40、夕食はいつもの店で?
指名依頼を受けたアシミーとネルは、待ち合わせ時間に遅れた事実を雇い主であるトライゾンに謝罪していく。
「あ、あのすみません……ネルが……なかなか起きなくて」
「ふぁ〜。だから、ボクちゃんは言ったじゃないかぁ……朝は苦手なのさぁ……アシミーちゃん、朝ご飯を食べてからにしようよぅ」
アシミー:ネル、お願いだから、今は黙って……
ネル:朝ご飯食べないとボクちゃんはやる気出ないなぁ。
ネルとアシミーの普段通りのやり取りに2人を待っていたトライゾンはアイシャの顔を見てから、苛立ちを顕わにする。
「──依頼主を前になんだ、この態度は!」
「ですよね……今からでも、他の冒険者に依頼を変更しますか?」
「……いや、もういい! 今すぐ出発するぞ」
苛立ちを隠さないトライゾンは、アシミーとネルに向けて「早く乗らんか!」と、声を出すと冒険者ギルドを後にする。
最初から、問題だらけの出だしにアイシャは苦笑いを浮かべて3人を乗せた馬車を見送った。
「大丈夫かなぁ……依頼主のトライゾンの爺さんが心配だねぇ……まぁ、ギルドとしては、送り出したわけだから報告待ちかな……ふぅ」
アイシャ:ネルがバカやらないといいんだけど……アシミーがいるから多分大丈夫だよね?
* * *
トライゾンの荷馬車を引く大型のロバはゆっくりとした足取りで道中を進んでいく。
揺れる荷台でネルはつまらなそうにロバを見つめる。
「ロバく〜ん? もう少しガツガツ走れないのかぁ〜い?」
御者台に座り手綱を握るトライゾンが、ネルの発言に怒鳴り声を上げる。
「無茶を言うな! 積み荷があるんだぞ。段差で品物が割れたらどうする!」
トライゾンの言葉に不快感を表情に出したネルは、アシミーに視線を向ける。
ネルを宥めるアシミーは小さく溜め息を吐いた。
アシミー:本当に胃が痛いわ……やっぱり断るべきだったかなぁ……このままだとネルが怒りを爆発させる前に私の方がダウンしそう……
ネル:せっかくのアシミーちゃんとの遠出なのにさぁ〜、つまんないな〜。
2人を荷台に乗せた馬車は速度を上げることなく進んでいく。
最初の村であるバクス村に到着したのは日も暮れ始めてからだった。
村の入口に置かれた椅子に腰掛けた爺様が不思議そうに馬車を見てから尋ねる。
「なんだねぇ、こんな時間に村にようかね?」
「いや、すまないが、宿屋を探しててな。馬小屋付きの宿屋はあるかい?」
トライゾンの質問に爺様が村に一軒しかない宿屋を教えていく。
「そこなら、馬車も置けるだろうさ。小さな村だが、ゆっくり休んでくれ」
トライゾンは爺様に軽く頭を下げると、足早に宿屋に向かってロバを進ませる。
村に入る際の検査などはなく、簡単に入れた事実にアシミーは、内心で唖然としてしまっていた。
「随分と不用心な村ね……盗賊なんかに狙われたら、とか考えないのかしら?」
「アシミーちゃん、グラードの街が近いからだよ。あのロバが無駄に遅いだけで、普通はこんなに時間の掛かる距離じゃないからねぇ〜、ボクちゃんなら一時間も掛からないかなぁ?」
2人が会話をしている間に、1人、トライゾンは宿屋へと向かう。アシミーは多少の不安を感じながらも宿屋から出てきたトライゾンに質問をする。
「あ、あのトライゾンさん……荷馬車はどうする気なの?」
質問に対して、さも当然と言った雰囲気で口を開くトライゾンの言葉にアシミーは目を丸くした。
「昼からの出発を提案したのはお前らだろうが! 移動中に休んでた分は荷物番として、馬小屋で働いてもらうからな!」
「な! わかったわよ……食事くらいは食べる時間を貰うわよ」
「勝手しろ。ただ2人同時に離れたりするなよ! あくまでも見張りが仕事なんだからな、いいな!」
嫌味な態度にアシミーは、多少の不快感を表情にしたが、すべてを呑み込むように頷く。
話が終わるとトライゾンは、1人宿屋に入っていき、アシミーとネルは、荷馬車へと向かう。
馬小屋に入ったアシミーは、怒りを顕わにしていた。
