64、グラードの祭り4
夜の祭りを楽しんだアシミーは、ネルと借りている宿屋で目を覚ます。
部屋には、前日に一度ネルが戻ってきたような痕跡があったが、夜に戻っていない事実にアシミーは、不思議な憂鬱感に包まれていた。
アシミー:なによ、あれだけ、私にアシミーちゃん、アシミーちゃんって、言ってたのに……昨日はちゃんと帰ってきたのにさぁ……
ネルが普段使うベッドには、幾つかの品物が無造作に置かれ、一つ、一つに、品物の絵が書かれたメモが貼られていた。
「絵を描く時間があるなら、メッセージくらい書きなさいよ、もう!」
アシミーはメモに描かれた品物を持った動物の絵を見て、軽く溜め息を吐いた。
「何よ、この牛の絵、笑ってるし……ネルは、絶対に牛よりタコの方が好きなはずなんだから! ふん!」
アシミー:かなり早起きしちゃった……今はクエストもないのに、はぁ……
朝焼けの空を見上げると、アシミーは冒険者ギルドへと向かっていく。
祭りが開催されていても、朝の屋台などは、普段のものと変わらない。
いつもの日常が広がるグラードの街は朝市が開かれており、他の街から来たのであろう商人達も並べられた食材を見ては、露天商と話をしている。
アシミーも、串焼きと、薄切りのパンを買うと、串焼きをパンに挟み歩きながら食べていく。
「やっぱり、硬いわね……ネルなら、間違いなく柔らかいパンと肉を見つけて買うのよね……なんか敗北感が凄いわね」
そんな呟きも街の賑わいに消え去り、歩いていた足が止まる。
冒険者ギルドの前に立ったアシミーは、嫌な雰囲気を瞬時に感じ取ると、慌てて扉を開き中に駆け込んだ。
アシミーが冒険者ギルドに入ると、ペルグが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、立ち尽くしていた。
「ペ、ペルグさん……何、このニオイ……」
アシミーの声にペルグが、小さく「ってこい」と口にする。
聞き取れなかったアシミーが、困惑していると、更に大きな声でペルグが口を開く。
「酔い覚ましをすぐに買ってこい! 馬鹿みてぇに酒を飲みやがって! なんで、アイシャまで酔い潰れてんだ、ったく……すまん、アシミー……この馬鹿達のために薬師ギルドに行ってくれ……時間がねぇからな」
「え、私?」
「オレはギルドから離れられねぇ……それにこいつらを放置も出来ねぇからな」
アシミーは、仕方ないと言わんばかりの溜め息を吐くと、ペルグから小袋を渡される。
「それで酔い覚ましを人数分頼む。経費扱いだから、気にせずに一番苦くて、効き目がキツイやつを買ってきてくれ」
アシミー:そんなキツい薬、逆にヤバいんじゃないかなぁ……でも、ペルグさんの目、本気なんだよなぁ。
目を軽く逸らすと同時にアシミーは冒険者ギルドから外に向かって歩き出していた。
外へ出ると、冒険者ギルド内に充満していた、ありとあらゆる酒の香りをアシミーは実感する。
「これはダメだわ……急がないと……私1人で、祭りの案内と説明なんて絶対に無理だわ……」
考えを口にしてから、身震いするとアシミーは全力で、大通りを駆け抜けて、薬師ギルドのある通りを目指していく。
街は既に最終日のために、屋台の支度が始まり、それはアシミーが駆け抜けて来た冒険者ギルドの大通りも同様であり、アシミーは焦りながら更に加速する。
そうして、アシミーが薬師ギルドの大通りに差し掛かった時だった。
不意に脇道から、人影がアシミーの目の前に現れ、アシミーは声をあげる。
「あ、え! 危ない! 避けてぇぇ、うわぁぁぁ!」
「あぁ! ぐわぁぁぁ!」
勢いよくぶつかり、アシミーの身体が壁に叩きつけられそうになった瞬間、凄まじい声が通路に響き渡る。
「危ねぇ!」
