第二十七話 規格外魔法、発動
「では……発動しますね」
誠が右手を前へ伸ばした。その瞬間、演習場の空気が変わった。先ほどまで淡い光を放っていた巨大な魔法陣が、まるで意思を持ったかのようにゆっくりと回転を始める。幾重にも重なった魔力回路が次々と光り、火、水、風、土、光、闇、そして透明。七つの異なる性質を持つ魔力が、互いに反発することなく一つの術式へと流れ込んでいく。
「……っ!」
フェルナンドは思わず目を細めた。
魔力の奔流が演習場全体を包み込んでいく。周囲に張られていた結界が淡く輝き、地面に刻まれた術式まで反応し始めた。
「な、なんだこれは……!」
受験者たちから悲鳴にも似た声が上がる。「第三試験って魔法を一つ発動するだけじゃなかったのか!」「あの魔法陣、どんどん大きくなってるぞ!」「誰か止めた方がいいんじゃないか!?」会場は一瞬にして混乱に包まれた。
しかし、誠だけは落ち着いていた。
「大丈夫だと思いますよ」
「大丈夫なわけないでしょ!」
ルミナが叫ぶ。
「誠、あれ本当に大丈夫なの!?」
「うん。たぶん」
「たぶん!?」
誠は困ったように笑った。
「ちゃんと魔力は流れてるし、魔法陣も壊れてないから」
「そこじゃないのよ!」
その会話を聞きながらも、フェルナンドは魔法陣から目を離さなかった。彼には分かっていた。これは単純な魔法の発動ではない。誠が作った術式は、周囲に存在する魔力を取り込みながら、自らの構造を書き換え続けている。
「……術式が変化している」
ガルドが震える声で呟いた。
「最初に見たときと、形が違います」
「ああ」
「魔法陣が……自分で最適化している?」
フェルナンドは答えなかった。
そんなことが可能なのか。魔法陣とは術者が決めた構造を維持しながら魔力を流すものだ。発動中に術式そのものが変化すれば、普通なら魔力回路が崩壊する。しかし誠の魔法陣は逆だった。魔力が流れれば流れるほど、より複雑に、より精密に変化している。
そして――。
「来るぞ」
フェルナンドが呟いた。
巨大な魔法陣の中心から、白い光が一筋伸びた。
次の瞬間。
ドォォォォォン!!
凄まじい衝撃が演習場を駆け抜けた。
受験者たちは思わず目を閉じる。風圧が吹き抜け、砂埃が舞い上がる。結界が一斉に発光し、演習場全体を覆った。
「きゃあっ!」
「うわぁぁ!」
「結界が……!」
しかし、数秒後。
会場は静まり返った。
誰もが恐る恐る目を開く。
そこにあったのは――破壊された演習場ではなかった。
巨大な魔法陣は消えていた。
代わりに、演習場の中央に一本の光の柱が立っている。
炎でもない。
水でもない。
風でもない。
光でも闇でもない。
七つすべての属性を含んでいるようで、そのどれでもない。不思議な透明な光だった。
「……何だ、あれ」
誰かが呟いた。
光の柱はゆっくりと広がり、演習場全体を包んでいく。しかし、不思議なことに誰も傷つかない。むしろ身体の中に溜まっていた疲労が、少しずつ消えていくような感覚さえあった。
「……これは」
フェルナンドが目を見開く。
「攻撃魔法ではない?」
ガルドが驚いた顔で尋ねる。
「いや……それだけでもない」
フェルナンドは光を見つめる。
魔法陣は周囲の魔力を吸収し、それを一度分解している。そして、別の性質へと変換して放出している。
「魔力そのものを変換している……」
「魔力変換?」
「違う」
フェルナンドは首を横に振った。
「もっと根本的なものだ」
その時、誠が光の柱へ近づいた。
「これ……」
誠は手を伸ばす。
透明な光が誠の手のひらへ集まった。
「なんだか懐かしい感じがする」
「懐かしい?」
ルミナが聞き返す。
「うん。前に似たような魔法を使ったことがある気がする」
フェルナンドの表情が変わった。
「前に?」
「はい。でも、どこで使ったかは覚えてないです」
誠は少し考えたが、すぐに諦めた。
「まあ、いいか」
「いいの!?」
ルミナが呆れる。
その時、ガルドが試験結果を確認しようと測定魔導具へ駆け寄った。
「えっと……第三試験の評価を……」
しかし、魔導具は沈黙していた。
「……?」
ガルドが何度か操作する。
「おかしい」
「どうした?」
フェルナンドが尋ねる。
ガルドは青ざめた顔で答えた。
「測定できません」
「またか」
フェルナンドが小さく呟く。
「魔力量、魔法威力、術式構成……すべて測定不能です」
「つまり?」
「採点できません」
会場が静まり返った。
誠は驚いた。
「え?」
「じゃあ、僕……失格ですか?」
「違う!」
ガルドが思わず叫ぶ。
「そういう意味ではない!」
「じゃあ合格?」
「それも今は判断できない!」
「……?」
誠はますます困った顔になった。
フェルナンドはそんな誠を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
「第三試験は一度中断する」
「え?」
「この魔法を調べる必要がある」
会場が再びざわめき始める。
しかし、フェルナンドの視線は誠から離れなかった。
透明属性。
神話級。
そして、魔法そのものを書き換えるような術式。
すべてが一つにつながり始めている。
(この少年は、一体何を受け継いでいる?)
だが、その答えを知るにはまだ早い。
誠本人は、自分が何を起こしたのかすら理解していない。
「とりあえず……」
誠が小さく呟く。
「試験、合格ってことでいいんですか?」
その言葉に、会場中の魔導士たちは頭を抱えた。
魔術儀第三試験。
誠の規格外魔法によって、採点そのものが成立しなくなった。
そして――。
この日を境に、王国では一つの言葉が密かに広がり始めることになる。
『透明属性の少年』。
まだ誰も知らない。
それが、かつて歴史から消された一族と繋がる名前になることを。
(つづく)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第三試験、ついに誠の魔法が発動しました!
……とはいっても、本人は相変わらず「普通の魔法を使っただけ」と思っているようですが(笑)
まさか魔法陣を少し改良しただけで、試験用の測定魔導具すら採点不能になるとは……。
魔術儀はまだ終わりません!
次回は第三試験の結果、そして誠を見つめるフェルナンドたちに、さらに新たな動きが……?
ぜひ次回もお楽しみに!評価・ブックマークもぜひよろしくお願いします!
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