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『行く先々で問題を起こす“煙の魔女”とパーティーを組んだんだけど、私の胃は限界かもしれない』  作者: 夏カボチャ 悠元
家族の形、いるべき場所といたい場所

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43、トライゾンとの決着?目的地ドゴール男爵領

 荷馬車の襲撃から、数時間後の朝、荷馬車が無事な事実をその目にしたトライゾンは表情を凍らせていく。


 本来の計画は、バクス村での盗賊襲撃により、商品の破損と冒険者の護衛失敗を理由に依頼継続不可の状況を引き起こすはずだった。


 トライゾンからすれば、失敗後に冒険者ギルドへと向かい報告するだけの簡単な仕事であり、その後、2人にはドゴール男爵に謝罪させ、品物の賠償責任に巻き込んでいく計画だった。


 そんなシナリオは、常識よりもステーキを優先するような生き方を選ぶネルの前では無意味であり、更に襲撃を実行した盗賊達はあっさりと撃退されている。


 しかし、その事実を知らないトライゾンは、自分が裏切られたのではないかと内心焦り出していた。


 青ざめた表情のトライゾンの横でネルが大きな欠伸をしていく。


「ふぁ〜! ボクちゃんは眠気の限界だよぅ。アシミーちゃん、癒しておくれよぅ」


「私だって眠いわよ。ほら、顔を洗ってきなさい。目が覚めるわよ?」


 トライゾンの目の前で交わされる日常会話、そのあまりにも平和な光景にトライゾンは困惑した。


「おい、亜人の……アシミーだったな……見張り中に問題は無かったか?」


 アシミー:正直に話したら、問題になるんだよなぁ……でも、戻ってから積み荷のチェックはしてたから、その後のことかしら?


