第12話 夢魔の標的
題名は星新一先生の長編小説、夢魔の標的です。
星先生にしては珍しい長編ですね。
拝啓、烏丸りか様へ。
この手紙を読んでいるということは、あなたは母子ともに生存していることでしょう。逆に私は母子とともに死んでいることでしょうね。私の計算ではそういう結末になっていますので。
私は死を恐れてはおりません。幼い頃から今は亡き祖父に雀野数式を習っており、そのおかげで未来を予測することができたのです。
競馬や競輪、株などはゲームでした。常に勝ちまくってはちきれんばかりのお金を稼いできました。
ですがそれは幸せではありませんでした。
祖父は最初から私に雀野数式を教えたわけではありません。むしろ隠していました。私には両親がおり、雀野親土の子供と吹き込まれて育ったのです。雀野親土は性的不能者で血縁は一人もおりませんが、代わりに自分と同じ数学に強い身寄りのない子供を集めては、自分の分身として育ててきたのです。
祖父は数式を生活の補佐として使ってきました。近所の人に悩みを相談されたときに助言をする程度だったのですが、それがよくなかったようです。悩みを一発で解決する祖父は周囲に持ち上げられ、ホーク教団の前身となる組織をいつのまにか作る羽目になりました。
あくまで人生相談の体で営んでいたのですが、税金対策のために宗教法人にしろと言われたそうです。
祖父はつつましくしたかったのですが、周りは騒ぎ立てる一方でした。さらに私が物置を掃除していると、隠してあった雀野数式を発見してしまったのです。当時は10歳ほどでした。
私は祖父の影響で算数は得意でした。学校の勉強だけでは我慢できず、祖父の部屋にある数学の本を読みふけったことがあります。
そんな環境のためか、雀野数式をものにするのは時間がかかりませんでした。
幼い私はその計算であらゆるゲームに勝てました。勝ち続けることが面白くてたまらなかったですね。父親に競馬の馬券を教えたりと、お金を稼がせていました。
ああ、なんて愚かなことをしてしまったのでしょうか。楽して稼げるなら誰でもそうします。両親は祖父の稼ぐ金をかけ事につぎ込みました。私は両親が喜ぶと思い、勝ち馬を当ててきたのです。
結果、両親は金に殺されてしまいました。仕事を辞めて毎日朝から晩まで酒を浴びるように飲むようになったのです。母親は家事すらしなくなり、家政婦を雇っていました。
自堕落な生活は身体を腐らせます。父親はキャバ嬢にのめりこみ、借金を重ねた挙句、暴力団にどこかの山へ連れていかれて以来、会っていません。母親はホストに狂い、心中しようとしたら返り討ちに遭って亡くなりました。
このことは数式で予測していました。なぜ変えようとしなかったのかと疑問に思うでしょう。
私がかけ事を手伝わないと言えば、容赦なく殴られました。金を産むガチョウを絞め殺しかけない愚かな行為ですが、子供なので無力でした。唯一の味方は祖父だけです。
学校では両親のことが知られており、毛嫌いされていました。先生も私を腫れもの扱いにして無視していたのです。そもそも私自身が変人扱いされており、助けてくれる友達は一人もいませんでした。
なんで私はこんな目に遭うのだろう。祖父が隠していた数式を発見したから、不幸になったのか。
祖父は私に言いました。お前がそれを手にしたのは計算で導き出されたことなのだ。私がどこに隠してもお前はそれをどこからか見つけてきただろう。お前の両親の運命もあらかじめ答えが決まっていたのだ。
さらに祖父は続けました。数式を生み出した雀野親土も同じような運命をたどっていたそうです。
ギャンブルで稼いだ金で、両親が狂いだし、破滅したところも同じだと聞いた時は驚きました。
未来を予測できる数式なのに、悪い未来を変えられない。ある意味呪いとしか思えませんでした。数式を捨ててしまえばいいのですが、消してしまうことももったいないと思ったそうです。一度生み出したものを都合が悪いと言って消し去るより、対策を練るのが大事だと考えていたそうですね。
そんな中で光明が見えたそうです。それが大学時代、雀野親土の友人であった西山清志さんです。よくサークルで賭け事をしていたそうですが、西山さんに負けたことが多かったのです。さらに雀野の計算では西山さんの次男である康さんは病気で亡くなるはずでした。雀野の特殊能力である病原菌を含んだ血液を右手で吸い取り、父親である西山さんに移すことで死の運命を肩代わりさせる予定だったのです。事実、雀野に救われた人間の身内には病原菌を移されて亡くなった人もいます。西山さんだけが唯一の例外だったのです。
ですが西山さんの長男は計算の結果、自殺しました。自殺の予告を出しても阻止できなかったのです。
