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第11話 ボンボンと悪夢

 ボンボンと悪夢は星新一先生の作品です。

「うふふ、ここなら誰も来ませんね」


 ここは廃屋だった。工場だったものか、長年人が入っておらず、窓ガラスは割れており、埃とカビの匂いで充満していた。さらにコンクリートの割れ目から雑草が生えており、人の住む場所ではなかった。

 烏丸《からすま》りかは下着だけにされていた。両手を縛り上げ天井からつるされている。足元は青いビニールシートが敷いてあった。恐らくりなが用意したのだろう。

 齋藤紫陽《さいとう しょう》はパンツ一枚になっており、手を後ろに縛られている。後ろには雄都利一《おすと りいち》を始めとした男たちが数人待機していた。


「なんでこんなことをするんだ!! りかに手を出したら承知しないぞ!!」


 紫陽は激怒した。いきなり拉致監禁された挙句、りかを乱暴に扱ったのだ。ここまで頭に血が上るのは初めてだった。

 犯人の小鳥遊りなは薄く笑みを浮かべている。どこか畜生を見下しているように見えた。

 手にはSM用の鞭が握られている。ビラビラが多くついたタイプだ。りかのささやかな胸に鞭を押し付ける。りかは苦痛の声を上げた。だがそれだけだ。非日常的な体験をしているのに、りかはどこまでも他人事にしか思えなかった。


「うふふ。これから私はりかさんの子供を乱暴におろします。そのまま放置すればりかさんは死ぬでしょう。あなたは黙ってそれを見てください」

「ふざけるな!! お前はりかに何のうらみがあるんだ!?」

「うらみなどありません。私の、いいえおじいさまの生み出した雀野数式を打ち破っていただくためですわ」


 激昂する紫陽に対して、りなは淡々と世間話のようにしゃべりだした。


「私の数式ではこれからりかさんを甚振ります。一緒にお腹の子供を殺します。あなたは身動き取れずにそれを見学するしかないのです。もちろん私は逮捕されますわ。世紀の歌姫を母子ともに殺害した狂人としてね」

「お前頭おかしいぞ!! そんなことして何になるんだ!!」

「あなたにはわからないでしょう。おじいさまの苦しみが。雀野数式は一見未来を見通す万能無敵の存在に見えます。ですが悪い未来を計算して過程を変えようとしても結末は同じです。現に私の人生を守ってくれなかった。それを変えてくれるのはりかさんと西山康《にしやま やすし》の子供なのです」

「はぁ!? なんであいつと関係があるんだよ!!」

「彼は愛する人の運命を変えたのです。死の運命を複数の人間に分け与えたのですよ」


 りなはまるで演説するように悦に浸っていた。紫陽はりなの考えがさっぱり理解できなかった。天才は一般常識から外れていると言われているが、それを目の当たりにした気分になる。りかも聞いているが人間の言葉には思えなかった。


「あら? りかさんは他人事のような顔ですね。自分が殺されるのに平然としている。多分自分の人生が、自分のものでないと思っているのでしょうね。先ほど作詞した電車人間のように、作詞をしたときだけ自分をさらけ出す。いえ、さらけ出せないのでしょう。自分の子供の危機にも無関心なのは、あなたの母親と同じですわね」


 りなの言葉にりかは自分の母親を思い出す。烏丸鬼角《からすま きづぬ》は自分に無関心だった。周りより少しだけ奇麗な姉を芸能界に入れて、自分はその芸能人の娘を持つ母親としてふるまっていた。自分のことはブスで存在価値がないと思い込んでいた。父親は自分を守ってくれないと見せかけて、裏では慰めてくれたが。


「りか。今のお母さんは、世界がまともに見えていないんだ。スパロウ教団の教祖の言葉が呪いとなり、彼女を縛り上げているんだ。その鎖を引きちぎるのはお前とりあの二人なのだよ」


 父親の貴人《たかひと》の言葉を思い出す。自分が叔父の家に養女へ出される前の話だった。

 事実、母親は姉のりあがスキャンダルで失脚したとき変わってしまった。彼女は娘のせいで世間の笑いものになり、自分の不幸は娘たちのせいだと決めつけ、理不尽に殺そうとしたが貴人に殴られて頭がおかしくなったそうだ。現在は知能が幼児になってしまい、施設で幸せに暮らしているという。


 自分は流されてばかりだ。家庭は父親と姉が守ってくれたし、芸能活動も紫陽とその仲間たちが支えてくれた。そんな自分が母親になる。彼女は今の今まで他人事だと思っていた。恐らく赤ん坊を殺す母親の大半は子供の人生を深く考えてない。そう思うとりかは自分が母親になることが怖くなった。