「昨晩、積み荷のチェックをされてからは問題は無かったと思うけど……なにかあったんですか?」


 トライゾンはアシミーの言葉に眉を一瞬動かすとすぐに返事を返した。


「何もないなら構わん! 準備ができたら出発するぞ! 飯が必要なら早く買ってこい。ふん!」


 慌てて、そう口にしたトライゾンは不機嫌そうにロバに餌を食べさせていく。


 その態度にアシミーは軽く溜め息を吐くが、昨晩にグラードの街で買っていた食料があるため、それを朝食としてネルと食べることにする。


 ネルとの朝食を素早く済ませるとアシミーは、ネルに本音を語る。


「正直、しんどいわね……もう少し態度がマシなら助かるんだけどなぁ」


「それにはボクちゃんも同意だよぅ。本当にそう思うなら、今から依頼を断らないかぁ〜い?」


 渋い表情のネルを見て、アシミーは頷きながらも小さな声で返事を返す。


「無茶言わないでよ……本当にもう……」


 会話をしながら、食べ終わった食事の包み紙を片付けていると、トライゾンが戻ってくる。


「お前ら、出発するぞ! いつまで飯を食べてるつもりだ!」


 トライゾンの言葉にネルがムッとするが、アシミーが宥めて止めていく。

 そうして、準備を済ませるとバクス村を後にする。


 荷馬車がゆっくりと動き出すと、のんびりとした速度にネルが初日とは違い軽く苛立ちを顕わにしていく。

 ロバがどれだけ急ごうが、荷馬車を引きながらの移動では、速度など出せるはずもないのは当然と言えた。


 トライゾンもまた、昨晩の襲撃について、苛立っており、厳しい口調でロバに向けて文句を口にする。


「この馬鹿ロバが! 役に立たないと売っぱらっちまうぞ!」


 ロバもその言葉に反応するように、悲しそうに声を出すと必死に荷馬車を引いていく。


 しかし、限界はやってくる。ただし、限界を迎えたのは、ロバではない。


「や〜めた……アンタの依頼は面白くないやぁ〜」


 ネルがそう呟いた瞬間、トライゾンが睨むように視線をネルへと向ける。


「依頼中にふざけるな! 依頼を放り出すなら、冒険者ギルドに訴えてやるからな!」


 だが、アシミーがそこに、間髪入れずに口を挟む。


「トライゾンさん。ごめんだけど、私も正直、限界だわ。だから……ネル、お願い」


 アシミーの言葉にネルが嬉しそうに口角を吊り上げる。

 三日月形の笑みからギザ歯が剥き出しになるとすぐにネルは両手を広げていく。


「あいあいさ〜。アシミーちゃんから、許可が出るなんて珍しくてボクちゃん感動だよ〜」


 トライゾンが次の言葉を口にする前にネルが馬鹿げた殺気を放っていく。


 当然ながら、常人が向けられていいレベルの殺気ではなく、脅しや威嚇の範囲を容易く越えていく。


 殺気を直接向けられたトライゾンが怯むとネルはゆっくりとした口調で喋り出す。


「別にボクちゃんとアシミーちゃんは、この場から居なくなるなんて話をしてる訳じゃないのさぁ。ただ、アンタと積み荷を最速で届けて、サヨナラするだけの話だからねぇ」


 そこまで口にすると、トライゾンも必死に反論する。


「ふざけるな! 何が最速だ……積み荷があるんだぞ……」


「なら、賭けてみるかぁ〜い? 昼までに目的地に到着できなかったら、依頼料は全部返してあげるよぅ〜」


 ネルの発言にトライゾンが呆れたように声を上げる。


「馬鹿なことを! ドゴール男爵領までは、このロバを連れてあと二日の距離だぞ!」


「だから、賭けなのさぁ……もしできたら、ロバ君をボクちゃんが貰っちゃうけどいいかなぁ〜どうする?」


 その時のトライゾンは怒りと昨晩から続く不可思議な出来事、更に不安が入り交じり、冷静な判断が下せずにいた。

 本来、出来ないことを賭けに持ち出す輩などいるわけがない。そんな判断すら出来ないほどにトライゾンは疲弊していたのだ。


「やれるなら、やってみろ! 本当に出来るなら、ロバの一頭や二頭くれてやる!」

 

 ネルはニヤリと笑うとロバを見つめる。


「ロバ君……おめでとうじゃないかぁ。キミは今日から、ボクちゃん達の非常食に決定さぁ〜」


 その瞬間、ロバが絶望の表情を浮かべ、同時にアシミーが声を荒らげる。


「ロバは食べたらダメ! 可哀想でしょ!」


「えぇぇぇ! ロバ君は絶対に美味しいお肉になるはずなのにぃ〜」


「絶対にダメだからね!」


「仕方ないなぁ……なら、我慢するしかないなぁ……そんじゃ、気を取り直していこうじゃないかぁ〜」


 突然、大量の煙がネルを中心に舞い上がると荷馬車を包み込む。

 一瞬で地面と荷馬車の間に広がっていく煙にトライゾンは慌て出すが、そんな姿を無視したネルは更にパチンっと指を鳴らす。


 わざとらしく、頭を下げたネルは、ニヤリと笑みを浮かべた表情を見せる。


「さぁさぁ……レディース&老人とロバ君、今から不思議な空の旅を始めようじゃないかぁ〜!」


 くるりとその場で回ると次に煙の馬【煙馬モクバ】が四頭姿を現す。


 立派な煙の巨馬が即座に荷馬車へと繋がれる。

 次に積み荷から、人に至るすべてが煙に縛られて固定されていく。


 トライゾンがネルに向けて、声を上げる。


「何のつもりだ、まさか、最初から積み荷を奪う気だったのか!」


「勘違いしないでおくれよぅ……ボクちゃんは蜂蜜は大好きだけどさぁ……こんな量じゃ、すぐに無くなっちゃうじゃないかぁ〜。それに……ボクちゃんてば、採れたてが一番好きだからねぇ」


 次の瞬間には、ネルの合図と同時に【煙馬モクバ】と荷馬車が大空へと浮かび上がり、駆け出していく。


 本来であれば、何時間も掛かる坂道を数十秒で抜け、その勢いのままに凹凸おうとつの激しい泥道を無視して進む。


 空を進む荷馬車は地上から見れば、巨大な入道雲のようにすら見えていた。

 そんな巨大な煙の塊は風に押されるようにして、目的地であるドゴール男爵領へと一直線に向かっていく。


 ネルの言葉を現実にするように移動した結果、ドゴール男爵領に到着したのは、太陽が真上から多少傾いた頃だった。


「ありゃ……ボクちゃんとしたことが、お昼を回っちゃうなんてぇぇぇぇ!」


 そう叫んだネルは悔しそうにロバを見つめた。


「ロバ君……キミを非常食にする約束が守れなかったよぅ〜。許しておくれよぅ」


 ロバが一歩後退しながら、小さく鳴くと、ネルは残念そうに溜め息を吐いた。


 アシミー:あれ本気だったのね……ロバ君たら、危うく焼肉にされちゃうところだったのね……


 ただ、トライゾンだけは、言葉を失ってしまっていた。

 本来の予定と計画がすべて狂った結果、なぜか目的地に一日半で辿り着いてしまっていたのだから、その心境に生まれた混乱と困惑は計り知れない。


 ネルは溜め息を吐きながら、トライゾンに視線を向ける。


「はぁ……まぁ、気を取り直して……ボクちゃん達は、片道の約束は果たしたし……ボクちゃん達はこれで、おさらばだょ〜」


 トライゾンは無言で小さく頷いた。それを確認したアシミーも同様に頷くと、ドゴール男爵領の入口でトライゾンと別れたのだった。


 依頼は成功したが報酬はネルが賭けたために、ゼロであり、更に一日半、トライゾンの小言をBGMとして聞かされた散々な指名依頼となっていた。


 そんな酷い内容だったが、2人は、なぜか笑っていた。


「本当に損な依頼だったわね……」


「はは、間違いないねぇ〜。でも、アシミーちゃんと大空デートも出来たし、ボクちゃん的には最高だったよぅ〜」


 2人はゆっくりとグラードに続く道を静かに歩き始めたのだった。

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