39、ギルドの問題児に指名依頼?
ネルとアシミーはグラードの街から、一日ほど距離の離れたあぜ道をロバに引かれた荷馬車に揺られながら進んでいた。
荷台の上で横になった状態のネルの隣でアシミーが大きく伸びをする。
「う〜ん! はぁ〜、やっと日常が戻ってきたって、気分だわ」
「大袈裟だなぁ〜? ボクちゃんからしたら、アシミーちゃんと毎日一緒だから、普段通りなのにさぁ」
アシミー:何が普通よ! サスタさんと、この数日何があったか考えてよ……思い出しただけで胃が痛くなるわよ……本当に……
アシミーとネルがロバの荷馬車に揺られている理由、それもまたサスタ商会の商会長であるサスタが少なからず関係していた。
冒険者ギルドでの話し合い以降、ネルとアシミーの2人は良くも悪くもグラードの街で有名になってしまっていた。
そんな中、グラードの街での蜂蜜販売を諦めた老人から、名指しの護衛依頼が冒険者ギルドに持ち込まれる。
* * *
──2日前の冒険者ギルド──
その日、アシミーは、冒険者ギルドに1人呼ばれていた。
困惑しながらも、呼び出しの理由をギルドカウンターへと確認しにいく。
アシミーを見て、アイシャが手招きをすると、一枚の依頼書をカウンターへと置いていく。
依頼書には指名依頼の文字が書かれており、アシミーは震える手で確認してから、アイシャに向き直る。
「アイシャ、本当に私とネルに名指しの依頼なわけ……間違いとか、同姓同名の別パーティーとかじゃないの……」
不思議そうに質問を口にするアシミーにアイシャがカウンターから身を乗り出し声を上げる。
「同じ名前のパーティーなんていないよ。あと言い方ね……名指しじゃなく、指名依頼だから、まったくもう……ただ、ネルまで指名されてるのが……ギルド側としても悩みなんだよ」
頭を抱えるように額に手をあてるアイシャは表情を曇らせ、深呼吸をしていく。
アイシャ:なんで……なんで、アシミーとネルがパーティーなんだよ。アシミーだけなら、まだ何とかなる依頼もあるのにさぁ……
悩みの種はネルであった。
アシミーとネルがパーティーを組んでから、冒険者ギルド内には問題が度々と持ち込まれており、トドメのクイーン騒動である。
悪評は尽きることはなかった。しかし、同時に荒事にも2人を向かわせれば良いのではないかと、いう意見もあり、冒険者としてよりも、“ギルドの疫病神”として冒険者ギルドでは悪名を轟かせつつあった。
アイシャ:本当に嫌になるよな……ギルドとしては依頼を受けて、親切……かは知らないけど、真面目にとにかく……やってるってのにさ。
一呼吸をおいてから、アイシャは2人に届いた指名依頼について説明していく。
「依頼内容だけど、2人には荷馬車の護衛を依頼したいってことらしい。日数は往復で約6日って感じになるかな?」
アシミーがアイシャの説明に相槌を打ちながら、質問をする。
「肝心な目的地は?」
「うーん……それなんだよな。依頼は護衛だけど、向かう目的地はドゴール男爵領なんだよ。ペルグさんからも蜂蜜騒動でトラブルのあった男爵様って聞いてるからさ、どうするよ?」
アシミー:正直、行きたくないわね……他の誰かを紹介してほしいんだけど……
渋い表情を浮かべるアシミーを見て、アイシャが愛想笑いを浮かべる。
「そんな顔しないでよ。アタシだって他の冒険者を案内したんだけどさ、まぁ生憎……相手はアンタ達をご所望でさ……で、どうする?」
アシミー:この場にネルが居たらなぁ、きっと即答なんだろうけど……それにこの依頼、2人で決めないとマズいよね……
早朝の静かな冒険者ギルド内で、アシミーは自分1人で来てしまった事実に後悔していた。
「う〜ん……一旦、宿屋に戻ってネルに聞いてくるわ。どちらにしても、私達2人が対象の依頼だし、1人で決められないわ」
アシミーの言葉にアイシャは、小さく頷いて見せる。
「確かにねぇ。まぁ……ギルド側から言うのもアレだけど、オススメポイントは少ないかな、唯一あるとしたら、依頼料が金貨4枚ってバカ高いくらいだしさ」
「金貨4枚!」
アイシャの発言にアシミーの声がギルドに響いた。
「シー! バカ、声がデカいから、いくら早朝でも冒険者は居るんだよ」
慌てて、口に手をあてたアシミーに、アイシャがジト目を向けると小さく溜め息を吐いた。
アシミーは、深呼吸すると指名依頼の内容をメモに書き出して、冒険者ギルドから宿屋へと戻っていく。
冒険者ギルドの外に出たアシミーは、軽く悩んでいた。
アシミー:今回の依頼、報酬はかなりいいのよね……普通の護衛依頼なら、良くて金貨1枚、悪くて銀貨1~3枚だし……
アシミーの頭の中で無数の硬貨が並んでいく。
銀貨10枚で金貨1枚。
大銅貨20枚で銀貨1枚。
銅貨100枚で銀貨1枚。
日常生活を考えれば、銅貨、大銅貨が基本的に使われる。銀貨を使えば、屋台で釣りが足りなくなることもあるため、指名依頼の報酬は破格と言えた。
