50、アシミーの覚悟、淑女のあり方
無数の刃が広がり水中でアシミーの両手が魔力により輝き出すとアシミーを中心に渦が生まれていき、次第に速度を加速させる。
それは自身の周りに刃物の渦を作り出す行為であり、渦の中心にいるアシミーもまた無事で済むわけがない。
中心には完全に刃は届かないが、次第にアシミーの全身から真っ赤な鮮血が吹き出し、痛々しくもその覚悟のもとに、湖を赤く染めていく。
アシミー:本当に笑えない痛さじゃない……正直、気でも失って気づいたら、夢でした……みたいなのが嬉しいんだけど……そうはならないわよね。
「私の意識が消えたら……多分、渦の制御なんて簡単に失われるわね……テントの反対側を選んで正解だわ……」
次第に渦は天高く巻き上げられ、一つの柱となっていく。
それと同時に渦の中心では、アシミーが限界を迎えようとしていた。
既に敵を狙って攻撃する魔力も逃げる体力もない状態で、ただ単純に渦を天高く舞い上がることしかできない事実にアシミーは、軽く笑みを浮かべる。
「私って、やっぱり……すごいじゃない……ネルに見せた渦よりもデカいんだから……ネル、ごめんね……私、ずっと一緒に……いられないみだい……ごべんね」
アシミーの意識が途切れ、渦はアシミー本人を吸い上げて回転を加速させる。
「アシミーちゃぁぁぁんっ!」
渦に吸い上げられるアシミーに向けて、叫ばれた声、その声はアシミーには響かない。
だが、確実に渦の中へと伸ばされた手がアシミーを掴んでいた。
「無茶苦茶するじゃないか! ネル! 絶対にアシミーを離すんじゃねぇぞ!」
「掴んだ! アイシャちゃん! 全力で引っ張ってぇぇぇぇっ!」
ネルとアイシャの声が大きく叫ばれると同時に、ネルの身体にしっかりと固定された鎖が勢いよく引っ張られる。
鎖の先にはアイシャの姿があり、小柄な体型からは信じられない力で鎖を陸地側へと引き寄せていく。
「ドワーフの力をなめんなよ! アシミーもネルも、簡単には死なせないからなぁっ!」
アイシャの叫び声が空気を振動させ、細く見えていた腕は強靭な男性と見分けがつかないほどに大きな筋肉の塊へと変貌する。
アシミーをしっかりと掴んだネルは渦の外に引っ張り出されると、即座に【煙馬】を発動させると、アシミーを抱えたまま、アイシャの元へと空を駆け出していた。
渦が術者を完全に失い、次第に崩壊すると同時にあらゆる方向へと濁流の如く、吸い上げられた大量の水が降り注ぎ、木々諸共に大地を削り呑み込んでいく。
「スゴいなぁ……アシミーちゃんって、本当にいざとなると、容赦ないもんねぇ……ごめんよ。ボクちゃんが守るって約束したのに、ボロボロじゃないかぁ」
傷だらけで、意識のないアシミーを優しく支えるネルは、小さく奥歯を噛み締めた。
アシミーの狙いは大きな渦から濁流になり、首なし兵達を一掃する。
しかし、そんな空を移動するネルとアシミーに向けて轟音が迫る。
ネルが即座に【煙馬】を旋回させると同時に、真横を長槍が通り抜けていく。
攻撃に使われた長槍をネルが目に焼きつけるように見つめると、自身に繋いでいた鎖を【炎煙】で焼き切り、アシミーの身体を固定するように即座に巻き直す。
「アイシャちゃんっ! 全力で鎖を引っ張っておくれ!」
空から叫ばれた声にアイシャは、耳を疑ったが悩まずに両手に力を込め「了解したよ!」と返す。
返事を聞いたネルは、鎖を軽く引っ張った後に、申し訳なさそうな瞳をアシミーへと向けた。
「アシミーちゃん。ごめんよ……いくよぉぉぉぉっ!」
その声を合図にネルは全力でアシミーを投げ飛ばし、アイシャは勢いに負けない力で鎖を引っ張っていく。
空中を移動するアシミーを見つめながら、ネルは目を吊り上げて、地上を睨みつける。
「角度的にあっちかな……」
