37、商人の戦い……サスタの覚悟
36話が間違っていました。今は正常な状態で投稿させて頂きました。申し訳ありませんm(_ _)m
馬車が冒険者ギルドへと到着すると、それを合図に後方を走っていた馬車からペルグが慌てた様子で駆け出してくる。
それに続くように同行していた冒険者ギルドの職員達は二手に分かれ、片方はペルグの元に駆け寄り、もう片方は冒険者ギルド内へと駆け出していく。
冒険者ギルドに向かった職員達と共に、数名の人影が外へと姿を現すと身なりの良い初老の男性がゆっくりとした足取りで馬車へと向かってくる。
身なりは良いが、纏う雰囲気は貴族とはまったくの別物だった。
きっちりとした正装に身を包んだ初老の男性は、胸ポケットから金時計を取り出し確認すると、立派な口髭に手を伸ばし小さく首を縦に振る。
男性は、商業ギルドのトップであるアバリシア商業ギルド長であり、ペルグはアバリシア商業ギルド長の姿を見て、慌てて声を出す。
「アバリシア商業ギルド長、中でお待ちいただく約束だったはずじゃありませんかな?」
ペルグの視線にアバリシアは軽く笑うと、金時計を胸ポケットへと仕舞っていく。
「なに、ペルグ殿があまりに時間を無駄にするものでな……ワシ自ら、話を纏めてやろうと思っただけだよ」
アシミー:なんか、馬車の外で大物同士が揉めてるし、本当になんなのよ……蜂蜜採取のクエストを受けただけだったはずなのに……
アシミーの不安そうな表情とは、真逆のネルは外のやり取りを聞いて怪訝そうな態度を見せる。
「賑やかだねぇ……無駄なノイズはボクちゃん嫌いなんだよねぇ……あぁ、やだやだ……」
次の瞬間、ネルが馬車の扉を勢いよく粉砕すると、アバリシアに向けて飛び掛かる。
その行動にペルグが全力で腕を前に伸ばし、咄嗟に防御に入る。
焦るアバリシアに対して、ネルがギザ歯を剥き出しに微笑むと声量を上げていく。
「やっぱり、静かにさせるには、この方法が一番だよねぇ〜あはぁ!」
ネルの発言にペルグが怒号を上げる。
「またお前か! ギルドの問題だけでも、面倒だってのに、挙句の果てに商業ギルド長を狙うとは、いい加減にしろよ!」
「真面目だなぁ……ボクちゃんはちゃんと手加減してるじゃないかぁ……本当に殺す気なら、最初から全力でいくさぁ、うるさいから黙らせただけだからねぇ〜」
そう口にしたネルの背後から、サスタが何食わぬ顔で馬車から降りると、アバリシアに笑い掛けて見せる。
「これは……無様な姿じゃないか? グラードの商業ギルド長は、地面に座るのが趣味なのか? 『サスタ商会』としては、考えられない感覚だが……自身の身の程をわざわざ明らかにするならば、正しい判断と言えるな」
挑発されたアバリシアは“キッ”とサスタを睨むが、そのまま立ち上がる。
「フン! 成り上がりのサスタ商会が随分と偉そうじゃないかね? 身の程を弁えるのがどちらかなど、一目瞭然だろうにね」
アバリシアの発言にサスタは羽虫でも見るような視線を向けて、嘲笑うように口元を隠してみせる。
「あら、今日はゴミがよく捨ててあるみたいだな? しかも、騒音を鳴らすゴミなら、すべて溶かしてしまいたくなるじゃないか」
冷たく言い放たれた言葉にペルグだけでなく、言われた張本人であるアバリシアも、周囲の関係者達も一斉にざわめき出す。
「キサマッ! 商業ギルドのマスターであるワシに向かって……『サスタ商会』だったな、キサマの商会をグラードの商業ギルドから除名してやるからな!」
「あら怖い……つまり、我が商会が保有する転送陣も使って貰えなくなるわけか、残念じゃなぁ。精々上手くやれるとよいですなぁ。我が商会は商業ギルドの言い分を喜んでお受けするとしよう」
その言葉にアバリシアは“クスクス”と肩を震わせた。
「言ったな! 商人同士の約束は口約束でも、商業の神によりすべてが仮契約になると言うに……誰か! 紙とペンを!」
「それには及ばんさ、我がしっかりと用意してやろう。有り難く確認するがよいぞ」
手早く、契約書を作成したサスタは、それをアバリシアに手渡すと内容を確認させる。
契約書の内容は以下のものになる。
・サスタ商会は、グラードの街において、商業ギルドから離脱する。
・サスタ商会は、商業ギルドに所属する商店、並びに商人との取引を一切行わないこととする。
