63、グラードの祭り3
サスタがアイシャの謝罪を受け入れ、ネルとアンネロッタと共にその場から立ち去る際、アイシャにアンネロッタが小さな声で語り掛けた。
「秘密は秘密だから、問題にならないんですよ。口は災いの元ですからねぇ」
アイシャはただ黙って頷いていた。
そうして、アシミーだけがアンネロッタの正体を知らないまま、その場は再度、祭りの賑やかさに塗り替えられていった。
アイシャは自分の持ち場に戻り、アシミーもまた自身の仕事を行っていく。
昼が過ぎ、夕暮れになるとアシミーの元に交代のために男性のギルド職員がやってくる。
「お疲れ様です。アシミーさん、あとは自分らが引き継ぎますから、夜の祭りを楽しんで来てください」
「え、いいのかしら……あ、ありがとう」
夕暮れにメイド服姿のアシミーは1人で悩んでいた。
実際にアシミーは、今の状況に混乱してしまっていたため、自分がどこを見たいのか、どこに行くべきなのかが分からなくなってしまっていた。
「何キョロキョロしてんの? お疲れ、アシミー」
そう声を掛けてきたのはアイシャであり、他にも朝から案内役の係を任されていた受付嬢達がその後ろに続いていた。
「さあ、アシミー! ここからはアタシ達と祭りを楽しむ時間だよ!」
アイシャの言葉に受付嬢達も騒ぎ出すと、すぐに冒険者ギルドに引っ張られ、着替えを済ませるアシミー。
着替えが終わると、アシミー達は夜の祭りへと繰り出していく。
冒険者ギルドから続く大通り、並んだ屋台からアイシャは即座に蛇酒を注文して一気に喉へと流し込む。
「ぷはぁっ! 仕事終わりの喉に流れるアルコール! 最高だね!」
アシミーをはじめ、受付嬢達からしても有り得ない一気飲みだが、周囲で酒を飲んでいた人々は大いに湧き上がる。
「お、ネエチャンいい飲みっぷりだな! どうだい、俺らと飲み比べしないか」
「アハハ。アタシが飲み比べしたら、屋台の蛇酒が枯れちゃうからね。今度冒険者ギルドで飲もうよ。勿論、負けたら全額、負けた方持ちだけどね」
「そいつは、ヤバイな。なら、冒険者ギルドで俺が勝ったら? どうなるんだ」
酔っ払い男のそんな一言にアイシャが隠微な表情を向ける。
「勿論、その時はご褒美があるかもな」
アイシャの言葉に酔っ払い達のテンションが上がると、次々にアイシャに酒が奢られていく。
出された酒を飲んでいくアイシャは、途中から面倒くさそうな表情を浮かべると屋台に向かって声を掛ける。
「まどろっこしいから、空樽貸して。みんなを待たせるのは、良くないし、全部注いだ方が早いからね!」
そうして、小さな空樽に酒が注がれると、アイシャは軽々と両手でそれを傾けていく。
アイシャの喉を流れるアルコール。
誰もが目を疑うような豪快な酒の流し込みに周囲は更なる歓喜に包まれた。
「まじか! あの姉ちゃん飲みきったぞ!」
「バカヤロウ、ありゃあ、冒険者ギルドのアイシャさんだよ。酒では負け知らずで有名なんだぜ」
男性達の声にアイシャは最後の一滴まで飲み干すとにっこり笑った。
「うっしゃ! ご馳走さん。最高の酒をありがとうね。さぁ、みんな行こうか!」
アシミー:おかしいわよね……ギルドのお酒って、冒険者が酔い潰れるくらい強いハズなんだけど……ドワーフってどんな胃袋してるわけ……
アイシャに手を引かれる形で、アシミーは次の屋台へと向かう。
受付嬢達も色々な屋台料理を楽しみながら賑やかな時間が流れていく。
冒険者ギルドの大通りを抜けて、その足でアイシャのオススメだという、鍛冶ギルドの通りへと進んでいくことになる。
