第5話 やっかいな関係
題名は星新一先生の作品です。
「まったく、どうなっているんだよ」
金髪で日焼けした青年である齋藤紫陽は頭を抱えていた。現在、彼は烏丸りかのマンションに住んでいた。芸能人が多く住む、港区・麻布の高層タワマンの35階の1LDKである。高層階で全面ガラス、夜景もよくホテルライクなロビー・ジムやラウンジ付きだ。セキュリティはオートロック二重、24時間有人管理と監視カメラにコンシェルジュカウンターがある。さらに住民専用エレベーター、カードキーに地下駐車場から部屋まで外に出ずに移動可能と万全だ。月40万だがりかには痛くない金額である。
部屋は真っ白な壁に必要な家具が並べてあるだけだ。だが部屋の一室には録音スタジオがあり、りかはそこで録音ができる。
りかはだぶだぶのシャツに黒メガネといつものラフな格好だ。手にはコーヒーカップを持っており、湯気を立てている。
「どうしたの? このマンションの家賃が私持ちなのが気に食わないの?」
「そうだよ!! いや、そうじゃない!! なんですぐに引越ししたんだよ!!」
「前からここを借りていたんだよね。面倒がなくていいじゃない」
りかは黒皮のソファーに座って、コーヒーを飲む。もうひとつは黒いテーブルに置いた。
そもそも事の発端はシャイニングプロがりかをトレードしたことだ。紫陽は向こうのタレント、イノセントシスターズを知っているが、何十億も稼いだりかとつり合いが取れると思っていない。これは彼が芸能界に疎いだけである。
セイレーンのみんなとは社長の石原克己としか挨拶しておらず、他のメンバーはメールで挨拶しただけしただけである。淡々としたりかの態度に紫陽は苛立っていた。
「そうだ。今日はお客さんが来るの。部屋を片付けておかないとね」
「客って誰だよ」
「佐野マリ子さん」
紫陽はいらいらしながら訊ねると、りかの口から意外な人物の名が出て驚いた。紫陽でも知っているベテラン芸能人だからだ。
☆
「ここがあんたの住処かい。不釣り合いだねぇ」
一時間後、彼女がやってきた。マネージャーの若い女性も一緒だ。こちらは三つ編みに黒縁眼鏡でパンツスーツに身を包んでいた。
体格は190センチで女性にしては規格外の大きさだ。卵の殻を被ったような黒髪に、垂れ目、鷲鼻にたらこ唇。赤いスーツを身にまとっているが、服の上でも肉の盛り上がりがわかる。足はストッキングに包まれているが、カモシカのように太かった。これで70歳だから同じ人類なのかと疑うほどだ。
「私もそう思います。でも今の稼ぎではここに住まないと税金を多く盗られると言われました」
「税金は国の血液なのにねぇ。使えば使うほど血の巡りがよくなるのに、使うことに切れる人間が多すぎるわ」
「まあ、日本人は億単位の金を個人で使い慣れてないですからね。人の話は素直に聞いてますよ。投資以外は」
佐野マリ子とりかはソファーに座って向かい合っていた。まるで祖母がひさしぶりに孫に会いに来た雰囲気がある。紫陽は立ったままである。マリ子は何しに来たのか不安になる。
「そこのあんた。名前は?」
「さっ、齋藤紫陽です!!」
「こっちは佐藤遊歩だ。挨拶しなさい」
マリ子に言われて若いマネージャーは、紫陽に挨拶した。彼も釣られて頭を下げる。銅鑼のような声で耳だけでなく、身体全体に響くような感じがした。
「今日はあんたのために説明に来たんだよ。なんで今世界的に有名なりかが落ち目のシャイニングプロに移籍したかをね」
そう言ってマリ子はテーブルの上に置かれた御茶請けのクッキーをばりばりと食べ始めた。大物芸能人とは思えない粗暴な行いだが、不思議に似合っていた。
「元々りかは移籍を希望していたんだよ。稼いだ金が半端じゃない。セイレーンみたいな弱小事務所にはすぐ金でつぶされるってね。これは前社長の秋本美咲も検討していたんだよ」
紫陽は驚いた。まさか引退した美咲もりかの移籍に賛成したいたとは。普通莫大な金を稼いだ存在を手放す馬鹿はいない。だが大手事務所に所属していた故に、大金の恐ろしさを骨の髄まで身に染みていたのだろう。りかを福の神というより、富を吸い上げ周りを不幸にする貧乏神を連想したのかもしれない。
「だがここからはちょいと複雑でね。うちの社長の元にとある女性がやってきてね。そいつが言うにはセイレーンはりかを手放したがっているってね。それを信じて今回の件になったというわけさ」
マリ子の説明を聞いても紫陽は理解できなかった。ある女性と言うわけのわからない理由に従う社長の気持ちが支離滅裂だと思った。
そこにマネージャーの遊歩が口を挟む。
「実はその女性が来たのは前社長が辞める前です。正確にはまだマリ子さんのマネージャーだった頃に話を持ち掛けられたのですよ」
「どういうことだ?」
「ほらメテオシャワーフェスを覚えていますか? あれは芸能界にへばりついた老害どもを一掃されたのですよ」