声がしたと同時に、アシミーの手を掴まれると、勢いのままに半回転させられ、空中に放り投げられる。
「いやぁぁぁぁぁ!」
咄嗟のことにアシミーが絶叫をあげると、地面から空中に飛び上がった黒い塊が空中でアシミーを抱き抱えると、地上に着地する。
「危ねぇだろうが! チビッ子! もう少しで朝から自警団騒ぎになってたぞ! これだから、近頃のガキは元気があり過ぎていけねぇなぁ、ガハハ!」
アシミーは地上に手をついてから、呼吸を整えると、声の主に視線を向ける。
「あ、アイシャのパパさん……」
「あ? お、ただのチビッ子じゃなくて、アイシャのダチのチビッ子だったか! ガハハ! だが、通りをあんなスピードで走ってたら、危ねぇぞ?」
「ご、ごめんなさい。ただ、急いでて」
「ん? 何があったのか、話してみな!」
アシミーは冒険者ギルドの惨状について、説明をすると同時に、薬師ギルドへ向かっていたとガルシャに説明する。
「酒に酔うなんて、アイシャのやつも、まだまだ可愛いじゃねぇか! ただ、他のヤツらもってんなら、ドワーフの酔い覚ましを分けてやる。こいつを齧れば、一発だからな!」
アシミー:ドワーフの秘薬ってやつかしら?
「さあ、持ってけ! この小さな葉っぱは、“グリーンハーブ”ってんだ。口に入れて、無理やり噛ませればいいからな。若いドワーフも一枚で飛び起きるし、ドワーフは悪酔いを酒毒って言って、嫌うからな! すぐにくれてやれ。ガハハ!」
そう言うとガルシャは、アシミーにグリーンハーブを手渡して、去っていった。
呆気に取られたアシミーだったが、グリーンハーブをポケットに仕舞うと、薬師ギルドへと向かっていく。
アシミー:信用はしてるけど、薬を買わないとペルグさんに説明できないからなぁ、はぁ……
そうして、辿り着いた薬師ギルドで、アシミーは酔い覚ましの薬を貰うとすぐに冒険者ギルドへと戻っていく。
薬師ギルドの大通りは、いくつもの植物が並べられ、乾燥させた木の根や、葉っぱなどが売られており、その値段を横目にした際にアシミーを驚かせた。
「あんな木の根が、銀貨三枚なんて、信じられないわね。冒険者ギルドでの稼ぎと変わらないじゃないの……」
そんな小声の呟きを漏らしながら、アシミーは冒険者ギルドに戻るとすぐに酔い覚ましをアイシャ達に飲ませていく。
ただ、誰も酔い覚ましの薬を飲み込まず、酷い者は水を飲んだ瞬間に吐き出してしまう始末だった。
ペルグが呆れた表情を浮かべ、アシミーに視線を向ける。
「アシミー……特別手当てを出す……悪いが1人で案内役を頼めるか、後で人を向かわせるつもりだ」
アシミー:なにいってるの? ムリムリムリムリ、無理だから! どれだけの人が来ると思ってるのよ!
そんなアシミーの頭に、ガルシャから貰った“グリーンハーブ”の存在が思い出され「一撃だ。ガハハ!」とガルシャの笑い声が響いていく。
「ペルグさん……まだ、手はあるわ、協力して貰えますか?」
「あ? 構わないが、流石に引っぱたいて起こしたり出来ねぇぞ? うちのギルドの受付嬢だからな」
そう口にしたペルグをアシミーは、悩むことなくアイシャの傍に呼んでいく。
そして、アイシャの口に“グリーンハーブ”をアシミーが放り込む。
「ペルグさん……噛ませてください! 力で顎を動かしてあげてください」
再度確認をするペルグにアシミーは同じ説明をすると、ペルグはそれに従った。
その後、渋い顔でアイシャが目を覚まし、水を一気に飲み込む姿に、ペルグは容赦なく受付嬢達に“グリーンハーブ”を噛ませていく。
そうして、冒険者ギルドの最終日は苦い表情の案内役達が笑みを浮かべる不思議な日になるが、それでも、可愛い受付嬢達に客が途絶えることはなかった。




