35、完璧なお茶会を……招かれざる客人?
案内された室内に入ったネルとアシミー。
ネルは楽しそうに室内を見渡し、アシミーは緊張した様子で微動だにしない。
サスタは長椅子から立ち上がると2人に優しい声色で話し掛ける。
「いつまで立っているつもりだ? 早く座るがよい。すぐに茶を運ばせるからな。蜂蜜も好きなだけ使ってよいぞ、販売用ではなく、我個人の品を出すからな」
サスタが喋り終わると、タイミングを見計らったように、扉がノックされる。
「会長。お茶の用意をさせていただきたく、入室してもよろしいでしょうか?」
男性の声が扉越しに聞こえるとサスタは軽く返事を返す。
「構わぬよ。早速、最高の茶を振る舞ってくれ」
返事が返されると室内に数台のティーワゴンが押されてくる。
商会の人間達が一切の無駄がない洗練された身のこなしで紅茶をカップへと注いでいく。
アシミーがその様子を眺めていると、サスタはクスクスと軽く笑う。
「かなり興味があるようだな? ならば、自己紹介は紅茶を飲んだ後にするとしようか。まずは飲んでくれ、我が商会で取り扱う最高級品の茶葉だからな」
アシミー:すごいキレイな動き……見てるこっちまで楽しくなるわね。あんな動きで紅茶を入れるなんて、商会って……やっぱり人にもお金かけてるわね……。
ネル:可哀想だなぁ〜こんな席に呼ばれるなんてぇ。一つの失敗でサスタ姉はお仕置きしちゃうだろうから……さすがのボクちゃんも今は茶化せないなぁ。
静かながらも、優雅な雰囲気で注がれた紅茶が配られ、サスタは静かにカップを持ち上げていく。
次の瞬間、カップを持ち上げたサスタの手が止まる。
その瞬間、商会の人間達が一斉に青ざめていく。
サスタはカップの下側に指を伸ばし、指を一周させてから呟いた。
「あらぁ……僅かにカップの底が削れてるじゃないか、誰が用意したのか……教えてくれるかい?」
震える商会の人間達の中から1人の若い女性が一歩前に踏み出すと、すぐに両手を地面につける。
その行動が答えであり、他の商会側の人間達は安堵と同時に無念そうに俯いていく。
静かに女性を見つめるサスタが立ち上がろうとした時、不意に扉がノックされる。
「ご歓談の最中に申し訳ございません。会長にお話があると冒険者ギルドから早急に取り次ぎ願いが来ております……」
扉越しの報告が終わる前にサスタは不快そうに返事を返す。
「冒険者ギルド? 我は用がない。帰らせよ」
サスタの返事に慌てて小さな声が返される。
「それが……冒険者ギルドの……そのギルドマスターであるペルグ・ランテ氏が直接お越しでして……“アシミー・ノーク”様と“ネル・ニルガル”様を迎えに来たと……」
アシミー:私達を探しに来た感じかしら……やっぱりギルドに急いで行くべきだったかしら……でも、勿体ないし、蜂蜜をもう少し入れた方が甘くて美味しいわね。
サスタは気怠そうに呟く。
「いないと言うには無理があるか……本当に行動が素早くて嫌になるのぅ……仕方ない……話くらい聞いてやるとするかねぇ」
そうして、サスタが返事を返そうとした瞬間、扉の外から、報告に来た従業員の慌てた声が室内にまで響いていく。
「お、お待ちください! 今、確認をしておりますので!」
「緊急だ! 悪いが待てん!」
廊下から聞こえてきたペルグの声に、サスタは呆れた様子で軽く肩を竦めると徐ろに片手を伸ばし、人差し指をクイッと動かす。
ドアノブが、意志を持ったようにゆっくりと回り、“ガチャ”と扉が開く音が廊下と室内に小さいながらしっかりと響いた。
「本当に騒がしくて堪らんな。まぁ、わざわざ来たなら仕方ないとするか……招かねざる客人を相手するのも、商人の嗜みだからな。早く入りなさい……我は有象無象に時間を与えるほど暇でないのだからな」
扉が開かれ、ペルグが入室すると、その姿を見たネルとサスタは同時に笑った。
サスタ:あらあら……本当に冒険者ギルドのペルグじゃないか。なんでまた、ギルドの頭が我の商会に来るのか……いや、理由は既に明白か。ペルグ以外が来ても追い払ってお終いだったろうからな……いい勘をしてるじゃないかい。
ネル:本当に元気なオジサンだなぁ……ボクちゃんからしたら、真面目すぎて嫌になっちゃうなぁ……とりあえず、サスタ姉に任せちゃおっと。
