第10話 だれかさんの悪夢
題名は星新一先生の作品です。
「初めまして、小鳥遊りなです」
都心にあるスタジオで烏丸りかは、小鳥遊りなと握手をしていた。茶髪のポニーテールにセクシーな巫女服の衣装を着ていた。どこか姉のりあに似ているとりかは思った。
スタジオにはりかのマネージャーを務める齋藤紫陽と、りなのマネージャーである雄都利一という男がいた。禿げ頭で190センチほどの背丈で、ダチョウのように足が長かった。黒いふさふさのコートを着ている。30代ほどだろうか。
「……どうも、りかです」
りかは紫陽が用意したパンツスーツを着ていた。彼女は服装に無頓着なので紫陽が購入したのだ。
今回りかとりなが一緒なのはコラボ企画のためである。りかが作詞をしてりなが歌うという趣旨だ。
世間ではりなとりかの過去がSNSで暴かれ、荒れていた。カルト教団の肉親は早く消えろだの、過激な投稿が目立っている。なぜかテレビは自粛しており、スパロウ教団の雀野親土と血縁関係はないと説明していた。それでもSNSでは二人を排除しろとうるさい。
「ふふふ、りかさん。私はずっとあなたに会いたかったのですよ。6年前に投稿されただっせぇよは私の魂を揺さぶられました。私は昔から数学が好きで、カラオケやタピオカよりも数式を解くのが喜びでしたね。もっともそれしかやることがなかったからですが」
「……それはどうも。私も数学の成績だけはよかったですね」
「やはり、私たちは魂の従姉妹ですわね。スパロウ教団の教祖、雀野親土は自分に似た男性を見つけては、才能のある女性と結婚させて子供を産ませました。その結果が私たちなのですよ」
りなは満面の笑顔でおかしなことを言いだした。まるで雀野親土の意図を知っているかのようだ。紫陽は怪訝な表情を浮かべている。
一旦彼女は吐き気を催したようで、お腹を押さえていた。具合が悪いのだろうか。
「私の祖父はスパロウ教団に拾われました。孤児院出身で親戚は一人もいません。そんな子供たちを集めて、自分が編み出した雀野数式を破るものを生み出す計画を立てたのです」
「……雀野数式ですか? 確か高度な計算で近くの未来どころか、30年後の未来も予測できると数学の先生が教えてくれましたね。もっとも大学を出てしっかり勉強しても理解できないとか」
「その通りです。ですが雀野数式はいい未来ばかりではありません。悪い未来の方が圧倒的に多いのです。数式が導き出した結果は例え過程を変えても、結論は変わらないのです。雀野親土にとってはバラ色の人生を送れるものではありませんでした。他者の運命を一切変えられない呪いの数式と考えていたそうです」
体調不良など気にせずりなは説明する。歯ぎしりして忌々しそうな表情を浮かべている。彼女自身その数式に苦しめられた可能性があると、りかは踏んでいる。
雀野が他者に予言を告げるのは、自分の数式を破るものを見つけるためだという。それはことごとく失敗していた。
その数式を打ち破った人間がいた。その名も西山康といい、政治家の西山清志の次男だという。
康の名前が出てりかは驚いた。雀野の右手は特異体質で、蛭のように血液を吸い取るという。当時赤ちゃんだった康は一切の誕生日も迎えられずに天に召されるはずだった。血液を抜いても康の運命は変わらないと思っていたが、清志から峠は越えたと連絡が来た時、雀野は驚愕し、歓喜したという。
「雀野親土は祖父に命じたそうです。孫が生まれたら自分の真似をさせろと。スパロウ教団のようなものを作り、世間を騒がせるようにとね」
「わけがわからないなぁ。未来がわかるなら喜ばしいことじゃないか。自分の作った数式を台無しにさせたがるなんて意味不明だな」
紫陽の気持ちはもっともだ。一般人なら未来が読めることに歓喜するだろう。りかは雀野の気持ちがわかる気がした。数式で未来が見えても悪い結末を変えられなければ、無意味だ。
自分は毒親に育てられたが、父親と姉のおかげで叔父夫婦の養女となり、平穏に暮らしていた。なんとなくだが雀野は自暴自棄になっていたのではないか。派手な活動をすることで化けの皮が剥がれて詐欺師呼ばわりされることを望んでいたのかもしれない。
血の繋がりはないが、自分の考えが正しいと思った。
さらに自分の死を予知し、それを利用させるのも異常だ。道連れになった12名は家族はおろか親戚がいない天涯孤独の身だったらしい。全員笑顔で死んでいたという、柘植忠信の話を思い返す。
それを聞いたりかは内心気味が悪いと考える。人間を思い通りに動かす雀野が冷たいコンピュータの化け物だと思った。するとりかの頭に稲妻のようなものが走る。メモ帳を取り出すといきなり書き始めた。
「なんか、いいアイディアを思いついた!! 名づけて電車人間!!