「さぁ、お楽しみはこれからですわ。たっぷり泣き叫んでくださいまし!!」


 そう言ってりなはりかの尻に鞭を叩いた。SM用の鞭は派手な音を立てた。りかの思考が恐怖で止まる。りかの尻や背中に容赦なく鞭を振るう、その度に肉を叩かれる音が鳴り響いた。紫陽はやめろと叫ぶ。りかは痛みよりもお腹の子供の方が気になっている。段々恐怖でがちがちと歯を鳴らし始めた。

 胸や腹を叩かれてもりかはうめき声を上げるだけだ。りなは息ひとつ切らしていない。


「うふふ。まだ他人事のようですわね。では皆さん、紫陽さんを痛めつけなさい」


 りなの言葉に雄都が動き出す。紫陽の顔を殴ると、床にカエルのように倒れた。埃が舞い、身体は埃だらけになった。そこに腹を執拗に蹴り上げる。紫陽はうめき声を上げた。

 りかはそれを見てぷるぷると体が震える。彼のあんな姿を見たくなかった。

 彼のうめき声がりかの頭の中でガンガンと鐘がなるように響く。


「りかぁ!! 俺のことは気にするなぁ!! お前さえ無事ならそれでいいんだよぉ!!」


 紫陽の叫びに初めてりかはうろたえた。頭がボンボンと鳴り響いた。まるで悪夢を見ている気分だ。りかは紫陽が好きだった。初めては彼に捧げるはずだったのに、なぜ他の男としたのか。例え子供を宿しても紫陽なら許してくれると思ったのだ。事実、彼はりかを許した。

 彼なら何をしても認めてくれるし、許してくれる。常に甘えていたのだ。


「ずいぶん元気ですね。雄都さん、紫陽の指を一本ずつ折りなさい。どんな悲鳴を上げてくれるか楽しみだわ」


 りなの命令を受けて、雄都は紫陽をうつ伏せにする。そして彼の右手の人差し指を折ろうとした。紫陽は不敵な笑みを浮かべる。顔は殴られて腫れているが、痛みなど屈しないと言わんばかりだ。


「お兄ちゃんーーー! やめてぇぇぇ!!」


 りかが叫んだ。するとドアがいきなり吹き飛んだ。埃が舞いあがり、日差しが差し込む。

 そこには右足を高く上げた女が立っていた。プロレスラーのような体格の足立留美子《あだち るみこ》だ。尾行でりなの隠れ家を発見し、警察に通報した。しかしりかたちの危機を察して行動に移したのである。


「助けに来たぜ! りかちゃんに紫陽!!」

「ふぅ、もう少しで18歳見舞いお断りシーンになってたな!!」

「リアルBLと言うより、ゲイビデオな展開ね……。私の好みじゃないわ」


 留美子の背後にはレベッカ・チェンと石原玲花がいた。

 雄都たちはナイフを取り出すと、彼女たちに目がけて突進してきた。彼女にしてみればナイフの使い方に危うさがない。プロの仕事だと思った。目つきも相手を馬鹿にしていない、真剣そのものだ。香港で遭遇したチンピラとは別格である。

 だがレベッカはナイフを持つ手を掴むと、両足を腕に絡めた。そして地面に叩きつける。男の腕はべきッと嫌な音を立ててへし折られた。本気で折らなければ自分の身が危ないのだ。


「こいつらはチンピラじゃない、プロだぜ!! 玲花も気をつけろよ」

「うん、了解……」


 別の男たちは玲花に対してナイフを振り回した。ゴスロリドレスを着ているから弱いと思ったのだろう。だが彼女はドレスの裾を使い、ナイフをからめとった。しかし相手はナイフに固執せず、徒手空拳で彼女の喉を狙ってきた。まるで毒蛇のようだ。

 だが玲花は華麗にかわす。実際は心臓の鼓動が高鳴っていたのだが、冷静さを保っている。

 玲花は男の突き出す腕をつかむと、コンクリートの床に叩きつける。そして相手の喉をヒールの踵で踏みつけた。げほっと吐き出すと男は気絶する。


 留美子と雄都はボクシングスタイルで対峙していた。まるで猛獣がにらみ合っているようだ。


「あんた、こんな真似をしてタダで済むと思っているのかい?」

「思わないね。すべてはりな様の計算通りだ」


 そう言って留美子は雄都に瞬時で詰め寄り、あごを打ち抜いた。あっさり勝利したように見えるが、結構ぎりぎりだった。攻撃するタイミングがずれていたら自分が喉笛をかみ切られたと思っている。

