44、傭兵“火竜の団”
ネルとアシミーがグラードへと帰還するために移動して、数時間後──ドゴール男爵の屋敷では、トライゾンが震えながら頭を地面に擦り付けるようにして下げていた。
ドゴール男爵は、冷静な口調で質問をしていく。
「それで……なぜにお前が、今、この場にいるんだね? 計画では、到着は明日の夜だったはずだが……しかも、積み荷がすべて無事だと?」
「じ、実は……その、信じ難いとは思いますが……初日はバクスの村に宿泊したのですが、次の日に、ネルって冒険者が空を飛んで……」
ドゴール男爵は、そこまで話を聞くと苛立ちを隠すことなくトライゾンを睨みつけ、飲んでいたワイングラスをトライゾンへと投げつける。
投げられたワイングラスがトライゾンの横を抜けて壁に叩きつけられて砕け散る。
ドゴール男爵は鼻息荒く、葉巻を手に取ると火をつけていく。
トライゾンは、バクス村で本来接触予定になかった盗賊達が姿を現した事実と、同時に夜中の間、襲撃が行われたはずだが、積み荷が無事だった事実を自身が分かる範囲で説明していく。
次第に苛立ちを拳の形に変えていくドゴール男爵。そして、最後までトライゾンが説明を終わらせると、怒号が室内に響いていく。
「つまらぬ報告をしおって……出ていけ! キサマの顔など見たくもない!」
そう言われたトライゾンは頭を恭しく下げてから、室内を後にする。
「くっそ……サスタ商会の馬鹿女といい、使えない馬鹿どもしかいないのか……使えない連中ばかりだ……」
そこまで口にしたドゴール男爵は、不意に黒い感情を爆発させる。
「そう、使えない奴らばかりなら、金で働く奴を向かわせればいいんじゃないか……多少金額が掛かっても構わん……このワシに逆らう奴は絶対に許さん!」
感情を隠さないままにドゴール男爵は笑った。
領内の傭兵団を呼び出すことを決めたドゴール男爵は、すぐに執事を呼びつける。
話を聞いた初老の執事は、困ったように言葉を返す。
「お言葉ですが……旦那様、傭兵などを使うのは、些か軽率かと……」
執事の発言にドゴールが怒気を強める。
「キサマもワシに逆らう気か! お前の仕事はワシに言われた通りに動き、頷くことだろうが!」
「かしこまりました。旦那様のお言葉に従います……」
ドゴールは笑みを浮かべる。
「サスタ商会も、ワシに恥をかかせたあの冒険者共も……絶対に許さん!」
ドゴール男爵の私兵──約400人。
ドゴール男爵領の傭兵団──150人。
更に領民から金に困っている者たちが50人ほど、金につられて集まり、総勢600人の大部隊ができあがっていく。
本来なら、戦をするための兵力を、冒険者個人と一つの商会に向けることを決めたドゴール男爵は既に自身の勝利を確信していた。
そんなドゴール男爵に裏切られたと勘違いした盗賊達がドゴール男爵領に到着する。
当然、正面から戦うような真似はしない。
むしろ、そんな大それた行動を起こせる人数も戦力も盗賊達には残っていなかった。
「頭、どうします? なんか……領内が騒がしいみたいだぜ?」
「だな、頭……これを見てくれよ! ドゴールのやつが金で兵士を雇いたいらしいぜ」
「見せてみろ! なになに、報酬が一日、銀貨2枚か……悪くねぇな、ドゴールのやつを狙うにしても、今はマズいからな……」
ドゴール男爵が金で兵士を集めている事実を知った盗賊の男達は、仕方ないと計画を変更することを決めた。
盗賊達は、そのままドゴール男爵の計画に参加することにしたのである。
圧倒的な人数が集まっている中、更に兵を集め、膨れ上がる戦力を見れば、長い物には巻かれるのは当然だろう。
長く生き残るために得てきた経験が男達にそれを決断させた。
そうして、600人を超える戦力に膨れ上がったドゴール男爵の兵が、トライゾンの報告にあった冒険者2人……つまりはネルとアシミーの元に向かって移動を開始する。
ドゴール男爵は、2人の冒険者を捕らえて、領内で暴れたと因縁をつけることで、権利を使い冒険者ギルドとサスタ商会に謝罪をさせ、会長であるサスタに絶望を与えようとしていた。
あまりに楽観的な思考の中で作られた計画だが、既にドゴール男爵も引けなくなっており、計画を止めるものは誰もいなくなっていた。
ただ、兵達に与えられた命令は、ターゲット2人を捕まえるか、始末することのみであり、顔が無事なら何をしても構わないという酷い内容だった。
ドゴール男爵領から進軍を開始した兵達だったが、その進行はすぐに停止することになる。
兵達の前に姿を現したのは、緑を基調とした庶民的なドレスを身に纏った女性であり、あろうことか、行く手を塞いだのである。
本来ならば、女性1人が道を塞ごうと、進軍する軍勢の脚を止めることなど不可能だ。