遊歩は説明を続ける。メテオシャワーフェスは北海道を舞台にした大規模なイベントだった。そのイベントをキツネ御殿に所属していた烏丸りあが反対したのだ。フェスは失敗する、帝都ドームや日本丈夫館みたいな大きな場所でこそ芸能人は輝くと帝国テレビで騒ぎ立てたのだ。
これに対してキツネ御殿の社長である木常崑崑を始めとして、シャイニングプロやビッグバンプロの社長も同意した。彼らは昭和の論理感に頭を縛られていた。芸能界では自分たちが最強で、逆らう者はテレビや映画に出さないと脅せばすぐ泣きつく。自分たちの思い通りになるのが当たり前と言う考えが染み込んでいたのだ。
しかし意に反してメテオシャワーフェスは大成功。主催のヴィベックスはもとより、参加した事務所も名を上げた。利益もすさまじく、snsはフェスで盛り上がっていた。
逆に老害たちはみじめなものであった。彼らは時代遅れの産物として株式総会で社長を解任させられた。キツネ御殿は社長が病死し、潰れた。正確にはりあが潰れるように仕向けたのだ。自己破産ではなく、やめただけである。りあは崑崑の財産を処分し、奇麗にキツネ御殿を片付けたのである。
現在はネット配信が有名になっている。そちらは外国が本社なので日本の芸能事務所が脅しても無視する傾向があった。さらにフェスの会場は大型施設どころか地元の港や広い場所を利用しており、大手の脅迫など無意味だ。
シャイニングプロの前社長もせっかく落ちている金を拾わずに無視したことを責められ、解任させられた。本人はショックのあまり痴呆症を患い老人ホームで暮らしている。そして現在の社長はマリ子のマネージャーを長年務めた国府田史郎となったわけだ。
「なんでも社長はメテオシャワーフェスの後、社長が失脚し代わりに株主たちがあなたを社長に指名します。その後決められた日時にセイレーンにりかの移籍を打診してください。向こうは二の返事で答えますと言われたそうです」
遊歩の説明を聞いても紫陽はちんぷんかんぷんで理解できなかった。国府田史郎が社長になる前にそんなことを言い出すなんて信じられなかった。だがマリ子と遊歩の顔は暗い。実際にその女の言う通りになったわけだ。
「あたしも信じられなかったよ。でも実際にその通りになったんなら信じるしかないさね。こちらの条件はイノセントシスターズと秘書をセットでトレードしろと言われたそうだ」
「ですが私としては不平等ではないですか? 私の売り上げは栄養ドリンクを飲んで一気に盛り上がった感じですが、向こうは安定した数字を出してます。一年間も同じ曲がベスト10を維持するなんてありえません。むしろそちらの方が損をしている気がします」
そう、イノセントシスターズはトップを取ったことはない。代わりに新曲は常にベスト10位をキープしているのだ。一気にヒットしてないが、ロングランセラーを記録している。りかは一気に一位を取るが徐々に人気を落とす傾向があった。むしろイノセントシスターズの方を手放したシャイニングプロはおかしいのである。りかもその辺は疑問に思っているようだ。
「私にもわからないねぇ。でも今はこの話題で盛り上がっているよ。シャイニングプロは弱小事務所から金の卵を産むガチョウを盗んだ、イノセントシスターズというゴミを押し付けたってね。こちらは帝国テレビが事実無根で盛り上げているけどな。ジパングテレビだとシュガーとしおがこのトレードはシャイニングプロの大損だと言っていたよ」
世間はりかの移籍が話題になっていた。りかにインタビューしたいマスコミはりかの住むマンションに張り付いているが、セキュリティが厳しいので接触ができない。なので弱小新聞はりかは馬鹿女で、男を何人も毎日喰らっているとでたらめを書きまくっていた。もちろんシャイニングプロはすぐに訴えており、ちょっと脅せば謝罪文を乗せ、記事を書いた記者をクビにしていた。
「まったく腹立たしいな。りかは身重なんだ、なんでストレスがたまりそうなことばかり起きるんだよ!!」
紫陽は怒っている。彼はりかが芸能界で活躍することは嬉しいが、身体を一番心配していた。シャイニングプロでは一部のみ、りかの妊娠を知っている。マリ子も同じだ。
「ところで国府田社長に進言した女性は誰ですか?」
「それが小鳥遊りななんだよ」
マリ子の言葉にりかと紫陽は目を丸くした。やっかいな関係だなと思った。
すると遊歩は懐からスマホを取り出すと、画面を見始める。
「りかさん大変です!! テレビをつけてください!!」
遊歩に言われて、りかはテレビのスイッチを入れる。画面には一人の女性が映っていた。
ほうれい線が目立つ白髪頭の女性だ。それはりかの姉、烏丸りあだった。
テレビのテロップでは、『烏丸りあは生きていた!! そして驚愕の事実が本人の口から明かされる!!』とあった。放送局はテレビ帝都系の豆類テレビであった。
佐藤遊歩はハンバートハンバートの佐藤良成と佐野游穂をばらしました。
ただ遊穂にならないので、遊歩になってます。偶然佐野マリ子を出したので、佐藤の姓になってます。