 雄都は顎を潰されたが、目は笑っているように見えた。


「強っ!! あいつらあんなに強かったのか!!」

 

 紫陽は驚愕した。留美子はわかっていたが、レベッカと玲花も強い。しかしりなは慌ててない。まるで事前に知っていたような様子だ。


「うふふ、せめてりかさんのお腹の子だけでも殺しますか」


 そう言ってりなはナイフを取り出すと、お腹目がけて突き刺そうとした。そこに留美子がカンガルーの如く疾走し、りなの体にドロップキックをかましたのである。

 りなはぐえっとくの字になって、吹き飛んだ。壁に叩きつけられ潰れたカエルのようになっている。白目をむき、口から泡を噴出していた。それを見て留美子は違和感を抱く。


 レベッカと玲花が二人を解放する。りかはすぐに紫陽に駆け寄った。彼はボロボロになっている。

 りかは目からぽろぽろ涙がこぼれていた。


「ごめんね、お兄ちゃん。ごめんなさい……」

「へへへ、お前に涙は、見合わないぜ……。お前たちが無事なら何より、だ……」


 そう言って紫陽は気絶した。

  遠くでパトカーの音が聴こえてきた。留美子が警察を呼んだのだろう。

 こうしてりなとその仲間たちは警察に逮捕される。


 りかと紫陽は病院に搬送された。精密検査の結果、お腹の子に影響はなく、りかは安堵した。

 紫陽は内出血が目立ったが、命に別条がなく、一週間ほどで退院できるそうだ。


 留美子たちは誘拐犯に暴行を加えたが、正当防衛として認められた。一撃で無力化させたのがよかったらしく、その後に暴行を加えていれば過剰防衛になっていただろう。相手がナイフを持っていたのもよかったと言える。


 りなが逮捕されたことでビッグバンプロは窮地に立たされた。だが社長はすぐに記者会見し、彼女の裁判が終わるまで解雇せず、面倒を見ると宣言した。犯罪者になったからと言ってすぐにトカゲのしっぽ切りにするのは人情に欠けると言ったのだ。


 SNSでは政治家や芸能人などが誘拐される方が悪い、誘拐犯を暴行したセイレーンの連中を逮捕し、事務所も潰すべきだと盛り上がっていたが、逆に非難されファンが離れる一方だった。

 もちろんセイレーンも反論した。当然こちらの方が賛同されている。豆類《ずるい》テレビもりかを擁護する特集をしており、世間はりかに同情的な空気になった。


「ところでりなさんはどうなったのかしら?」


 りかは入院していた。ベッドの上で上半身を起こしている。見舞いには留美子が一人だ。紫陽はすぐりかに会いたがったが、絶対安静として個室に縛り付けられている。


「……留置所で死亡したらしい。お腹の子も一緒だそうだ」


 留美子が重々しく口を開く。りなは犯罪者だが死んでいいと思ってなかった。りか自身も驚いている。

 りなの死はもちろんだが、妊娠していたのは衝撃的だった。周囲は何も知らなかったという。相手が誰だかわからないらしい。だがりかは自分の身代わりのためではないかと考えている。

 自分と子供が死ぬなら、別の妊婦が死ぬ羽目になる。ならばりなが身代わりを考えていてもおかしくない。雀野数式を呪いと呼ぶ彼女なら、常人に囚われない発想をしてもおかしくないのだ。


「検死では私のドロップキックが原因だという。まあ相手はナイフを持っていたし、正当防衛が認められたけどな。だがあの女は大したダメージを受けていない。蹴られた瞬間、身体のくの字に曲げ、後方に飛ぶことでダメージを逃がしていたな。あれで死ぬとは思えない」


 それを聞いてりかは得体のしれない何かを感じた。お腹が痛くなり、子供に影響を及ぼさないか心配になる。だが不思議と大丈夫だと思った。紫陽と仲間たちがいるのだから。

 

 数時間後、シャイニングプロの佐野マリ子が見舞いに来てくれた。社長の国府田史郎も一緒だ。

 他にもセイレーンの仲間たちが駆け付けて、自分とお腹の子供を心配してくれている。それを見るとりかは生まれてきてよかったと思えるのだった。


 もちろん母親になることは怖い。だが自分が子供にとって立派な母親になればいいのだ。多分周りの人は教えてくれるだろう。りかはそう思った。

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― 新着の感想 ―
 こんばんは、御作を読みました。  ひやひやしましたが、りかちゃんが無事で何よりでしたTT  りなさんは自業自得ですが――、なんとも言えない気持ちです。  面白かったです。
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