普通なら……ただ、グリーンのドレスに身を包んだブロンドヘアの女性は幸の薄い表情で笑みを浮かべていた。
淡い水色の瞳と緩く笑う顔は不気味な印象を与えると同時にただならぬ危機感を兵士達に与えた。
「キサマ! 我々はドゴール男爵様から命令を受け、犯罪人を捕えるために進軍していると知っての無礼か!」
そう口にした兵士に女性は言葉を返さずに軽く悩むと、何かを理解したように、片手に握っていたトラベルバッグを地面に置くと徐ろに片手を中へと伸ばす。
警戒しながら様子を窺う兵士の横から、傭兵団の1人が慌てて声を張り上げる。
「ヤツを殺せ! そいつは“断頭”だ! 武器を構えろ! 断頭のモルアナ・アンネロッタだぁぁぁ!」
傭兵団の声に周囲がざわめくと同時に、モルアナ・アンネロッタと呼ばれた女性は、トラベルバッグに入るはずのない巨大な戦斧を引き出すと地面に突き立てる。
両手が自由になったアンネロッタは、その場でカーテシーを行うと初めて声を奏でた。
「初めまして……私はモルアナ・アンネロッタと申します……サスタ商会の依頼で金品の回収に来たのですが……」
自己紹介を口にするアンネロッタに傭兵団の団員達が前に出ると、未だに状況を理解しない兵士達に向けて怒鳴り声を放つ。
「何してる! 早く攻撃を開始しろ! 死にたいのか!」
その言葉に兵士が馬を走らせると剣を抜き、勢いを載せてアンネロッタへと斬りかかっていく。
向かってくる騎馬に一瞬、視線を向けてからアンネロッタは空を見上げる。
「赤い雨が降るには最適な天気だと思いませんか? あはぁっ!」
ニヤリと笑みを浮かべると、アンネロッタは片手で巨大戦斧を握り、騎馬に向けて駆け出していく。
正面に向けて勢いのままに振り下ろされた巨大戦斧が馬に跨った兵士の肩口から胴体を馬ごと両断する。
「ぎゃあ──ガハッ!」
「あら、力が強すぎて……挽き肉になってしまったのね……可哀想に……でも、頭は無事みたいで良かったわねぇ……」
傭兵団員はその光景に再度、声を上げる。
「一斉にかかれ! アイツを殺さないと全滅するぞ!」
アンネロッタ1人に対して、600人の軍勢が戦闘態勢に入り、その場が一瞬で戦場に変化する。
そんな悪夢のような戦況で笑うアンネロッタ。
混乱する私兵達が傭兵団の動きを鈍らせると、その一瞬で、巨大戦斧が振り払われ、次々に先頭で立ち尽くす兵士達の頭部が宙に吹き飛び、地面に落下していく。
アンネロッタがその場に停止すると、地面が微かに蠢き出し、足元から植物が広がり、落下する頭部を包み込む。
植物に包まれた頭部が地面に次々に並べられていくと、頭部の口から白い花が咲き、咲いた花が即座に枯れる。
枯れた花から種が作り出されると、その光景に兵士達の背筋に冷たい滴が流れ出す。
種が更に発芽するとまるで意志でもあるかのように動き出し、あろうことか頭部を失った胴体に寄生するように潜り込んでいく。
そして、兵士達にとっては初めての、傭兵団からすれば、戦場の悪夢として知られた光景が作り出される。
アンネロッタは、巨大戦斧を地面に一度、突き立てると両手を広げ、天を見つめながら喋り出す。
「さぁ……素敵なダンスパーティーの時間かしらぁ……恥ずかしがる必要なんてないのよ……みんな頭は空っぽにして、楽しみましょう……あはぁ……」
両手を広げて笑うアンネロッタの周囲を首なし兵達が剣や槍を握り、動き出していく。
“戦場の冒涜者”
“断頭の悪女”
“死人使い”
戦場で語られるアンネロッタの悪名は計り知れない。ただ、そんな言葉を持ち帰れた存在に、敵として対峙したものは、1人として存在していない。
そのすべてが味方側として、戦った者達であり、つけられた異名は、敵として対峙したなら逃げろという戒めであった。
傭兵団員が震えた声で質問を口にする。
「ガウス団長……逃げれると思いますか……」
ガウスと呼ばれた大柄の男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「逃げられるなら、とっくに逃げてるさ……ただ、逃げても助からないだろうな……あの性悪女は、植物使いだからな……ここが砂漠ならって思っちまうよ……ったく!」
「どうする気なんですか、団長……」
「俺達は“火竜の団”として、アンネロッタを始末するだけだ……野郎ども! 死んだら酒が飲めなくなるぞ! あの女をぶっ殺して、最高の酒を飲むとしようじゃねぇか!」
「「「オオォォォッ!」」」
ガウス率いる“火竜の団”が声を上げた瞬間、アンネロッタが一気に駆け出していく。
アンネロッタの動きに気づいたガウスが眉間にシワを寄せる。
「チッ! バカにしやがって、俺の首はそんなに安くねぇぞ! 断頭女がァァァッ!」




