34、嘘と真実は公平に?
グラードの街中で起こった突然の戦闘は既に大勢の目に触れた結果、騒ぎになっていた。
クイーン騒動で、街を巡回していた自警団員も騒ぎに気づき、サスタ商会へと大人数の団員達が移動を開始していた。
次第に集まる武装した自警団員を前にしたアシミーは、クイーンの幼体を両手に抱いたまま固まっている。
アシミー:本当に……大問題じゃない……なんでこんなに騒ぎばっかり起こすのよぅぅぅ!
自警団の1人が一歩前に出るとその場の全員に向けて問い掛ける。
「なんの騒ぎか! 商業の街グラードでの争いは、即投獄行きだと知らんのか!」
勇ましく声をあげる自警団員を筆頭に15名ほどの武装した団員達が睨みを効かせるように周囲を取り囲んでいく。
彼ら自警団員は知らなかった。彼らが声を荒らげ、武器を向けた相手は、ただの悪人やならず者ではないのだ。
団員達の前にいるのは、最悪の存在を意味する魔女である。
ただ、問題はネルは通称が“煙の魔女”であり、世間には知られていない存在であり、サスタは自身を“溶鉛の魔女”と世間に名乗っていない事実だった。
サスタは、武器を構える団員達を前に感心したように目を細める。
「ほぅ……我を捕らえて何を欲するのか……話より、魂で語らいでやろうじゃないか」
サスタの言葉に団員達が身構えると、ネルが慌ててサスタに声を掛ける。
「サスタ姉……それを言うなら、拳だよね? 魂で話すとか、それじゃ両方ともゴーストじゃないかぁ〜まったく、早とちりなんだからさぁ」
サスタは、一瞬、考えるような仕草をすると頷いてみせる。
「そうであったか……なら、一方的ではあるが、魂に聞くだけにしておくとしようかのう。我もまだゴーストになる気はないからな」
「それが正解だよねぇ〜! さぁ、遊ぼうじゃないかぁ〜あはぁ!」
アシミー:いやいや……ダメだから!
笑いながら、拳を握るネルとサスタ、身構えたまま、動かない自警団員達を前に、アシミーは割って入ると声を上げる。
「ストップ、ネル! 自警団をぶっ飛ばしたら、絶対にダメなのよ!」
アシミーの言葉に反応したのは、自警団達であり、ネルより先に動いた自警団員達がアシミーを取り囲む。
「お前も関係者だな。一緒に来てもらうぞ! な! こいつ! 魔物を街に持ち込んでるぞ!」
その声に、アシミーに周囲の視線が一斉に集まっていく。
「ま、待ってよ! たしかに、魔物だけど……この子は違うのよ……護らないといけないから、仕方なく連れてきただけなの……」
アシミーは必死に説明を口にするが、自警団員は止まらずに近づいていく。
「どんな理由があろうが、従魔でない魔物を街に入れるわけにはいかん! バケットが起こした魔物暴走に、ベスパの森では、ヌシが暴走……これ以上の問題を増やす真似はさせんぞ!」
既に自警団は、暴れていたネルとサスタから標的をアシミーに移し、その手に握られた武器の先端が向けられていた。
だが、自警団にとって、最悪の一手だったことを、その場の誰も気づかない。
事実に気づかせたのは、自警団の背筋を凍りつかせるような悪寒だった。
視線の主が、ギザ歯を剥き出しに怒りを露わにしていく。
「アシミーちゃんと、虫に触ったらバラバラにするよ……約束だからねぇ、虫が死んでもダメだからねぇ……あと、忠告は一度しかしないよ?」
冷たく静かな言葉だった。普段のネルからは発せられないようなその声は自警団だけでなく、アシミーや、様子を窺っていた野次馬達も眉一つ動かすことが出来なくなっていた。
ゆっくりとアシミーに向かうネルは目を見開き、不機嫌そうな表情を浮かべる中で口角だけが三日月のように上がっていく。
自警団達は、握った武器を小刻みに震わせており、真横を抜ける瞬間に斬りかかれる距離でありながら、誰1人として、動くことはない。
正確には、ネルの殺気と同時にサスタが禍々しく纏わりつくような視線を向けており、自警団は動くことが、喋ることが──すべての動作一つが死を告げると本能で感じていた。
アシミーの傍まで歩み寄ったネルは、大きく両手を開くと、無言でアシミーをしっかりと抱きしめていく。
一瞬のことに、周囲からも驚きと困惑が入り交じった視線が2人に向けられる。
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ネルは震えた声でアシミーへと謝罪していた。
「ごめんよぅ……ボクちゃん。サスタ姉に会って、浮かれてたから……アシミーちゃんを馬鹿にしたゴミを見逃しちゃったよぅ……」
