第4話 おのぞみの結末
題名は星新一の作品です。なんで星新一先生繋がりにしているのかわかりません。
「というわけで君のところのりかをシャイニングプロに移籍してもらいたいのだよ」
ここは佐鰭田町の駅前にある新築のビル、芸能事務所セイレーンビルの一室だ。5階建てのビルで社長室は5階にある。見晴らしがよいが、外から見ると寂れた商店街が広がっており、人の住まない民家がぼろくて陰気臭い。それでもセイレーンの前社長である秋本美咲のおかげで観光客の数は増えていた。
社長室には黒皮のソファーが2台置いてあり、セイレーンの社長である石原克己と、所属タレントの烏丸りかが座っていた。克己は筋肉隆々の大男だが、ミニスカのメイド服を着ており、なんとも不気味である。
りかは地味でゆったりしたワンピースを着ていた。ぱっとみて芸能人と思えないほど地味だ。その後ろに金髪で日焼けした20代の男が紺色の背広を着て立っていた。マネージャーの齋藤柴陽だ。
その向かいに座っているのは60歳ほどの中年男性で、でっぷりと太っていた。灰色の背広を着て、白髪交じりの七三分けに黒縁眼鏡をかけている。垂れ目でにやけ顔のどこにでもいそうな親父だが、彼の肩書は普通ではない。
大手芸能事務所シャイニングプロの社長で国府田史郎という。ベテランで活動している佐野マリ子が所属している。後ろには50歳ほどの女性が立っていた。黒髪をギブソンタックでまとめており、赤渕眼鏡をかけている。すらりとした長身でブラウンカラーのパンツスタイルであった。きりっとした顔立ちで氷のような冷たさを感じる。彼女は書類を腕に抱えていた。
秘書の増村桃子である。
「ふざけるな!! なんでりかがあんたのところに移籍しなくちゃいけないんだ!! りかが世界的に有名になったからって引き抜きに来るなんて恥知らずもいいところだ!!」
紫陽は激怒した。りかは現在世界的に有名になっている。彼女のデビュー曲『だっせぇよ』はすでに2億回は再生されており、新曲はすべて一億台だ。この間に配信した新曲デスツインテールもヒットしていた。
出す曲はすべてミリオンセラーになっており、生み出す金額は数十億を超えている。顔出しはしないのでイベントには参加はしてない。依頼が来ても顔出しNGで出演してきた。
「うん、そうだよね。僕もそう思うよ。新曲のデスツインテールはすでにダウンロードしてます」
紫陽に怒鳴られて史郎はハムスターのように怯えていた。見た目と違って彼は臆病なのだ。スマホをいじり曲を流す。
ツインツインツインツイン、ツインテール!!
ツインテールで首が飛ぶ、気に食わない奴デッドエンド!!
ツインテールは、マイウェポン!! 私を守る鋭いブレード!!
世界はむかつくやつばかり、親に上司に、法律と、みんながわたしをプッシュアップ!!
その手をどけろよ、うっとうしい!! うるせぇ口をシャットダウン!!
ツインツインツインツイン、ツインテール!!
ツインテールで、世界を斬る!! マイ国家は、私がグレート!!
ツインツインツイン、ツインテール!!