「まったく、酷い依頼だわ! 何が“勝手にしろ”よ! しかも、“2人同時に離れるなよ!” イライラして仕方ないわ!」
「アシミーちゃん荒れてるねぇ? 早い話がさぁ〜荷物から離れなければいいだけの話じゃないかぁ〜」
マイペースなネルの態度にアシミーは冷静な返事を返す。
「それは……そうだけど」
悪い笑みを浮かべたネルがアシミーへ近づくと、耳打ちをする。
アシミーは、ネルの言葉に顔を二度見していた。
「はあ……ネル、それ本気で言ってるの?」
「本気も本気の大本気さぁ〜ボクちゃんは嘘は言わないからねぇ〜あはぁ」
2人は、門番の居ないバクス村の入口を背にして、外へと歩き出していく。
次第に小さくなる村の入口を振り返りながら、アシミーは小さく呟く。
「本当にいいのかなぁ……色々と問題がある気がするんだけど……」
「大丈夫さぁ〜ボクちゃん達は晩御飯を食べないとじゃないかぁ。その為には食料が必要なのさぁ、 むしろ、自分だけ宿に泊まるような相手に遠慮なんて無駄じゃないかぁ〜」
ネルはそこまで口にすると、静かに煙草を咥えてから火をつける。
アシミー:落ち着いてるけど、これってかなりマズい気がするのよね。依頼放棄みたいな扱いにならないかしら……むしろ、犯罪者にでもされたら……考えたら胃が痛いわね。
ネルの提案で、2人は夕食の為にバクス村から、積み荷を乗せた馬車とロバを連れて村の外を歩いている。
「それじゃ、ロバ君も大人しく座ってておくれ〜! 今から楽しい楽しいお出掛けにご案なぁ〜い」
1人で上機嫌に声を発したネルにアシミーも、ロバも唖然とした顔を浮かべるが、しかし、ネルの発言を理解したように、ロバは大人しく指示に従い荷馬車の横に移動するとしゃがみこんだ。
ネルは煙草から吐き出した煙を操り、円を描く。
作られた煙の輪から馬の形を黒い煙が姿を現す。
馬同様の嘶きと共に力強い煙の蹄が地面を踏み締める。
驚きを表情に出したアシミーは混乱していた。
「え、何よそれ!」
「え? ボクちゃんの【煙技・煙馬】だよぅ〜」
そう口にしたネルは、指をパチッと鳴らすと、【煙縄】を発動させ、それを平べったく広げ、荷馬車からロバ、アシミーと、足元から順に包み込んでいく。
「何する気なのよ……正直、あんまり聞きたくないんだけど……」
アシミーがそう口にすると、ネルは口角を三日月形に変化させる。
「酷いなぁ〜! ボクちゃんがいつ間違ったことをしたって言うのさぁ〜? 失礼しちゃうなぁ、まったくぅ〜?」
アシミー:いつもなのよ……何回も間違ってるのよ……無自覚なの? 無意識なの! はぁ……
ネルは煙で作った縄を【煙馬】に繋げると、勢いよく荷馬車に乗り込んでいく。
「さぁ、出発さぁ! 美味しいご飯を食べに行こうじゃないかぁ〜」
「出発ってどこに向かうのよ!」
「え? グラードにあるタクマの食堂だけど? ボクちゃんってば、あの店のステーキが大好きだからねぇ! さぁ、レッツゴー!」
煙の馬は、軽く地面から浮遊した状態で駆け出した。
浮遊した状態の馬車は昼に通って来た道を一気に移動すると、瞬く間に通常の馬車以上の速度を出して進んでいく。
アシミー:こんな移動の仕方ありえない……ネルってば、どんだけ便利なスキルがあるのよ。
「さぁ〜、空から一気にいくとしようかぁ、掴まらないと舌が無くなっちゃうからねぇ〜ロバ君もアシミーちゃんも気をつけておくれよぅ〜!」
そう口にしたネルが指を再び鳴らす。【煙縄】から煙の縄が作り出され、積み荷から順に荷馬車、アシミーとロバといった形ですべてをしっかりと固定する。
次の瞬間、丘の上から空中に向かって勢いよく【煙馬】が飛び出していく。
「ま、待ってネル! い、いやぁぁぁ! 死ぬぅぅぅぅ!」
そのまま、舞い上がった馬車が空を駆け出していく。
絶叫したアシミーを見て、ネルが軽く微笑んだ。
「あはぁ〜! アシミーちゃんは大袈裟だなぁ? それより見てみておくれよぅ〜綺麗な星空だと思わないかぁ〜い?」
夜の星空に浮かぶ巨大な煙、あたかも、一つの雲のように見える馬車は、グラードの街に向けて月夜を駆けて行くのだった。