あたい電車で、レールの上をランナウェイ。
毎日毎日、同じロード。代り映えのない、日常生活。
意志を持たないアイアンブロック。意志を持ったらヒット&ウェイ。
みんなが変化を忌み嫌う。同じこと以外ノーサンキュー。
予定外など許されない。あたいは電車人間、同じ道しか走りません。
あーむかつくな、脱線したい! 乗客建物、デストロイしたい!!
やったら廃車で人生ジ・エンド。 あたいの人生ダークネス!!」
りかは憑りつかれたように詩を書いた。りなはそれを読み満足げであった。紫陽はいつものことだが、雄都も動じていない。修羅場をくぐった数が違うからだろう。
りかは汗をかき、顔は赤くなっている。まるで事後のようだ。りなはその様子を見てなぜか嬉しそうであった。
「……あなたは何をしたいのですか? 血の繋がらない祖父の願いを叶えたいのですか?」
「そうですわね。わたくしも雀野数式で活躍しておりますの。そしてあなたこそが最後のピースですわ」
りかの質問に答えるように、ぱちんとりなは指を鳴らした。すると雄都が紫陽の口元に布を押し付ける。すると紫陽は眠りだした。
りかはそれを見て驚いた。りなは何をするつもりなのだ?
「りかさん。あなたたちは拘束させてもらいますわ。正確にはあなたとお腹の子に用がありますの。うふふふふ」
りなは不気味に笑っていた。スタジオにはりかたちしかいない。スタッフは一人もいないのだ。りかは逃げ出そうとしたが、りなに捕まる。彼女から頬を思いっきり叩かれた。頬に激しい衝撃が伝わり、心も動揺していた。頬を叩かれたことは何度かあったが、初対面の女性に叩かれたのは初めてだ。
りかの表情は怯えの色に染まっている。ぷるぷると涙目になっていた。
「うふふ、可愛いですわね。怯えた顔も最高ですわ。でもここではだめね。あなたの恋人と一緒に別荘に移るとしましょうか」
ドアが乱暴に開くと、ガラの悪そうな男たちが数人入ってきた。りかを拘束し、眠りこけた紫陽を背負った。そしてスタジオを出て、表に止めてあったワゴン車に押し込めたのだった。それは真昼の出来事でちょうど人通りが多く、目撃した人がいたが誘拐事件が起きたとは思わなかった。みんな忙しいから他人など構ってられないからだ。
☆
「あれ? りかちゃんだ」
スタジオの近くを赤毛のツインテールでラッパー風の少女であるレベッカ・チェンが歩いていた。彼女は芸能事務所セイレーン所属のタレントで、隣には同僚の黒髪ロングで黒いゴスロリドレスを着た陰気臭い石原玲花もいた。後ろには体の大きい黒い背広を着た女性が立っている。マネージャーの足立留美子だ。ちょうど二人一緒の仕事があり、その帰り道であった。二人は留美子の担当ではなかったが、彼女の担当しているタレントはちょうど休んでおり、二人の担当をすることになったのだ。
三人は誘拐現場を目撃した。りかは移籍したが今でも友人だと思っている。明らかに異常事態だと判断した。
「齋藤さん眠ってたわね。仲良しグループが介抱してるようには見えないわ」
「というかりかちゃんが涙目になってたぜ!! あれは普通じゃないよ!!」
「しかも小鳥遊りなに不釣り合いな男たち……。事件の臭いを感じる。追うぞ!!」
留美子はタクシーを止めた。3人とも中に乗り込み、運転手にワゴン車を追うように命じる。運転手もノリノリであった。
「でもすごい偶然だよね。まさか生で誘拐シーンを見るなんて思わなかったよ」
「ぐふふ……。りかさんの目の前で、紫陽さんが男たちに乱暴にされる……。今度の創作落語に、使えるかも……」
「紫陽さんが暴行されるわけ!? 君はなんでもBLにしたがるよね、そんなに男同士が好きなわけ?」
「創作だからいいのよ。現実なら克己兄さんと明宏さんが推しね。ピュアラブよ」
二人が言い合っているのと対照に、留美子は沈痛な面持ちになった。そもそも今回の件は元マネージャーの康の指示だった。マネージャーをやめても彼女は康に相談することがあった。
そんな彼が留美子に対して二人の担当をした方がいいと勧めたのだ。その理由も三人がいれば心強いという理由だが、康の指示は的確なので信頼していた。
(康さんは計算が得意な人だと聞く……。もっとも美咲さんの事になると周りが見えなくなるって話だったな。今は結婚して美咲さんと一緒だから余裕があるのかもね)
タクシーの中で留美子はそう思った。念のために康に相談するべきだと、スマホを取り出した。