アシミーの心は金貨4枚という言葉を前に、リスクを考えながらも揺らいでいた。
悩みながら、グラードの安宿に戻ったアシミーは、ベッドで気持ち良さそうに眠るネルに視線を向ける。
アシミー:私がこんなに悩んでるのに……なんか、理不尽だわ。
ベッドに歩み寄り、ネルを起こそうとアシミーが手を伸ばす。
そんなアシミーを寝ぼけたネルがガッシリと両手を伸ばして掴みかかる。
「アシミーちゃんだぁ……あはぁ〜」
力強く抱き締められ、ベッドに引きずり込まれたアシミーは抱き枕のようにホールドされ、一瞬で身動きが取れなくなっていた。
「放しなさいよ……ネル、起きて! 変なところ触らないでって……ネル、起きてってばぁぁぁ!」
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───
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「あはは〜ボクちゃんたら、夢だと思ってごめんよぅ」
「ネルってば! 絶対、途中から起きてたでしょ! もう!」
ネルに散々抱き枕にされたアシミーは両手を組んで頭部の触腕まで真っ赤にしていた。
ベッドで座った状態のネルは、両手を合わせてアシミーに謝罪する。
「そんなに怒らないでおくれよぅ〜悪気はコレっぽっちもないんだからさぁ」
「悪気がないのも問題なのよ!」
「それよりも、朝からギルドに行ってたんじゃなかったっけぇ〜? 何があったのかなぁ〜ボクちゃん的には、アシミーちゃんが何をして来たかの方が気になるなぁ〜」
話を逸らすように質問するネルにアシミーは本題の指名依頼について話し始める。
成功報酬、日数、指名が2人のみに限定されている事実、すべてをネルへと話していく。
悩んでいたアシミーとは違い、ネルは目を輝かせた。
アシミー:反対するって感じじゃないみたいね。ネルもやっぱり、金貨4枚なんて報酬を聞いたら、欲が出るのかしら? 知らなかったわ。
ネル:アシミーちゃんと馬車で旅行だなんて、最高じゃないかぁ〜。焚き火で魚と肉を焼いて、いっぱい楽しい時間を過ごせちゃうなんて、文句なしの依頼だね。
「ボクちゃんは大賛成さぁ〜! いつから行くんだぁ〜い……まさか今からじゃないよねぇ? 今からだとしたら、釣り竿とか、替えの服とか、必要な荷物を用意しないとじゃないかぁ〜」
「待って、待ってよ……まだ依頼も正式に受けてないから……とにかくギルドに行きましょう、ネルもいないと話にならないわ」
「そうだねぇ……ボクちゃんとアシミーちゃんの2人きりの依頼をゆっくり楽しまないとだもんねぇ〜あはぁ!」
アシミー:依頼主もいるから、2人きりにはならないんだけどね……って、言っても今は無駄みたいね。
冒険者ギルドに到着した2人は、カウンターで声を上げる老人に視線を向けていた。
「だから、早く依頼を伝えんか! 最大の報酬で依頼を出しただろうが!」
一方的な態度で声を上げる老人にアイシャが営業スマイルで対応していく。
「ですから、指名依頼と言いましてもですね……冒険者側に依頼を受けるか否かの選択権がありまして……返事をお待ちください」
アイシャ:はぁ……これだから、金を出す依頼者は面倒なんだよ! 規定額なら、こっちも強気に出られるのにさぁ! あ、アシミー……と、ネル……来ちゃったか。
アイシャの視線に気づいたアシミーは、老人に触れることなく、アイシャへ喋り掛ける。
「アイシャ、依頼の件で話に来たんだけど……忙しそうね?」
アイシャ:アンタらの依頼主なんだっての!
「そんなことはありませんよ。こちらが指名依頼主のトライゾンさんです……」
引き攣った笑みを浮かべながら、ギルドの受付嬢として、アイシャは依頼主である老人を紹介していく。
そんな受付嬢モードの姿を見たアシミーも苦笑いを浮かべつつ、依頼について話し合いが開始される。
トライゾンの依頼内容は積み荷の護衛とドゴール男爵領までの依頼主の警護依頼であり、積み荷を奪われたり、破壊された場合は達成報酬は払われないというものだった。
アシミー:正直、渋いわね……積み荷が蜂蜜だからなのもあるけど、何かの拍子に入れ物が割れてもアウトじゃ、割に合わないわね……
アシミーがネルに視線を向けると、次の瞬間、ネルの言葉に耳を疑ったように驚いた表情を浮かべる。
「つまり、みんな無事ならいいんだよねぇ〜。はい、サインしたよぅ! 明日の朝にギルドで待ち合わせだと、ボクちゃんが早起きしないといけないから、昼からでいいよねぇ?」
そうして、話し合いになる前に、ネルが契約書にサインを記入する。
次の日、昼の冒険者ギルドの前で、寝坊したネルを必死に引っ張るアシミーの姿があり、アイシャは、深い溜め息を吐くことになった。




