プロローグ後編:『白金の再定義』
化学反応のように、すべては一瞬で決着する。
彼の命は、ここで潰えるはずだった…。
ガキィィィィィン!!
鼓膜を突き破るような、凄まじい金属音が聖堂に轟いた。
「……え?」
ハーベルが恐る恐る目をあけると、そこには信じられない光景が広がっていた。
彼の目の前、数センチのところで、衛兵の槍が完全に静止している。
ゴクリ…。
いや、静止しているだけではない。
槍の先端から、衛兵の腕、そして鎧に至るまで、美しい銀色の結晶が、まるで生き物のように急速に侵食していた。
「うおぉ…な、なんだこれは……! 腕が、動か……!」
衛兵が悲鳴を上げる暇もなく、その身体は完全に「白金」の像へと変わり果てた。
その時…。
凍りついた空気を、一瞬で切り裂くような風が吹き抜けた。
「おいおい。神に仕える身の割には、随分と短気じゃないか。司祭殿?」
冷ややかな、しかし心臓を掴むような色気を持つ声が響く。
銀髪を風になびかせ、教諭席から飛び降りた一人の男。
超絶イケメンの若き天才教諭、ゼノ・ヴァイス。
彼は歩くだけで、周囲の衛兵たちを不可視の圧力で弾き飛ばしていく。
驚愕する司祭の前に立ちはだかり、ゼノは不敵な笑みを浮かべた。
「退け。そいつは、俺様の獲物だ!」
「ゼ、ゼノ先生! 何を言うのです! そいつは、聖なる法則を侵した………。」
「『侵した』? 違うな、司祭殿。こいつは『再定義』したんだよ!」
ゼノは司祭の言葉を遮り、ハーベルへと歩み寄る。
そして、左手の漆黒の革手袋をはめた指先で、怯える少年の頬を乱暴に、しかしどこか愛おしそうに撫で上げた。
「ハーベル・イースタン。お前、最高にメチャクチャだ! 俺様の美意識に反するレベルでな!」
ゼノの右手に刻まれた『Pt』の紋章が、衛兵たちの武器を凍りつかせるほどの冷徹な輝きを放つ。
「決まりだ。司祭殿、この『実験動物』の管理権は俺が預かる。文句があるなら、学院長か……あるいは、俺のプラチナに直接言え!」
ゼノはハーベルの肩を引き寄せ、耳元で残酷に、そして楽しげに囁いた。
「覚悟しておけよ、ハーベル。お前のその『混沌』、俺様が骨の髄まで暴いてやる!」
ゼノの右手の『Pt』のエレメンタがキラリと輝くと、彼の視線には、「白金法則」の冷たい光が宿っていた。
ハーベルは呆然と、彼の瞳と、自分の右手に刻まれた無秩序な漆黒を見つめていた。
前世で追い求めた「究極の安定」の果てに、異世界で手にした「究極の混沌」…。
世界を揺るがす不協和音が、今、高らかに鳴り響いた。
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