56、蜂蜜採取とハプニング?
冒険者ギルドでガーレン達がぶつかり合っている頃、ネルは1人、ベスパの森へとやってきていた。
目的は、未だに眠り続けているアシミーのために蜂蜜を採取するためだ。
本来ならば、新たなクイーンの巣となった旧バケット邸の森に向かう予定だったが、アイシャから止められたためだ。
「無理に強行して手に入れた蜂蜜をアシミーが喜ぶ訳ないだろ! ネルがギルドとまた喧嘩したって聞いたら、アシミーが泣くよ!」
アイシャの言葉にネルが諦め、最終的にベスパの森の存在を思い出したことで今に至る。
「さぁ、久しぶりの蜂蜜採取だねぇ!」
ネルはすぐにキラービーナの巣から蜂蜜を回収していく。
その際に、ネルはキラービーナを一匹も殺すことはしなかった。
「今回は、ボクちゃんが必要だから来たんだ。お腹が空いてるわけじゃないから、見逃してあげるね」
ネルの言葉をキラービーナは理解していないだろう。しかし、ネルの放つ強者としての雰囲気だけは感じ取れたのか、素直に逃げ出していく。
そうして、蜂蜜を大量に手に入れたネルは、ベスパの森から移動しようとしていると、酷く損傷した蜂の巣を発見する。
「酷い状態じゃないかぁ、これじゃ蜂蜜を集めても貯蔵できないじゃないかぁ?」
真新しい傷痕を見て、ネルは首を傾げていた。
そうしていると、離れた位置から、僅かにキラービーナの威嚇音と共に複数の金属音が聴こえてくる。
音のなる方へ急ぐネルは、そこで予想外の光景を目の当たりにする。
その場にいたのは商業ギルドのギルド長──アバリシア・フラッハだった。
その周囲には、武装したガラの悪い男達が武器を手に、数でキラービーナを殲滅している真っ最中であり、ネルはその光景に苛立ちを覚えていた。
「何してるのさ!」
ネルの放った一言に、アバリシアと周囲の男達が振り向き、顔を見合わせる。
「おいおい、嬢ちゃんみたいな女が魔物の森で何してんだよ? 逆に教えてくれよ」
そう口にした男がニヤついた笑みを浮かべる。だが、アバリシアは違った。
「そいつは冒険者だ! しかも、サスタ商会の会長が大切にしてる妹だったか、忌々しい……」
苦々しい顔でネルを睨むと、アバリシアの視線はすぐに下品な笑みに変化する。
「だが、これはチャンスだ。お前達! 予定通りに“ガソリン”をばら蒔け! この女諸共、すべて燃やしてやる!」
アバリシアの指示に従うように男達は瓶に入った透明な液体を撒き散らしていく。
“炎水”──砂漠の国で見つかった高純度の液体であり、“飲めない水”とも呼ばれる。
特性は火がついた際に、水でも消せず、水魔法も中級クラスの威力がなければ鎮火できない危険な液体である。
それにより、国外の持ち出しを砂漠の国は禁止している。
そんな危険な“炎水”をアバリシア達はベスパの森へと巻いていく。
周囲に立ち込める鼻を突くような臭いにネルはすぐに鼻を手で隠す。
「なんだい、この酷い臭いは……」
「ワシは優しいからな、馬鹿そうなお前さんにも、分かるように教えてやろうじゃないかぁ」
アバリシアは炎水について、ネルに話すと同時に「燃えれば、終わりだぞ?」と付け加える。
「なんせ、剣撃の火花でも、火がつくだろうからなぁ、火が一度着けば、すべてが火の海だ……当然、風に運ばれた火の粉が、グラードも巻き込むだろう……あはは!」
本来、アバリシアは商業ギルドのマスターであり、グラードの街に被害が出れば、自分の首を絞める結果になるはずだった。
しかし、状況はまったく別のシナリオを進んでいた。
王都にある商業ギルド協会本部から、ドゴール男爵の一件に対する調査団への協力要請が届き、それにより、深く繋がりがあったアバリシアは目を疑った。
内容は協力要請だが、実際はアバリシアの管理する商業ギルドへの監査であり、届いた要請書には、建物内のすべての物品や書類を即座に数字としてリスト化する魔法陣が仕込まれていた。