りかのこの世を憎み切ったような歌声と、激しいドラムとギターの音が暴風雨のように響いている。一通り曲を聞いたら、止めてスマホをしまう。りかは平然としていた。本当に先ほどの曲を作詞したのかと疑うほどだ。
「社長、もっと堂々としてください。みっともないですよ。あと齋藤様も目上というか、客に対して無礼な態度はよくありませんね。あなた個人の問題ではなくセイレーンの看板に瑕がつく行為ですよ。りかさんが大切なのはわかりますが、控えてください」
桃子が史郎と紫陽を叱った。感情はこもっておらず底冷えするような声で、叱られた小学生のように紫陽は縮こまった。それを見て克己はやれやれとため息をつく。りかは落ち着いていた。
「普通なら、せっかくの金の生る木を手放すなんてありえない。しかし今回の件は渡りに船だ。りかはシャイニングプロに移籍した方がいい」
克己が信じられないことを言った。セイレーンは演歌歌手の秋本美咲が立ち上げた事務所だ。最初は美咲がネット配信で歌を歌ったり、活動家のような動画を配信したり、地元商店街を盛り上げるような企画を立ててきた。現在は結婚して引退状態になっている。
今は多くの所属タレントを抱えており、地元と密着した活動を続けてきた。りかもその一人だ。自分たちが努力して育ててきたのに、大手事務所が大きな顔で引き抜きに来たら気分は悪くなるはずである。
「正直、セイレーンにとってりかは爆弾だ。それも素人が作った原爆と同じなんだよ。その理由を3つ教えよう」
克己が説明した。りかは落ち着いている。事前に話を聞かされていたのかもしれない。
「まず金を稼ぎすぎているんだ。本来うちのビルは銀行から金を借りて地元の建設業者に作らせたんだ。もちろん担保があってこそだが、りかは借金を返してしまった。十数年はかかるものを一気にな」
「それの何が悪いんですか? 借金をきちんと返済してくれたりかを捨てる理由にはならないだろ?」
「物事には限度があるんだよ。うちみたいな弱小事務所が何十億も年足らずに稼いでいるんだ。限度を超えた金は風船のように膨らみ、破裂する危険性が高いんだよ」
紫陽の反論を克己が答えた。克己自身かつて美咲が所属していたキツネ御殿で事務員として働いていた。当時は横川尚美や北村克子といったベテランを抱えていた。大規模なコンサート会場の確保や、営業などで大金を動かしていた。中には事務員が事務所の金を横領したり、ひどいときには金を持ち逃げしようとした人間がいたのだ。
大手でも金に苦労してきたのに、セイレーンのような規模の小さい事務所だと砂糖菓子に群がる蟻のように金を狙う不逞の輩が集まるだろう。
「もうひとつは商店街だ。今はまだ落ち着いているが、りかのファンが集まってきている。それ以前にオーディションでりかは顔出しをしているからな。SNSでは普通に写真は出回っているんだ。ストーカーの類は美咲の舎弟がなんとかしているが、営利誘拐を目論む犯罪組織が動いている情報を得たんだ。下手をすれば佐鰭田町が荒らされる危険性が高いんだよ」
それは紫陽も薄々感じていた。セイレーンはネット配信が中心だが熱心なファンが聖地巡礼といって事務所を無断で撮影することがあった。元事務所の周りはほとんど無人になっていたため、住民に迷惑は掛からなかったが、ここ最近はタレントが住むシェアハウスの無断撮影がひどくなってきている。
地元でもセイレーンに敵意を抱く人間が多い。彼らがそれをネタにセイレーンを町から追放すべきだと運動を起こす可能性があった。今は偏屈な老人が集まり頭がおかしいと馬鹿にされているだけだが、本格的になればセイレーンもただでは済まない。
「最後の一つは、りかさんが望んでいたことです。彼女は以前からセイレーンを離れたいと願っていました」
桃子が答えると紫陽は驚いた。なんでりかがそんなことを言い出したのかわけがわからない。
「前から、悩んでいたの。実家では寄付や投資を強要する人たちが押し掛けてきているし、最近ではシェアハウスでも怪しい人がうろつくようになったわ。前にベッキーがナイフを持った男に襲われたけど、返り討ちにしたそうなの」
「え、そんなことが起きたのか!! なんでレベッカは俺に教えなかったんだ!!」
「香港では日常茶飯事だったから、平気と答えていたわ。向こうでは腕をへし折って、口の中に靴を突っ込んで顎を砕いて放置したそうよ」
「ここは香港じゃねぇよ!! というかレベッカ怖いよ!!」
りかの告白に紫陽は驚愕した。レベッカは所属タレントの一人で、レベッカ・チェンと言う。彼女はケンかが得意で、男が相手でも一人だけならなんとかなるという。手首を蹴りでへし折ったらしい。すぐに救急車を呼んだので正当防衛になったそうだ。