室内に入ったペルグは、真剣な面持ちで口を開く。
「急な訪問は謝罪する。サスタ商会長。ただ、その2人は冒険者ギルド側の人間のため、連れ戻しに来た所存だ」
室内の雰囲気が一瞬で変化すると、サスタが手を軽く上げる。
それを合図に地べたに頭を下げた女性以外の人間達が、一斉にティーワゴンを片付け始め、そそくさと退出するために頭を下げていく。
サスタは頭を下げたままの女性に向けて、軽く声を掛ける。
「お前も下がるがよい。今回のミスは許そうじゃないか……次があれば、指が要らないと考える。そのつもりで励むがよい。よいな?」
女性は慌てて「ありがとうございます……サスタ会長」と返事をすると、立ち上がり頭を下げ、退出していく。
従業員が退室した室内は異様な空気に包まれていた。
最初こそ要件を伝えていたペルグも言葉を言い淀んでいる。
その空気を吹き飛ばすようにネルが口を開く。
「はぁ〜静かすぎて、ボクちゃんは退屈しちゃうなぁ〜サスタ姉……あまりオジサンを虐めたら可哀想だよぅ?」
「ネルよ? 我を謀るようなことを言うべきではないぞ? 妹弟子でも許せなくなるからな……わかるか?」
「謀るなんて、そんなことしないさぁ〜。たださぁ、サスタ姉が殺気を出してるから、オジサンも喋れないのは事実じゃないかぁ〜」
ネルの言葉にサスタは軽く微笑む。優しそうでありながら歪んだ笑みが口角を吊り上げる。
「あらあら……この程度で臆するだなんて……冒険者ギルドは、サスタ商会の足元にも及ばないのかのう……可哀想な殿方が頭だなんて……滑稽じゃないかい」
サスタは手を口元に運び、声に出して笑う。
それを合図にペルグの全身から闘気を放っていく。
「婦人相手に気を遣いすぎたらしいな……力量を計り間違えると泣きを見ることになりますぞ。サスタ商会長?」
その瞬間、アシミーを除いた3人が火花を散らすように視線をぶつけ合う形になっていた。
アシミー:私は場違い感、半端ないなぁ……
アシミーが入口に視線を向け、ゆっくりと身を屈ませて扉に移動しようとすると、それに気づいたペルグが何故か勝ち誇ったように深みのある笑みを浮かべた。
「どうやら、話し合いの必要はないらしい。アシミー、すぐにギルドに戻るぞ」
ネル:それは面白くないなぁ……ボクちゃんの笑顔が消えちゃうくらいイライラしちゃうじゃないかぁ……アシミーちゃんはボクちゃんのアシミーちゃんなのにさぁ……
それがトリガーとなり、ニヤけていたネルが飛び跳ねるように立ち上がると、ペルグとアシミーの間へと割って入る。
「アシミーちゃん? ダメじゃないかぁ……知ってても、オジサンの言いなりなんて、ボクちゃんは心配だよぅ……とくに裏のある場合は、注意しないとねぇ」
ペルグとネルが向き合い、視線がぶつかった瞬間だった。
サスタ「はぁ……まったく、仕方ないヤツじゃ! ここが潮時ぞ。交渉には幾つかの駆け引きが必要だが……今回は失敗じゃな。まったく、交渉を妹弟子にぶち壊されるなど、損な展開だのぅ」
止まる気のないネルにサスタが目を細めながら、微笑みを向ける。
最初にペルグへと、放たれていたのは殺気と威圧を混ぜ合わせながらも黙らせるためのものだった。
しかし、今、ネルに向けられているのは、生易しい脅しではなく、純粋な殺気でしかない。
そこに存在するのは、子供を諭す親や知識を教える為に厳しくする教師といった存在が向ける忠告とは程遠い、圧倒的な上位からの支配だった。
サスタは涼しい表情でゆっくりと口を開く。
「ギルドマスターさ《・》ん《・》。今回は無礼を許すが、次はないぞ……ネルも師匠の弟子ならば、もう少し周りを見よ……よいな?」
許す。
諭す。
すべての言葉がサスタの口から紡がれる。
しかし、表情だけが優しさを凍りつかせているのもまた事実だった。
さらにサスタが新たな提案を口にするとペルグの表情が一気に険しくなる。
「そうじゃ、幼い妹弟子とその友人を大人だけの話し合いに向かわせるのは、一商人として心配でなぁ、我もついて行ってやろう。もし問題があるなら、我は2人と1匹を絶対に商会から出すことはしないぞ?」
それは、選択を与えながら、答えを一つに絞るような問い掛けであり、ペルグとサスタは互いに顔を見合わせるのであった。