アバリシアは、商業ギルド内にあるすべての帳簿や裏で捌いていた品物を商業ギルド本部に情報として転送されてしまったのである。
その結果、追い詰められたアバリシアは、ドゴール男爵との繋がりから、甘い汁を吸っていた男達と結託し、話し合う中、1人の呟きに全員が視線を向けた。
「なら、全部燃やしちまえばいいじゃねぇか?」
突拍子もない意見だった。だが、それは追い詰められていたアバリシアの頭の中で完全な形で計画になるまでに、然程時間は掛からなかった。
商業ギルドだけが燃えれば、必ず怪しまれ、遅かれ早かれアバリシア達に辿り着くだろうと理解したアバリシアの思考は狂気に走る。
「なら、グラードすべてが火の海になればいいじゃないかぁ……」
計画は実行される。アバリシア達はベスパの森に火を放つために訪れていた。
森の奥に進み、すべてを消せない炎へと変えるはずだった。
そこに現れたネルの存在は、アバリシアの怨みの感情にも火をつける結果になっていた。
「さぁ、どうするかね? 戦えば、予定より早く炎が上がるのみだ」
アバリシアの言葉にネルは自身の両手に煙を纏わせようとする。
「やめておきなさい。火はワシらで、いつでも着けられるのだからね」
「くっ、そんなのズルいじゃないかぁ!」
ネルの叫びに男達は笑い出す。
しかし、状況は最悪のまま流れ、ネルは手出しが出来ずにいた。
それは男達も同じだが、明らかな状況の不利がネルを困らせていく。
そんな、睨み合いの最中に、ネルは鼻を軽く動かし、違和感を表情に出した。
違和感の正体を口にしようとした瞬間、ネルの目の前で笑っていた男達に異変が起こり出す。
身体を震わせ、呼吸音が次第に苦しむように大きくなっていく。
それは連鎖していくと同時に、アバリシアにも同じ症状が起きていた。
「な、なんだ……いきが……」
ネル以外のその場にいた全員が喉を手で掻き毟り、爪と指を真っ赤にさせて、苦しみだす。
そんな状況の中、森を優雅に歩く1人の女性の姿があった。
「なんじゃ、ネルよ。情けないのぅ、我の妹弟子であれば、少しは賢く攻めねば先が不安になるではないか」
ネルに叱咤を飛ばしたのは、サスタ商会の会長であり、溶鉛の魔女、サスタ・クローシアだった。
「サスタ姉! なんで、ここにいるのさぁ」
「なんでも何も、この“ベスパの森”を商会が買ったからに決まっておろう? クイーンがいなくとも、蜂蜜採取ができるのだからな、他者に渡すような真似はせぬよ」
サスタはそう口にすると、ネルの背中に縛られた大きめの瓶と中身の蜂蜜を凝視する。
「あ、あのね。サスタ姉、ごめんなさい……アシミーちゃんに採れたての蜂蜜を食べさせたくて……」
「よいよい。多方、我がベスパの森を買った事実を知らなんだのだろうしな……何より、ネルとアシミーならば、咎めたりせんよ……他者は別だがなぁ……」
アバリシア達へと視線を向けたサスタは、嫌悪感を隠さずに向けていく。
「そうじゃ、ネルよ。約束をせぬか? 違えれば、大切な存在を失う約束を……さすれば、今回の件は不問にしよう」
「どんな約束なのさぁ……」
ネルが不安そうに質問をすると、サスタは優しい表情をネルへと向ける。
「簡単なことだ。この場所に今日、ネルと我はいなかったことにしようではないか? そうすれば、蜂蜜のことも、我は知らぬことになるし、お《・》互い《・》に嘘をつかなくて済むからなぁ」
ネルは嬉しそうにサスタの提案を受け入れた。
森からネルが移動した後、サスタはアバリシアへと歩みを進める。
「我も今から、ゴミ掃除をせねばなぁ……害虫駆除は本当に疲れるのぅ」
ベスパの森にアバリシアの断末魔がこだまするが、その声は、キラービーナ達の羽音に掻き消され、誰にも届くことはなかった。