「それはそうとこちらの条件はりかさんと齋藤さんは一緒に移籍していいよ。うちからはイノセントシスターズと桃子さん、その他のスタッフをつけちゃうよ」
史郎が言った。紫陽は今日何度驚いたかわからない。イノセントシスターズはシャイニングプロで売り出し中の双子のデュエットだ。増村真弓と増村千夏は20歳で小柄な体に黒髪ロングヘアの可愛らしさで人気を博している。
史郎の発言に桃子は動じていない。最初から話を決めていたのだろう。だが克己が驚いて立ち上がった。
「どういうことだ!! それではうちと釣り合わないぞ!!」
「そうだよな。りかと比べて全然稼いでないし……」
「違う!! うちの方が釣り合わないんだよ!! イノセントシスターズは元より、桃子さんまで移籍するなんて明らかにそちらが損をすることになるぞ!!」
克己の激怒する理由に、紫陽はきょとんとする。どういう意味かわからなかった。
「確かに長期的に見れば損するかもしれないね。でも彼女の移籍は損得勘定ではないのだよ。むしろ彼女の進言でね……」
史郎は天井を見ながらつぶやいた。克己は納得していないが、何かあると察したようだ。それならいいと返事をした。あまりの展開に紫陽は唖然となった。
「そうそう桃子さんはイノセントシスターズの母親だよ。さらにあのシュガーとしおの姪でもあるんだ」
「伯父さんのことは関係ありません。りかさんをうちに移籍できるなら、私はセイレーンに移ります。すでに新人のマネージャーには引継ぎを完了しているので問題はありません」
史郎の説明に桃子は不機嫌そうだ。彼らの話を聞くと、りかの移籍を打診に来たというより、すでに話は決まっているように思えた。
「りかさんは妊娠中ですが構いません。すぐにうちが用意したマンションに住んでもらいます。善は急げですからね」
唐突な展開に紫陽は何が何だかわからなくなってきた。りかは冷静なままである。
「りか、お前はいいのかよ。セイレーンはお前にとって唯一の居場所じゃないのかよ」
「別にそうじゃないよ。たまたま勧められただけだしね。私だってここまで売れるなんて思ってなかったわよ」
りかはまったく未練がないようであった。元々彼女は感情の起伏が低かった。歌を歌う時だけ彼女は自分を心をむき出しにしていたと紫陽は思い起こした。人間関係も紫陽たち以外はあまり無関心で、事務所のタレントたちともそれほど仲良しではなかった。
なのにりかはなぜ心をえぐるような歌詞を書けるのか。まるで彼女の中に別の人格が潜んでおり、スイッチが入ると一気に作詞の才能を爆発させているように思えた。
「私と一緒にいられるならどこでもいいじゃない。お兄ちゃんは私がいればいいじゃないの」
「それはそうだけど……」
「私より年上なんだから、落ち着いてよね」
りかに諭されて、紫陽は落ち着いていった。確かにりかと一緒に移籍できるなら問題はない。
彼にとってりかは自分のすべてだ。同じマネージャーの充と留美子は呆れるかもしれないが、納得はしてくれると信じていた。事実、それを知った二人は「そうだろうな」とつぶやいていたそうだ。
だがりかは無関心にもほどがある。大金を稼いでも実感がないようだ。大学にはろくに通っておらず、すでに休学届は出している。
紫陽はりかの信者故に彼女のすべてを肯定しがちだ。それ故にりかの本質に気づいていなかった。
史郎は本人の気持ちを確認して、安堵した。「彼女の言ったとおりだ」とつぶやいた。
「はっはっは!! これで話は終わりです!! りかさんは顔出ししなくていいから、自由にしてていいですよ!! それに出産した後は1年ほど休んでも構いませんから!!」
史郎は立ち上がって両手を広げて笑っている。彼らにとっておのぞみの結末と言えた。
しかし紫陽は気づいていなかった。売り出し中のタレントが妊娠しているのに、史郎と桃子は何でもない風に答えている。しかもりかの妊娠を把握していたのだ。
見えない何かがりかを飲み込もうとしている。その正体はわからないままだ。
国府田史郎は俳優の佐野史郎さんと声優の国府田マリ子さんから取りました。
昔宮沢賢治を題材にしたアニメで、佐野さんが宮沢賢治を、国府田さんは妹役で演じてました。
外見はなにわのモーツアルトきだたろーを意識してます。
増村桃子は漫画家のますむらひろし先生とさくらももこ先生から取りました。シュガーとしおの本名が佐倉だからです。
イノセントシスターズの真弓は田中真弓さん、千夏は坂本千夏さんです。アニメ映画銀河鉄道の夜に出演していたからです。
なんで宮沢賢治関係にしたのかは自分でも不明です。




