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第8話 白い服の男

 題名は星新一の作品です。ハヤカワ文庫から出ましたが1974年に新潮文庫になったそうです。

 柘植忠信《つげ ただのぶ》は語る。


 えーっと、今日は誘っていただいてありがとう。有名なレストランおがたで食事をするなんて久しぶりだな。ここの中華は最高に上手いんだ。普通の麻婆豆腐《まーぼーどうふ》や青椒肉絲《チンジャオロース》でも別格の味わいだね。締めのワンタンメンも最高だよ。前の事務所にいた頃はよく来ていたな。

 今は独立して個人事務所だから接待以外に来れないね。まあ、毎日食べたいとも思わないな。こういうのはたまに食べるからうまいんだ。


 おっと今日は何の用だい? 今芸能界じゃあんたの話題で殺到だよ、りかさん。実物はすごく暗そうだな、水商売じゃ絶対に客は取れないね。おいおいマネージャーさん、冗談に決まっているじゃないか。今日はオフレコだろ? 彼女のことは他言無用なのはわかっているよ。仲介した緒方《おがた》との約束だからね。確か前の事務所のコネだろう?


 もっとも俺としてもようやく長年溜めていたものを吐き出せる機会をもらって、気分がいいのさ。生ビールを飲んで喉を湿らせないとね。君たちが知りたいのは雀野親土《じゃくの ちかど》のことだろう? まさか君があのカルト教団の教祖の孫とは恐れ入ったよ。とはいえ血縁はないらしいね。マスコミというか庶民は君や小鳥遊《たかなし》りなに対して異常なまでに攻撃的だな。実際のスパロウ教団は宗教団体と言うより、コンサルティング会社みたいなものだったらしいな。もっとも盛り上げるために真実を無視して過去をほじくりでたらめを放送しまくっているな。ますます若者のマスコミ離れが進むのに、オールドメディアは思考が固まっているね。もはや呪いだよ。


 俺は雀野に会ったことはないよ。30年前に留置場で三原茂《みはら しげる》という男から聞いたのさ。雀野を殺した男だよ。

 

 あれは俺が20歳の頃だったね。弱小事務所でアイドルとして売り出していて、ヒットしたのさ。家は貧乏で親は学のない労働者だからな。自慢のルックスで女を騙し、テレビで馬鹿なファンを躍らせて金を稼いでいたのさ。今は違うよ。大事なお客様だ。当時の俺は天狗になっていたのさ。この世の支配者と思い込んでいたね。だからバーで客とトラブルを起こして、暴行事件を起こしちまったのさ。

 逮捕された後は留置場に押し込められたね。


 当時は複数人部屋で、畳の部屋に布団を敷いて就寝してたね。採光や換気は不十分で薄暗く閉塞感が強かったね。トイレは部屋内に仕切り付きで設置されている形で、プライバシーは限定的だった。

その後、被留置者の人権への配慮が強く求められ、構造や設備の改善が続けられてきたらしいな。俺はあれ以来入ったことがないからわからないけど。


 部屋には複数の人間がいたが、窃盗犯だの詐欺だの犯行はバラバラだった。男が好きな奴は独房に入れられていたそうだよ。俺は不貞腐れてどうにでもなれと思ったね。事務所の社長も俺を見捨てると思ったんだ。

 そこに三原が入ってきたんだよ。見た目はやんちゃなガキだがどこか落ち着いた雰囲気があった。まさかスパロウ教団殺人事件の主犯と知ったときは驚いたね。でも不思議に嫌な感じはしなかったよ。まるでお寺の和尚さんみたいな振る舞いだったな。


 三原は自分の罪は殺人とつぶやいたきり、何も言わなかったな。犯罪を飯のタネにする奴でも殺人犯は別世界の人間だと思っているそうだ。性犯罪者はヒエラルキーが最悪だと聞いたことがあるな。

 30年前だとネットは普及してないから情報は限定的な。漫画で未成年は殺人を犯しても無罪になるとかあったな。実際は未成年でも殺人を犯せば有罪になるし、少年院で2年どころか満18歳だと死刑になるそうだ。強盗殺人だと未成年だと無期懲役になるらしい。8年後に仮出所できると聞いたことがあるが、実際は申請できるだけで罪によっては一生出られないそうだ。