【煙馬】を足場にして、空中から勢いをのせて、見定めた位置へと高速で移動する。
ネルの狙いを理解したように、次々に長槍が投げ放たれるが、それを容易く焼き払い真っ赤な煙を纏ったネルは止まらずに地上に着地する。
濁流が過ぎ去った後の泥濘んだ地面がネルの放つ【炎煙】により、煙を上げていく。
そんなネルの視線の先には、巨大な巨馬に跨った大きな首なし兵の姿があり、その周囲にはマジックシールドや、大盾を手にした首なし兵達が陣形を組む形で立っている。
「アシミーちゃんの足の大きな傷……オマエだよね! あの傷だけは、切り傷じゃなかった……絶対に許さないから!」
怒りのままにそう告げたネルは、一切の遊びを捨て、憎しみをそのまま込めたような眼光を首なし兵達へと向けていく。
首なし兵達は、巨馬に乗った大きな首なし兵を中心に移動を開始する。
複数の武器がネルへと向けられ、言葉を話せない首なし兵からは殺気だけが溢れ出していく。
ネル:ボクちゃんは、怒ってるんだ! アシミーちゃんを守るって約束したのに、なんで1人にさせた、なんでアシミーちゃんが攻撃されたのさぁ! コイツらさぇ、コイツらさぇ、コイツらさぇいなければぁぁぁ!
怒りに震える拳から真っ赤な煙が、一気に吹き上がり、ネルが動き出す。
最初の一撃を防御するように前に出た大盾装備の4体が腹部から焼き払われると、回復することなく傷口から一気に燃え上がっていく。
しかし、そんな一連の流れを前にしても、首なし兵達の攻撃と防御の構えは変わることはない。
恐怖を感じない屍兵と化した存在を前にネルの理性は既に無くなっていた。
「全部焼き払ってやるからねぇ……アシミーちゃんがオマエらのせいで笑わなくなったら、ボクちゃんは、ボクちゃんを許せないじゃないかぁぁぁぁっ!」
ネルの叫び声が草木を震わせた瞬間、ネルの五感を震わせる別の感覚を感じさせる存在に気づく。
次第に近づく凶悪な悪意に、まるで樹木が自ら逃げ出すように道を作り出しているような振動をネルに感じさせた。
首なし兵達も同様にネルだけに向けていた殺気を背後から迫る何かへと向けており、戦場の空気が一瞬で変化していく。
ネルは、そんな近づきつつある存在を無視するように、首なし兵へと攻撃を再開する。
ネル:何かくるけど、関係ない……今はコイツらを潰さないとだから!
しかし、そんなネルの思いを踏み潰すような強烈な殺気と怒りの感情が周囲のすべてを呑み込んでいく。
背後の木々が違和感すら感じる程に開けた道を作り出すと、数十本の木々が歪に混ざりあったような巨大な手の形をした樹木が首なし兵達を掴み、そして、握り潰す。
鋼鉄の大盾が紙のように潰され、握っていた首なし兵が肉塊へと変化する。
そんな樹木の腕が複数個、出現すると左右対称に首なし兵達を掴み、無慈悲に捻り潰す。
その様子にネルは、驚きながらも樹木へと攻撃を開始しようとする。
「本当に……意志の強さだけで、身勝手に動くだなんて……驚きましたねぇ……ただ、悪い子はしっかり教育しないと、来世で恥をかいてしまいますから……責任は大切だわぁ」
ネルは自身の耳に響いた声に動きを止める。
動きを止めたネルの視線は、1人の女性に向けられる。グリーンドレスに身を包み、植物の椅子に座る女性、モルアナ・アンネロッタがその場に姿を現す。
「本当に仕方ないですねぇ……私の指示に従わない勝手な首なし兵士は悲しいですが……駆除しませんと……淑女として、示しがつきませんからねぇ……」
首なし兵達の体がモルアナ・アンネロッタへと向くと一斉に攻撃を開始する。
アンネロッタは、無表情のまま、トラベルバッグから巨大戦斧を取り出すと、優雅に舞いながら、向かってくるすべてを肉片へと変えていく。
「第二の人生も、使い果たすなんて……本当に殿方はせっかちでいけませんねぇ……あはぁ!」




