第11話:白銀の断罪者と虚空の脈動 前編:『鏡面の無音とアモルファスの覚醒』
深夜、王立調律学院の寮は深い静寂に包まれていた。月光すら暗雲に遮られ、世界は色彩を失ったモノクロームの譜面と化している。
その闇の中を、音符の一つも乱さず滑るように移動する影があった……。
国王レギウス・ヴァイスの密命を帯びた「不錆の暗刃」、クロム・ナイトハートである。
彼を覆うNo.24『Cr』の法則は、常時発動している『幻影鏡面』により、周囲の微細な光の屈折と影の濃淡を完璧にコピーしていた。
まさに背景と同化した「透明な不協和音」。
(ターゲット、ハーベル・イースタン。法則波形、ゼロ。存在、無定形。……排除)
クロムはハーベルの自室の窓の外に音もなく滞空した。 指先に集中されたクロムの法則が、一振りの針のような極細の暗刃を形成する。
窓ガラスの分子構造に干渉し、その結合を滑らかに「反射」させて隙間を作る。
一切の振動音を立てず、暗殺の刃が寝ているハーベルの首筋へと一直線に走った。
無音の必殺——本来ならば、これで全てが終わるはずだった……。
だがその瞬間、ハーベルの体内で異変が起きた。 昼間にリーチムからもらい、口に含んでいた「法則活性化キャンディ」。
その微弱なリチウム(Li)の電位差が、微小な電気信号としてハーベルの神経系を駆け巡り、内なるアモルファスの核に小さな火を灯していたのだ。
(——ん? なんだ……この、皮膚を刺すような『冷たさ』は……?)
ハーベルの意識が覚醒するより早く、彼の肉体が、そして右手の甲の『第零のアモルファス』の紋章が、極限の生存本能によって暴走気味に駆動した。
ドクンッ!!と脈打つアモルファス。
それは構造を持たないからこそ、『殺意』という外界からの「一方的な指向性を持つエネルギー」に対して、極限の局所的反作用を叩き出す。
シュパァァァンッ!!
「……なにっ!?」
クロムの瞳が驚愕に見開かれた。
絶対に捉えられるはずのない無音の暗刃が、ハーベルの首筋に触れる直前、空間そのものがぐにゃりと歪むような「無定形の斥力」によって弾き飛ばされたのだ。
刃はわずかに逸れ、ハーベルの枕を深く切り裂くに留まった。
「う、うわぁっ!?」
跳ね起きたハーベルの目に飛び込んできたのは、窓辺に浮かぶ「光を歪める不気味な人の影」だった。
(俺の理論ではあり得ない……光の屈折率を完全に書き換えている!? 光学迷彩というより、空間そのものを反射板にしているのか……!)
八雲の冷静な分析と、ハーベルとしての恐怖が交錯する。
クロムは即座に体勢を立て直し、再び『不錆暗刃』を突き出そうとした。
「……ノイズにしては、不気味な反応を示す。だが、次は——」
しかし、暗殺者が二度目の攻撃を繰り出すことは叶わなかった。
ゾワ……ゾワゾワゾワッ……!!
部屋全体の空気、いや「時間と空間の密度」そのものが、突如として超高密度の重力によって押し潰されたからだ。
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