 三原は取り調べの時は検察官に対して挑発していたそうだ。未成年だから人を殺しても無罪になれる、俺は最強だとほざいていたらしい。そのくせ部屋に戻れば地蔵のように口を閉じて黙っているだけだ。どうも不気味である。

 俺はこいつと話をしたことがないし、話したくもなかった。


 話しかけられたのは運動場だった。狭い部屋に押し込められるより、外の空気を吸いたかったんだ。俺と二人っきりの時に三原が話しかけてきたんだよ。


「あんたが柘植忠信だな。バーで客に暴行を働いて逮捕されたんだろ?」

「そうだけど、俺はあんたに話したことはないぞ。何で知っているんだ?」

「ある男から聞いたんだ。留置場であんたと出会うことをな。そいつの名前は雀野親土、俺が殺した男だ」

「なんだって? なんでそいつが俺のことを知っているんだよ」

「なんでも計算した結果らしい。これはそいつが話したことだ」


 三原が言うには自分たちはスパロウ教団の住むマンションに襲撃したという。なんでも自分たちが尊敬する三門順吉《みかど じゅんきち》の大切な人を殺す計画を立てているとタレコミがあったそうだ。それで外国人から購入した拳銃でマンションを襲撃したという。もっとも拳銃を発砲して脅すつもりだったそうだ。

 というか三門順吉といえば当時は有名なヤクザだよ。今じゃ日本最大の指定暴力団に成長したらしいな。


 おっと飯を食わせてもらうよ。ここの中華は本当に上手い。麻婆豆腐は市販と違って舌が痛くならないのがすごいな。あんたも食いなよ。少食だな。マネージャーも立ってないで座って食べたらどうだい? 話はまだまだ続くんだからね。

 

 で、話の続きだね。三原がいうには三人で教団の住む部屋を襲撃し、発砲して脅すつもりだったそうだ。それで銃声に気づいた住民が通報して世間に注目させるつもりだったらしい。ところがドアを開けた信者がにやりと笑い「馬鹿の三門順吉の使いかな?」と言われて、かっとなって撃ったそうだ。

 他の二人も驚いたが、敬愛する会長を侮辱されて頭に血が上ったらしい。

 そして部屋にいた12人を片っ端から殺したそうだ。しかも全員が三門会長の悪口をわざとらしく言ったそうだ。

 

 残ったのが雀野親土一人だったそうな。信者を殺されて血の海になったらしい。鉄の匂いが充満してよく吐かなかったと、三原は言っていたな。雀野は白い服を着ていたが、返り血ひとつついていなかったそうだ。さらに胡坐をかき、死体の山を見ても平然としていたそうだよ。


「よくぞ来た。君たちが私たちを殺しに来るのは計算でわかっていた。三門順吉に心酔しているきみたちは、彼が愛する横川尚美《よこかわ なおみ》の殺害計画を知り、それを阻止するために来たのだろう。残念ながらそれはうちではない。某弁護士一家を殺害した暴力団が計画していたのだ。彼女の住む家の土地を手に入れるためにな」


 三原たちは驚いたそうだ。当時は知らなかったが、弁護士一家殺人事件は三門会より規模の小さい暴力団が、土地の売買を巡ってトラブルを起こしたのが原因らしい。弁護士は不正の証拠をネタにゆすられたので一家皆殺しにしたそうだ。


「三原茂くん。君は逮捕され留置場に送られるだろう。そこに柘植忠信という人がいて、バーで客に暴行して逮捕されたのだ。彼は君と出会って一週間後に釈放されるだろう。君はその人に私の話を全て伝えてほしい。そして社長は三門順吉と出会うので、話をしてほしいのだ」