・サスタ商会は、商業ギルドからの支援、並びに税金の免除を停止される。
書かれた契約書の内容を確認するアバリシアは、目を細め、細かな一文すら見落とさないように隅々まで何度も読み直していく。
サスタは、楽しそうに笑みを浮かべる。
「この内容で満足か? 問題なければ、サインをするがよいぞ」
アバリシアも同様に勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「よかろう、愚かなるサスタ会長に笑いが止まらんよ。ほら、書いてやったぞ!」
魔法文字で書かれた契約書が輝き、商人同士による商業の神の名を借りた絶対の契約が完了した瞬間だった。
内容を改めて確認したサスタは満足そうに契約書を半分に割くと片方を自身の懐へとしまい、片方をアバリシアへと手渡した。
「なら、我らは帰るとするか……話し合いの必要が無くなったからな」
そう口にしたサスタが馬車に戻ろうとすると、ペルグが慌てて止めに入る。
「些か、勝手な振る舞いが多くないか。いくら、ネルとアシミーの同行人と言っても看過できんぞ!」
行く手を阻むペルグにサスタはニヤっと口角を緩めて一枚の契約書を服の裾から取り出す。
取り出された契約書はアシミーとネルが馬車でサインした物であり、その内容にペルグが驚きながら、身を震わせた。
「──アバリシア商業ギルド長、すべて終わりだ。最初から商業ギルドは相手にされてすらいなかったらしいな」
ペルグの発言に周囲が騒めき、アバリシアは訝しげな表情で質問を口にした。
「何を言っているのかね? ペルグ殿、商業ギルドが相手にされていないとは、どういう意味だ?」
「最初から選択肢がなかったって意味だ。既に……クイーンの幼体は発見者から、第三者……つまりは、『サスタ商会』の会長であるサスタ殿に移ってる」
ペルグの態度にサスタが満面の笑みを浮かべ、分かりやすく挑発的な仕草を交えて返事をする。
「あらあら、流石はギルドマスターだな。言葉の使い方を理解してすぐに使えるらしい。我も悪ふざけをし過ぎたから、今までの無礼は許そうじゃないか……妹弟子とアシミーの立場もあるだろうからな」
「クッ……感謝する。サスタ殿」
アバリシアは小さく動揺した。その場を仕切るはずの立場にあった商業ギルドが完全に無視され、その実、本来交渉するはずだった対象を別の存在に奪われた後だったからだ。
さらに言えば、既に『サスタ商会』とグラードの商業ギルドは一切の取引を行わないとアバリシア本人が独断で決定してしまっていた。
本来、冷静に判断する立場の商業ギルドにおいて、1人の人間が──それがギルド長であろうと決議も取らずに暴走するなど、有り得ないことであり、その結果が損失を生むとなれば、アバリシア本人の立場すら危うくしてしまっていた。
すべてを理解したアバリシアは、冷静な態度で馬車に足をかけたサスタに声を掛ける。
「わ、わかった。今回はワシにも、色々と失礼があった。少し感情的になってしまった……どうかね? サスタ商会長殿、もう一度話し合わないか?」
「ご冗談を……我が商会は、商業ギルドとの如何なる取引や交渉をグラードで禁止されたばかり、無理難題を口にされては困るというものですよ。アバリシア商業ギルド長」
「サスタ商会長殿……些か、意地を張りすぎではないかな。其方にとっても商業ギルドとの取引は、なくてはならないものでしょう」
「お生憎、我の商会は既に動いておるよ。街中が騒がしくなると同時に商会の人間がグラードに金をばら蒔いていたことだろう」
これは商業ギルドにトドメを指す為の一言だった。
『サスタ商会』は、クイーンに何らかの問題があった場合、グラードの街に売られている蜂蜜をすべて買い占めるようにサスタから教育されていた。
即ち、今回のクイーン討伐の真意がグラードに伝わる前から、討伐される可能性を予想して、『サスタ商会』は事実確認をする前から既に動き出していたのである。
本来、商人は損失を恐れ、確実な情報にしか金銭を動かさない。その行動はサスタもしっかりと理解していた。
だからこそ、グラードの街に存在していた“キラービーナの蜂蜜”は、販売された分を除けば、そのほぼすべてが『サスタ商会』により買い占められていた。
その事実を1人知るサスタは悪魔のような笑みをアバリシアに向けるのだった。




