元暗殺者の調査。
※ラーテ視点となります。
仕事が楽しい。
仕事がクッソ楽しい。
こんなことを心の底から思える日が来るなんて、考えたこともなかった。
ゴミ溜め生まれのゴミ溜め育ち。当然、就いた仕事も暗殺者という名のゴミ処理人。数を熟せば慣れはするものの、流石に楽しいとは思えるものではない。汚いし、臭いし。それに、標的も小汚いおっさんばかりでゲンナリする。
仕事なんて、金を稼ぐための手段に過ぎない。
その価値観が変わったのは、お嬢さんに出会ってから。生涯で唯一と決めた主人を見つけてからは、仕事は生き甲斐へと変化した。
お嬢さんに出会ってから、オレは人生を生き直している気さえする。
だって、このオレが。子供なんて、煩くて汚いだけの生物だと思っていたこのオレが、だ。
まさか、赤ん坊を可愛いと思えるなんて。
確かにお嬢さんの子供は、美形な両親の血を継いだと一目で分かるくらい整った顔をしている。癇癪を起さず、夜泣きで母親や乳母を起こすことも少ない、物凄く利口な子供ではあるけれども。
母親が大好きな甘ったれで、父親に反抗する生意気さも持っている普通の子供。
だというのに、オレにはあの子が、とびきり可愛く見える。
拗ねて、ソッポを向いたふくれっ面が可愛い。口を半開きにして、涎を垂らしている平和な寝顔も可愛い。高速で這いずっている姿も可愛い。
そんな可愛い坊ちゃんの色んな表情を堪能出来て、給料まで出るなんて正に天職。
敬愛する主人と、愛らしいその息子。彼等とこの素晴らしい職場を守る為なら、オレは何だってするだろう。
……とはいえ、だ。
やりたくない仕事は、普通にある。
「……聞いているか、ラーテ?」
目の前の美丈夫は、呆れたような顔でオレを見た。
精悍な美貌は年を重ねても全く衰えてはいないくせに、深みと艶は増していくという、上質なアンティークのような男、レオンハルト。
同じ男として癪に障る存在だが、お嬢さんの隣に並び立つ為に、彼が相応の努力をしていることも知っているので、同時に認めてもいる。
「聞いているよ。異国の男……、なんだっけ、イアン?」
「リアン」
「そうそう、そのリアンという男を探れと?」
「そうだ」
肯定されて、思わず溜息が出た。
無邪気に遊ぶ坊ちゃんと、それを女神みたいな優しい目で見守るお嬢さんという、この世の美を結集させたかのような楽園での任務を放棄し、どこの馬の骨とも知れぬ男を見張れと。
率直に言って、イヤだ。
楽しくない。
「別にオレじゃなくてもいいでしょ。最近、部下も育ってきたし」
「その男は、ローゼに興味を持ったらしい」
「……は?」
「立ち去ろうとしたローゼをわざわざ呼び止めて、名乗ったそうだ」
「…………ふぅん」
レオンハルトの不愉快そうな表情から察するに、そのリアンとやらの興味は、お嬢さんの言動だけでなく、お嬢さん本人にも向けられているのだろう。
あれほどの美女だ。異性が惹き付けられるのも当然といえば当然。
しかし面白くはない。いや、率直に言えば不快だった。
大事に守ってきた宝物に、手垢をつけられたような気分だ。
「……いいよ、探ってくる」
「頼む」
「場合によっては、消してもいいよね?」
「待った」
「身の程知らずに生きる資格なんてないでしょ?」
「お前は極端過ぎる」
レオンハルトは額に手を当て、深い溜息を吐き出す。
「自分だって目障りだと思っているくせに」
鼻で笑うと、手の陰から覗く鋭い瞳に睨まれた。
言葉はない。しかし、眼差しの冷たさで言外に肯定しているようなものだ。
「ローゼの見立てでは、それなりの身分の人間らしい。消せば、余計な火種を生む」
「異国のボンボンか。面倒だなぁ」
「ただの観光か、それともプレリエ領の発展に目を付けて探りにきたか。目的と素性を探り、早急に報告してくれ」
面倒臭いと思う気持ちに変わりはない。
しかし、お嬢さんと坊ちゃんと平穏を守る為なら致し方なし。
「了解。お嬢さん達の為なら、頑張りましょうかね」
「……」
受諾したにも拘わらず、レオンハルトは不服そうな顔をしている。何か言いたげな目を向けられ、オレは首を傾げた。
「何?」
「お前、いつまでローゼをお嬢さんと呼ぶ気だ」
思いも寄らないことを言われ、オレは目を丸くした。次いで思案する。
オレにとってお嬢さんは、いつまで経ってもお嬢さんだ。年を重ねても、結婚しても、それは変わらない。
他人にアレコレ言われる筋合いはないし、そもそも、嫉妬深い旦那に気を遣うなんて馬鹿馬鹿しい。
とはいえ、一考の余地はあった。
坊ちゃんを慈しむ彼女の表情を思い浮かべると、確かに、『お嬢さん』はちょっと違うかもしれない。
「じゃあ、これからはご主人様って呼ぶよ」
にっこりと笑って宣言すると、レオンハルトは余計に苦々しい顔付きになった。
言う通りにしてあげたんだから、もっと喜べばいいのに。なんて、まるで思っていない言葉を吐いてから、オレはさっさと退室した。
リアンという男は、街の中心から少し外れた場所にある宿屋に泊まっているらしい。派手さのない小さな宿だが、従業員や食事の質が良く、静かな環境を好むお忍びの貴族も利用するような優良施設だ。
観光目的である可能性も、なくはないのかもしれない。
しかし、尾行していた部下と交代したオレは、宿から出てきた男を見て、その考えを捨てた。
「……あの顔」
見たことがある。
いや、それでは語弊があるな。よく似た人間を知っている。
さして力のない伯爵家出身ながらも、庇護欲を掻き立てる容姿と微笑みで国王の寵愛を受けた令嬢。
第一王子を生んだことで、その地位を揺るぎないものとした……と思われていたが、その息子のやらかしで微妙な立場に置かれている、隣国の側室。
そんな女性に似ているということは、おそらく。
「息子か」
彼の正体は貴族のボンボンではなく、グルント王国のやらかし王子こと、フロリアン・フォン・ブロンザルト王子である可能性が高い。




