第10話:影のフーガと謀略の夜想曲(ノクターン) 前編:『王城の断絶と銀白の盾』
学園の活気あふれる放課後が終わり、世界は深い夜の帳に包まれていた。だが、その静寂は平和を意味しない。音なき場所で、王国を揺るがす不穏な旋律――「影のフーガ」が静かに幕を開けようとしていた。
王城の最深部、一般の譜面には決して記されることのない聖域。
そこには、王国の魔力の心臓部である「絶対調律心臓」が、不気味な重低音を響かせながら脈動していた。
ドゴン…ドゴン…ドゴン…ドゴン。
その黄金の輝きの前で、国王レギウス・ヴァイスは、王座に深く腰掛け、自身の髭を傲慢に撫でていた。
彼の前で膝を突いているのは、王国筆頭剣士ダリア・クリスタ。
「ダリアよ。お前の『不滅結晶』の法則で、この絶対調律心臓を守り通せ。不純な音を一切通さぬ、鉄壁の和音を構築するのだ!!」
「御意に、国王陛下。我が剣の全ては陛下の御心のままに」
銀白の髪を揺らし、レイピアを胸に捧げた彼女の返答は、極冷の氷が奏でるような透明感と鋭利さを帯びていた。
その瞳には、かつて失った家族の復讐という消えない不協和音と、それを「秩序」によって塗りつぶしてくれた国王への歪んだ忠誠が入り混じっている。
(この心臓が動く限り、陛下の『永遠王冠』の法則は、永遠に不滅……。私の憎しみを果たすための戦場を、陛下が守り通してくださる。そのためなら、私は喜んでこの世界のあらゆる動揺を凍てつかせる盾となろう)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ダリア・クリスタ ♀
No.6『C』のシンフォニア
この世界において、「絶対硬度の剣」あるいは「不屈の刃」と呼ばれている。
全ての有機物、すなわち「生命」の骨格を構成する「元素の女王」。
ダリアはその最も硬質な同素体であるダイヤモンドの力を宿し、王国唯一の女剣士として絶対的な防御力と純粋な一撃を誇る。
【シンフォニア能力】
「絶対零度」
「不滅結晶」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……して、陛下。ゼノ殿が受け持っているあの少年、ハーベル・イースタンについての処遇は?」
ダリアの問いに、レギウスの表情が不快げに歪んだ。
まるで、完璧なオーケストラの中に一匹の羽虫が紛れ込んだかのような嫌悪感……。
「あの『第零のアモルファス』か。あれは私の『完璧なる調律』を乱す、法則の癌だ。定まることのない音、構造を持たぬ旋律……。ゼノが教育という名の遊びに興じている間に、王国の譜面から確実に消し去らねばならん」
レギウスは、玉座の影に向かって細い指を鳴らした。
パチンッ……。
そこには、光さえも反射せずに「静止」している闇があった。
「クロム・ナイトハートよ。お前の『幻影鏡面』を用い、誰にも気づかれぬ休止符を、ハーベル・イースタンというノイズに打て!」
影の中から、音が物質化したかのように一人の男が現れた。
クロム・ナイトハート……。
その姿は、周囲の風景を完璧に反射し、あたかも「透明な壁」が動いているかのような錯覚を抱かせる。
「……我、王命を承る。ノイズの完全な『反射』と『消去』を」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クロム・ナイトハート ♂
No.24『Cr』のシンフォニア
この世界において、「光の外套」あるいは「幻影の刃」と呼ばれている。
極めて硬く、錆びることがないという高い耐食性を持ち、また鮮やかな光沢と多様な色を呈するという、「堅牢さ」と「視覚的な変化」を併せ持つエレメンタ。
クロムは、王城の暗部を担う影の存在。表舞台に出ることはなく、その存在自体が「幻影」。性格は冷徹で、任務遂行のためなら手段を選ばず、周囲の情報を完璧に反射し、光と視覚を欺くことに特化しており、暗殺者として究極の適性を持つ。
【シンフォニア能力】
「幻影鏡面」
「不錆暗刃」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クロムは瞬時に音もなく霧散した。
彼の任務は、法則の外側に立つハーベルを、文字通り「無」に帰すこと。
(排除すれば、全てが王の望む完璧な法則に戻る。それが、我のクロムの法則が持つ、純粋な安定だ…)
暗殺者の旋律は、獲物の首筋を狙う冷たい夜風となって、王立調律学院へと吹き抜けていった。
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