第二十八話 「失われた一族の証」
「……これは、一体……?」
フェルナンド・アルディスは、演習場の上空に浮かぶ巨大な魔法陣を見上げていた。
第三試験のために用意された魔法陣は、すでに原型を留めていない。誠が書き換えた術式は巨大な光となって空中へ広がり、複雑な魔力回路が幾重にも重なっている。
だが、フェルナンドが注目していたのは、その大きさでも魔力量でもなかった。
魔法陣の中心。
そこに浮かんでいる、一つの紋章だった。
「ガルド」
「はい」
「今の紋章を記録したか?」
「もちろんです」
ガルドは手元の記録魔導具を確認する。
「ですが……あれは魔法陣の構造の一部ではないのでしょうか?」
「違う」
フェルナンドは即答した。
「あれは術式ではない」
「では、何なのですか?」
フェルナンドはしばらく答えなかった。
その紋章を見たのは、初めてではなかった。
幼い頃、宮廷魔導院の地下にある古い資料庫で一度だけ見たことがある。
王国の歴史から消された一族。
その存在を示す記録はほとんど残されていない。
ただ、その一族が持っていた魔力だけは、古い文献の中に何度も記されていた。
――透明属性。
七つの属性に属さず、すべての属性へ干渉する異端の魔力。
そして、その一族は数百年前を境に歴史から姿を消している。
「……失われた一族の紋章だ」
「え?」
ガルドが目を見開いた。
「まさか……」
「ああ」
フェルナンドは誠を見る。
誠はというと、魔法陣の前で困ったように首を傾げていた。
「うーん……」
「やっぱり少し大きすぎたかな?」
ルミナが頭を抱える。
「そこを気にするの!?」
「だって、試験で使う魔法陣だったから……」
そんな二人の会話を聞きながら、フェルナンドは考えていた。
誠は知らない。
自分が何を生み出したのか。
そして――自分自身が何者なのかも。
「ガルド」
「はい」
「先ほどの魔法陣を拡大してくれ」
「分かりました」
ガルドが魔導具を操作する。
空中に表示された紋章が、さらに大きく映し出された。
円の中に刻まれた、七つの線。
その中心には、どの属性にも分類されない空白。
フェルナンドの記憶にある古文書と完全に一致していた。
「……間違いない」
フェルナンドが呟く。
「これは、透明属性を持つ一族が使っていた術式だ」
ガルドは息を呑んだ。
「では……誠は……」
「まだ決めつけるな」
フェルナンドは静かに制した。
「紋章だけなら偶然という可能性もある」
「ですが……」
「問題は、もう一つある」
フェルナンドは誠の右手を見る。
その手には、先ほどまで透明な光が残っていた。
「血だ」
「血……?」
「あの一族の術式は、血に刻まれた魔力因子に反応するという記録が残っている」
フェルナンドは古い資料を思い出す。
そこには、かつての研究者が残した一文があった。
――血を受け継ぐ者は、失われた術式を無意識に再現する。
「つまり……」
「この魔法陣を誠が作れた理由は、知識ではない」
「本人の中に、最初からその構造があった可能性がある」
ガルドは言葉を失った。
誠は魔法陣の構造を知らない。
古代文字も知らない。
失われた一族の存在すら知らない。
それなのに――
失われた術式を、まるで昔から知っていたかのように再現した。
「……子孫」
ガルドが小さく呟く。
フェルナンドは答えなかった。
ただ、誠を見つめていた。
もし本当にそうなら。
透明属性は、伝説ではなかった。
そして、誠はその力を受け継いだ一族の末裔ということになる。
しかし、その事実を本人へ伝えるには、まだ早い。
誠は十歳だ。
何も知らない少年を、王国の歴史や予言に巻き込むわけにはいかない。
「このことは、誰にも話すな」
「フェルナンド様……」
「特に、あの少年本人にはな」
「分かりました」
その頃、誠はルミナと話していた。
「ねえ、ルミナ」
「なに?」
「第三試験って、ちゃんと合格できるかな?」
「……」
ルミナは空を見上げた。
そこには、誠が作った巨大な魔法陣が浮かんでいる。
「たぶん……」
「?」
「合格どころか、また何かすごいことになってると思う」
「そうかな?」
「そうよ!」
誠は不思議そうな顔をした。
「僕としては、普通に魔法陣を作っただけなんだけどなぁ」
その言葉を聞いたフェルナンドは、思わず苦笑した。
「普通、か……」
今まで何度も聞いた言葉だった。
測定不能。
透明属性。
王国最強の防御を破った魔法。
そして、失われた一族の術式。
すべてを見てもなお、本人だけは自分を普通だと思っている。
だが――
フェルナンドは、空に浮かぶ紋章を見上げた。
これで一つだけ分かったことがある。
誠の力は、偶然生まれたものではない。
彼の中には、確かに何かが受け継がれている。
歴史から消された一族。
七属性の外側に存在する透明属性。
そして、その血を受け継いだ少年。
だが、まだ分からない。
なぜ一族は歴史から消えたのか。
なぜ透明属性は失われたのか。
そして――なぜ今になって、誠の力が目覚めたのか。
その答えは、まだ誰にも分からなかった。
「……魔術儀を続けよう」
フェルナンドは静かに告げた。
「誠の正体を知るには、まだ時間が必要だ」
その直後。
空中に浮かんでいた魔法陣が、最後の光を放った。
そして一瞬だけ。
誰にも見えないほど小さな文字が、魔法陣の中心に浮かび上がる。
――継承者。
それを見たのは、フェルナンドだけだった。
「……やはり」
フェルナンドの表情が変わる。
だが、その文字はすぐに消えてしまった。
誠は何も知らない。
自分の中に眠る血の秘密も。
失われた一族の存在も。
そして――
自分が世界の歴史に再び現れた、最初の継承者であることも。
魔術儀は、まだ終わっていない。
しかしこの日。
数百年の時を越えて、失われた一族の物語が再び動き始めた。
――そして、その中心にいる少年は。
「次の試験って何かな?」
相変わらず、何も知らなかった。
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