「こっちだよ! 露店とかは、朝だけだけどね。この通りにはアタシのオススメの店があるんだ」
案内された先からは、賑やかな声が外まで漏れ出しており、豪快な笑い声が響いていた。
「パパ! アタシの客を連れてきたよ」
「なんだ! アイシャの客だと? ならまずは酒を振る舞わないとだな! 誰か大樽を持ってきてくれ! 最高のやつを頼むぞ!」
「任せなガルシャ! オレの店で一番の度数を開けてやるからな!」
店の主人からガルシャと呼ばれ、アイシャからパパと呼ばれた小柄に立派な髭を蓄えた男性は嬉しそうに笑った。
「ガハハ! 商業ギルドの小娘が頼んで来たから、参加してやったが、アイシャの客と酒が飲めるなら、祭りも悪かねぇな!」
そんな盛り上がりにアイシャの顔が赤く染まる。
「お? どうしたアイシャ、ドワーフの火酒も飲んでねぇのに、外の酒で酔ったのか? まだまだ、若いとは思ってたが、酒に弱いのは母さん似だな! ガハハ!」
「パパ! 恥ずかしいから、客って、いっても仕事場の同僚なんだから、少しは気を使ってよ!」
「気を使えだ? ガハハ! 無理な話だぞ。ワシら鍛冶ギルドのドワーフは、ご機嫌取りなんて、上品な芸当は出来ねぇからな! 今日はみんなで宴だ、飲むぞぉぉぉぉ!」
アイシャの父親であるガルシャの掛け声に酒場は一気に盛り上がり、酒とアテが次々に運ばれていく。
豪快なドワーフの宴にアシミーは困惑するが、他の受付嬢達と同様にその席を楽しんだ。
夜は次第に更けていくと、受付嬢達も1人、また1人と宴会の席から帰っていき、最後にはアシミーとアイシャの2人になっていた。
「パパ、アシミーと風にあたってくる。あと、明日もあるんだから、飲み過ぎたらダメだからね!」
「わかってら。たく、小言まで母ちゃんみてぇになってきたな。娘の成長は早いなぁ……嬉しいぜ。おい、火酒の追加だ!」
アイシャとアシミーは外に出ると、ゆっくりと歩いていく。
周囲は次第に屋台の灯りも消え始め、朝の賑やかな街並みが静けさに包み込まれていく。
「はぁ、また明日も仕事だねぇ。でも、普段の書類仕事より、なんか気楽で調子狂うよね」
「アイシャはそう感じるのね? 私は普段から冒険者として、色々動き回ってるから街でこんな風に案内とか、違和感しかないわ」
「やっぱり、アシミーは変わったよ。前までのアンタだったら、絶対にそんな風に言わないだろうからさ、本当にびっくりだよ」
夜空を見上げながら、そう口にして、手に持っていた樽ジョッキからアイシャが酒を口へとに運ぶ。
「私もよ……自分で不思議になるもん。ただ、ネルと会ってからさ、私は弱いとか、まだまだ先に向かえるんだって思ってさ、それにいつ死ぬか分からない冒険者稼業なら、恥も楽しまないと」
「アタシ達が考えた服が恥なわけ? アハハ、可愛い服を恥だなんて、世の服屋を敵に回したわね」
アイシャの言葉にアシミーも笑みを浮かべる。
「本当に変よね。グラードの街に長く住んでるのに、普段なら喧嘩ばっかりの他のギルドと祭りをしてるんだもんね」
「アタシも、それは思うよ。なんか、アレだ! すごく変わり始めたってやつ!」
「だね。しかも、商業ギルドって、マスターが変わったわけだから、本当なら祭りなんてしてる場合じゃないと思うのに、サスタさんの考えはやっぱり分からないなぁ」
「あんな女の考えなんて分からない方がいいっての!」
2人が歩きながら、会話をしていると、夜空に突然、大きな花火があがり、数十秒の間、煌びやかに空が彩られていく。
「なんか、祭りって凄いわね」
「それには、本当に同感だね」
そうして、祭り二日目は終わりを迎えるのだった。




