第1話:最悪の三重奏(トリオ) 前編:『特異点観測班』
軽快だが不穏なバイオリンの旋律がどこからともなく流れている。
入学式の喧騒が冷めやらぬまま、新入生たちは「王立調律学院」のゼノの教室へと集められていた。
静まり返る教室内で、生徒たちは一様に緊張した面持ちで席に着いている。
だが、教卓に寄りかかる男。
担任のゼノ・ヴァイスだけは、教師とは思えないほど不真面目な態度で鼻歌を漏らしていた。
「はい、はい! お前ら静かにしろ。俺様はお前らみたいな才能無しの集団に、わざわざ時間を割きたくないんだよ!」
ゼノの言葉に、教室がざわつく。
エリートの気質を持つ生徒たちを、彼は嘲笑うかのように一蹴した。
「だが、王命は絶対。よって、とっとと本題に入るぞ!」
ゼノが右手を掲げると、白金に輝く一本の指揮棒が手の中に現れた。
キラーーン!
「見ろ、ガキども。これが俺様の白金を奏でるタクト…。『スタティック・シジル』だ。その美しさ、不変の法則性。お前らの安っぽいエレメンタとは格が違う。……まあ、このクラスにおいては、俺様の気まぐれこそが世界の法則ってわけだ!よく覚えておけ!」
ゼノはニヤリと笑うと、黒い革手袋に包まれた左手で、空間を無造作に叩いた。
キィィィィィン……!
鼓膜を刺すような高周波のように音が響いた。
空間の理が軋み、目の前に煌びやかな宝箱が召喚される。
「さて、今日の目玉だ。俺様が選定した、最高のゴミと最高の天才、そして可愛いお守りの『三重奏』を発表する!」
ゼノのタクトで、テンポの速いバイオリンとチェロのアンサンブルが奏でられる。
ゼノが分厚い名簿をパラパラとめくり、楽しげに笑う。
最前列では、レオン・シュヴァルツが既に確信に満ちた不遜な笑みを浮かべ、腕を組んでいた。
「まず、才能の頂点にして一匹狼。No.2『He』、レオン・シュヴァルツ!」
「……当然だ。俺以外の奴と組むつもりはねぇ。時間の無駄だからな!」
レオンが立ち上がると、その周囲には他者を寄せ付けない「絶対孤高」のオーラが漂う。
彼こそは、誰とも交わらぬ不可侵の貴公子。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオン・シュヴァルツ ♂
No.2『He』のシンフォニア
【タクト】
アイソレーション・バングル
この世界において、「不活性の守護者」あるいは「孤高のエレメンタ」と呼ばれている。
水素に次いで二番目に軽いエレメンタで、他のエレメンタと決して結合しないという特異な性質を持ち、その安定性と軽さから、極めて重要な役割を担う。
【シンフォニア能力】
「絶対孤高」
「不干神童」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「次。周りの法則を清浄にするだけの、お守り兼バッテリー役。No.29『Cu(銅)』、リーフィア・テセラ!」
「あの! 私は『生命伝導』として、仲間を癒すんです! バッテリーなんかじゃ……!」
金髪ボブの少女、リーフィアが頬を膨らませて抗議する。
しかしゼノは「ああ、ハイハイ! 可愛いお守りは黙ってろ!」と一蹴し、宝箱から緋色のチョーカーを取り出した。
「お前のタクトだ、『コンジット・チョーカー』。さっさと首に巻きつけて、レオンの隣で大人しくしてろ!」
不満げにチョーカーを嵌めるリーフィア。
だが、その視線は隣に立つレオンへ熱烈に注がれている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リーフィア・テセラ ♀
No.29『Cu(銅)』のシンフォニア
【タクト】
コンジット・チョーカー
この世界において、「生命の導線」あるいは「活力の運び手」と呼ばれている。
金属元素の中でも特に高い電気・熱伝導性を持ち、古代から生命活動に不可欠な元素として、また癒やしの象徴として崇拝されてきた。
【シンフォニア能力】
「生命伝導」
「回復回路」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして…。
ゼノの指先が、窓際で静かに座るハーベルを指した。
「最後は、最悪の法則の欠陥品。『第零のアモルファス』、ハーベル・イースタンだ!」
突然、音楽は止まり静寂に包まれる。
教室内を凍りついたような沈黙が支配し、次の瞬間、爆発的なざわめきが起こる。
「……は? 」
「無能とレオン様を組ませるのか!? 」
リーフィアは目を剥き、ハーベルを親の仇のように睨みつけた。
「な、なんで私とレオン様が、こんな才能もないバカと組まされなきゃいけないのよ! 納得いかないわ!」
ゼノは意に介さず、宝箱の底から漆黒の黒曜石で作られた指輪を取り出し、ハーベルに放り投げた。
「おい、ハーベル。お前のタクトだ、『ヴォイド・アンカー』。お前の無定形の混沌を世界に繋ぎ止める『虚無の錨』って意味だな。気に入らなくても着けておけ!」
ハーベルは受け取った指輪を、静かに右手の人差し指に嵌める。
「……ごめんね。僕も、なんで組まされたのか分からないけど、迷惑かけないように頑張るから……。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ハーベル・イースタン ♂
『第零のアモルファス』
【タクト】
ヴォイド・アンカー
この世界において、「無定形の創始」あるいは「法則の不協和音」と呼ばれている。
『アモルファス』とは、「エレメンタを持たず、定まった法則を持たない状態」を指している。
ハーベルは、既存のエレメンタが持つ「固有の法則」に縛られない、『第零の存在』である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ああもう! 気持ち悪いわね! あなたみたいなのがいると、レオン様の法則まで汚染されちゃうじゃない!」
リーフィアの罵倒に、レオンもまた冷酷な追撃を浴びせる。
「チッ、ふざけるな。俺の『絶対孤高』が、こんな雑魚に汚される。先生、この組は即刻解散しろ!――ああ、もう我慢ならねぇ!」
レオン・シュヴァルツが目の前の机を蹴り飛ばす。
その瞬間、教室内の温度が急激に低下していく。
彼の周囲に漂う『He』の不可侵領域が、拒絶の意志と共に膨れ上がった。
「俺の法則は不純物を許さない。……消えろ、欠陥品!」
レオンが右手の『アイソレーション・バングル』を振り抜く。
刹那――。
目に見えないほど超高密度に圧縮された『He』の不可侵領域が、重音波のような断層となってハーベルの胸元へ牙をむいた。
「キャッ!?」隣のリーフィアが悲鳴を上げ、周囲の生徒たちは反射的に目を背ける。
まともに食らえば、ただでは済まない必殺の一撃。
【お知らせ】
いつもご覧いただきありがとうございます。
本作品は、一日おき(隔日)の投稿となります。
毎回、18:00 時に投稿します。
続きの気になった方は、
ぜひともブックマークをお願いいたします。