 正直胡散臭い話だ。雀野は三門会長の悪口を言って、射殺されたんだ。そして留置場で実際に俺と出会ったんだから、びっくり仰天したそうだ。

 そんでもって俺はその一週間後に釈放されたんだ。被害者と示談が成立したってな。社長が頭を下げてくれたらしい。その後うちの事務所はビッグバンプロに吸収合併されちまってね。社長はマネージャーになって支えてくれたのさ。独立した後は隠居して息子がマネージャーになってくれているよ。まだ未熟だけど、失敗を重ねれば成長するさ。その後、俺は演歌歌手に転換したんだが、営業先で三門会長に出会ってね、その話をしたときは、涙を流していたよ。お前らに人殺しをさせたくなかったってね。暴力団とはいえ、あの人は男だね。


 二人とも怪訝な顔になっているね。開いた口が塞がらないって感じだな。そりゃそうだろうさ。まるで雀野は預言者のようにふるまっていたし、事実そうだったからね。でも本人が言うには自分は数学者であり、計算によって自分が死ぬ日を推測していたらしい。殺された信者も雀野に殉教するために残っていたそうだ。俺には理解できないね。

 後で調べたが雀野は国立大学では数学の天才と呼ばれていたそうだよ。人間を計算してまるで預言者のようにふるまっていたそうだ。弁護士一家殺害を主導した組長は、大学時代に金儲けの方程式を雀野に教えてもらい、資金を稼いだそうだよ。そのために雀野は暴力団とつながりがあると誤解されたというか、こじつけられたらしいね。教団の関係者はみんな死亡していたからマスコミが好き勝手に書いていたのさ。


 りかさんも大変だろう。マスコミやファンに攻撃されているんだから。でも大手事務所に守られているから安心だね。これが前の事務所だったらひどかっただろうな。移籍して正解だったね。


 ああ、話が長くなったな。ビールもすでに空になっているし、そろそろ締めのワンタンメンを頼もう。ここの支払いはオタクらだから遠慮なくいただくよ。言っとくけど金がないわけじゃないよ。

 

 そうだ、実を言うと俺が独立することを進めたのは、小鳥遊りななんだ。あれはメテオシャワーフェスが始まる前だったな。烏丸《からすま》りあがテレビでフェスは失敗するから、絶対に参加するなとワイドショーで叫んでいたっけ。

 社長は老害だからフェスには参加しないだろう。結果的にフェスは成功してビッグバンプロは信頼を失う。その後に俺が独立すれば社長は一気に痴ほう症が始まって引退するだろうとね。本当に当たったからすごいよ。本人は計算した結果だと言っていたね。

 今の彼女もホーク教団を立ち上げているけど、スパロウ教団に似ているな。


 ああ、ワンタンメンが来たな。ここのはとびきりうまくてね。町中華のやつもいいが、年に一度は食べたくなる味だよ。さぁ二人も食べるがいい。え、話が複雑すぎて食欲がなくなったって? そりゃ可哀そうに。

 特にりかさんは他人事みたいだね。表情が変わってないよ。まだ自分と無関係と思っているのかな? マネージャーの方は死人みたいに真っ蒼になっているぜ。

 え? 顔に出てないだけでお腹が痛くなっているって? ここのワンタン好きなのに食べれないのは悲しいと。それはご愁傷様だな。無理して食べない方がいいぞ、吐き気を抑えながら食べているのを見ているとこちらが萎えるから。

 柘植忠信は漫画家のつげ義春先生と、俳優の浅野忠信氏から取りました。

 外見はTNrevolutionの西川貴教さんで、中身は氷川きよしさんです。

 

 三原茂は女優の三原葉子さんと、俳優の天知茂さんを組み合わせました。

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― 新着の感想 ―
 こんばんは、御作を読みました。  うーん、真っ黒(ーー;)  拓殖さんが割り切っている文化、作中芸能界の恐怖っぷりが伝わってきました。反社とズブズブすぎる。  りかちゃん、すごい胆力だなあ。面白かっ…
柘植忠信がとにかくインパクトに残ったお話でした。 推しの子じゃないけど……スリリングな芸能界のMYSTERYが展開されていますね(#^.^#) りかちゃんがどう物語に絡まっていくのか。刮目しながら…
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