雀野親土の死後、祖父は計算しました。西山さんの運命を変えたのは、赤子である康さんのおかげではないかと。祖父は仕事をしながら昔の仲間たちに頼んで、康さんの近辺を探っていたのです。
雀野親土の計算によれば西山さんの長男が自殺した後、康さんが西山さんの祖父に目を付けられ、躾と称した虐待された挙句、脳卒中で亡くなるはずでした。ところが死んだのは祖父の方だったのです。
私の祖父は確信しました。西山康こそが雀野数式を打ち破る存在であると。もっとも死の運命を別の誰かに肩代わりしていますが、普通の計算ではそれすらできないのです。
私の祖父は仲間たちから集めた情報を得て、康さんの身辺を探りました。18歳の頃になると私も祖父の手伝いをするようになったのです。
岩佐家に養子になった後も、康さんは親しい人間の運命を捻じ曲げたのです。
奥さんとなる秋本美咲さんも本来なら喧嘩に巻き込まれて、死亡するはずでしたが、康さんの入院と、暴行を加えた不良たちを少年院送致したため、リスクが分散されたのです。
あの人は雀野数式を知っていたわけではないのですが、それに近い才能を持っていたのです。
彼の親しい人間である花菱奏や岩佐歩も本来ならいじめを苦に自殺したり、誘拐犯に命を奪われる予定でした。しかし康さんが介入したことで死の運命を第三者に擦り付けることができたのです。
私には赤ちゃんが宿っています。父親は名前も知らない人で、私と種付けをした後、自己完結してしまいました。貧乏で才能がなく、この世を憎んでいました。たぶん康さんに似ていたのかもしれません。写真でしか知らない彼を好きになるなどありえるでしょうか。りかさん。私たちに血の繋がりはありません。ですが同じ雀野親土の思想を受け継いだ魂の姉妹だと思っています。
そんなあなたが康さんの子供を宿すなど、運命としか思えません。すべてが手練手管ではなく、りかさんが妊娠したのは予想外でした。
私の計算ではりかさんと紫陽さんを誘拐した後、彼女とお腹の子を殺す予定です。ですが康さんがいればその計算結果は変えられるでしょう。代わりに私とお腹の子が命を落とすだけです。
雀野数式は呪いでした。
答えがわかっているのに変えられない。見知らぬ人間が幾ら死んでも心は痛まないけど、知っている人の運命を変えられない苦悩は常人では理解できないでしょう。
雀野親土も同じ気持ちだったのです。そんな祖父たちは彼に共感し、雀野数式を打ち破る者を求めていたのです。
ですがりかさん。あなたの生む子は苦難の人生を歩むでしょう。マスコミがあなたたちの訴状を暴き立て、面白おかしく書き立てるでしょう。古巣のセイレーンですら、あなたと関わっただけで攻撃されるに違いありません。
でも安心してください。セイレーンにはイノセントシスターズの母親であり、マネージャーである増村桃子がいます。敏腕マネージャーである彼女ならセイレーンの誹謗中傷は難なくはねのけるでしょう。シャイニングプロの社長にあなたとイノセントシスターズのトレードを打診させたのはそのためです。正確には増村桃子さんをセイレーンに移籍させるのが目的でした。
そしてシャイニングプロならりかさんとお子さんを守ってくれるでしょう。あなたには紫陽さんがいます。実を言えば彼に暴行を加えることはできず、助かるという計算結果が出ています。紫陽さんに危害が及ぶことはありませんし、あなたも紫陽さんが好きなのでしょう? 康さんに手を出したのは、奥手の紫陽さんに嫉妬させたいからですよね?
正直、私には好きな人はいません。康さんはあくまで尊敬しているだけです。恋愛感情とは言いません。
私が死を望むことを疑問視しているでしょうね。ホーク教団を立ち上げ、寄付金も集まっている。ですが大勢にあがめられても意味はありません。私は自分を縛り付けた雀野数式を憎んでいます。もっとも教団は私が認めた後継者が跡を引き継ぐので問題はないです。
りかさん。私は友達がいませんでした。なんでも未来を予測する女など薄気味悪くて、誰も近づかなかったのです。でもあなたなら友達になれると思いました。もっともこれを書いている時点で私はこの世にはいないでしょう。
もう書くことも無くなりました。あなたの子供は将来大きな困難が立ちはだかります。その時はあなたと紫陽さんの二人で守ってあげてくださいね。私はあなたたちを誘拐し殺害しようとした犯罪者として名を遺すでしょう。そのことは微塵も後悔しておりません。あなたは夢魔の標的となり、悪夢を見ただけです。きれいさっぱり忘れてください。
呪いを打ち破れた。それだけで満足なのです。サヨウナラ。ぺっぺ。




