。ここは脚力も必要そうだ。……だが、幼い子供は厳しいのでは……。いや、この緩やかな段差から登れば、その後に配置されている障害も少ない。そうか、ルートは一つではないのか」
顎に手を当てたユリウス様は、ブツブツと何事かを呟く。
鋭い眼差しと、籠ったような低い声。表情が削ぎ落されたからこそ、端整な顔立ちがより際立つ。
普段のユリウス様とのギャップを目撃して、私は目を丸くした。
いつもは人当たりが良く、優雅でユーモアもある紳士なユリウス様の、商売人としての一面を見た気がする。
「マリー様」
「はいっ?」
怒鳴られた訳でもないのに、思わず背筋を正す。
不自然な挙動をする私を見て、ユリウス様は不思議そうに首を傾げた。
「下は土のままですか?」
「検討中です。最初は落下しても怪我をしないよう、水場を用意しようかと考えたのですが、別の問題が出そうだったので、一度、保留しています。土のままか、砂を敷くか……あとは芝を植えるのも良さそうですね」
「なるほど。あと、ここの斜めになっている部分は?」
「ええっと、ここは緩やかに降下するためのもので……」
ユリウス様は私の不格好な絵でも、きっちり意図を読み取っているようだった。いくつかの質問に答えると、彼は弾けるような笑みを浮かべた。
「素晴らしい!」
「えと」
「なんて素晴らしい鍛錬施設だろう。流石です、マリー様」
「た、鍛錬施設では……」
「ああ、失礼。子供の遊び場でしたね」
ユリウス様から返された紙を受け取り、自分でも眺める。前世のアスレチックコースを参照にした施設は、正直、鍛錬場という呼び名の方が正しい気がしてきた。
「私も早く、実物を見てみたいです。その為の協力は惜しみませんので、何でも仰ってください」
「ありがとうございます。じゃあ早速ですが、これらの施設に適した材料について、相談に乗っていただきたいです」
「かしこまりました。では、まず木材ですね」
「はい。屋外でも劣化し難い材料があれば、教えていただきたいのですが」
「そうですね。まずはオークでしょうか。ワイン樽に使われたりもするので、腐食に強いです。耐久性にも優れていますが、かなり硬い上に重量もあるので、加工が難しいという短所もありますね」
「防虫効果もあると聞きましたが、本当ですか?」
「はい。ですので、家具の材料としても重宝されております」
いつもの優雅なジェントルマンに戻ったユリウス様は、柔らかな笑顔で「勉強熱心ですね」と褒めてくれた。
「あとはチェスナット。それから松……パイン材ではなく、ラーチ材の方ですね。パイン材は加工しやすい代わりに、耐久性が低いので」
つらつらと流れるような説明を聞きながら、私は熱心にメモを取る。ユリウス様は、言葉を一旦区切り、少し考える素振りを見せた。
「言葉で説明するだけだと、やはり分かり難いですね。店の方にいくつか実物があるので、触ってみますか?」
「えっ。触って大丈夫なんですか?」
「家具の受注用の見本ですので、お気になさらず」
商談室から、再び店内へと戻る。
実際に質感を確かめながら、ユリウス様は丁寧に説明してくれた。
「やっぱり、オークが適してそうですね。防虫効果も耐水性もあって、何より丈夫ですし」
指折り数えるようにメリットを上げていくと、ふ、と息を零すような潜めた笑い声が、後ろから聞こえた気がした。
冷笑や嘲笑ではなく、温かな響きだったので嫌な気分にはならない。
とはいえ、生真面目な護衛や貞淑な侍女が笑うとは考えにくいので、てっきり戻ってきたレオンハルト様だと思っていた。
だからつい、照れ隠しの意味で軽く睨んだのだったけれど。
そこにいたのはレオンハルト様ではなかった。
見ず知らずの青年……おそらく、お店のお客さんは、私と目が合って少し困ったように微笑んだ。