突然のことにアシミーは困惑していた。しかし、ネルの謝罪は続いていく。
最終的に、アシミーがネルを慰める形になり、数分の間、周囲だけが時間を止めてしまったような不思議な空気に包まれていた。
「大丈夫よ。ほら、謝らないでいいのよ。まったくもう、そう思うなら我慢も覚えなさいよ? 我慢してたら、こんな問題にならなかったのに」
身長の低いアシミーにしゃがみながら謝るネルは、頭を撫でられる姿になっており、誰もが違和感を感じる光景だった。
しかし、そんなネルを見たサスタは静かに口元を緩ませる。
「あらあら……本当にネルは優しい番を見つけたみたいじゃないか。姉として我は嬉しい限りだよ……それで自警団の君達は、どうしたいのか、分かりやすく話してくれるかい?」
呟くように語ったサスタは最後に自警団に向けて質問を口にする。
自警団は言葉を発さなかった。
喋るべきか、黙ったままでいるべきかの、判断をしかねていた。
サスタは困ったように首を傾げると、日常の独り言を呟くように声を出す。
「おや……黙りじゃないか。つまり、騒ぎは収まったから、お喋りもお終いってことでよいかのう? まぁ、我としても商会の先に花でなく、首を飾るのは、本望じゃないからなぁ……分かるかのう?」
そんな問い掛けに、自警団の1人が静かに首を縦に振る。
1人が頷き出すと、自警団員達は下を向いて小さく頷いていく。
サスタは笑っていた。
「よかった。後で、君達の詰所に騒ぎを静めたお礼の品を持っていかせるのでな……あ、そうだ……忘れてはいかんのう」
サスタは自警団を見つめながら、首をありえない角度まで曲げると目を見開く。
薄紫色の瞳がギョロリと自警団に向けられ、美しく整った顔が不気味に笑う。
「嘘がつけないように……嘘が嘘にならない為に……この言葉を忘れないでくれるかい……我としては、騒ぎは1回に抑えたいのでね……」
そうして、自警団はその場から逃げるように去っていった。
ただ、自警団の彼らは自分の腕や身体の一部に小さな痣が浮かんでいる事実に気づくことはない。
サスタは、逃げ去る自警団を見送ると、アシミーとネルへと視線を向ける。
サスタから視線を向けられているにも関わらず、未だに気づかない2人。
ネルに抱きしめられたままのアシミーは、必死にネルの抱擁から抜け出そうともがいていた。
「わかったから、ネル。ほら、立ち上がりなさいよ。街の真ん中なのよ」
「わかってるけど、もう少し抱きつかせておくれよぅ〜、ボクちゃんはアシミーちゃんが大好きなんだからさぁ〜」
アシミー:そんな理由で、街中で抱きついてるなんて、ありえないでしょ! しかも、力が強すぎて、クイーンを抱えたままじゃ外せないのにぃ!
ネル:無理やりボクちゃんを突き放さないアシミーちゃんはやっぱり、優しいなぁ〜! サスタ姉にも、ちゃんと紹介してあげないとだよねぇ〜!
2人のやり取りを見つめていたサスタが呆れた様子で声を掛ける。
「仲がいいのは構わないけど、一旦、商会の中で話さないか? 立ち話では、注目を集めてしまうからね。どうかな、亜人のお嬢さんと魔物の子もおいでなさい」
そう告げたサスタは、アシミーの返事を聞かずに商会の中へと入っていく。
アシミーは、驚きながら、ネルへと問い掛けた。
「え、あの……ネル、どうしよう」
「いいじゃないかぁ〜。サスタ姉が中に入れてくれるなら、ボクちゃんは喜んでお邪魔するよ。アシミーちゃんも行こうよぅ〜」
アシミー:そうじゃなくて! ペルグさん達に会いに行かないとなんだけど……はぁ、話なんて聞いてないよねぇ。
溜め息を吐きながら、ネルに手を引かれたアシミーは、『サスタ商会』の中へと歩いていく。
グラードの街を代表する『サスタ商会』の中は広く煌びやかであり、外であれほどの騒ぎがあったにも関わらず、商会に訪れていた客達にそれを気にする様子はなかった。
アシミー:外の音が商会に入った瞬間なくなったみたい……逆に不気味ね……
商会の扉を再度開き、外に顔を出すアシミー。
扉が開かれると同時に商会の中にも確かに街の騒音が流れ込んでいく。そのまま扉を閉じると、すべての音が遮断されていく。
アシミー:おかしいでしょ……なんでサイレントのスキルみたいになるのよ。
悩むアシミーにネルの声が叫ばれる。
「アシミ〜ちゃん! 早くきなよぅ。迷子になったら大変だよ」
アシミーは不思議そうに扉を見つめながらも、ネルが呼ぶ方向に視線を戻すと歩き出す。
サスタ商会の職員スペースを抜けた先に、豪華な装飾が施された扉が姿を現す。
扉の先は、明るく絢爛豪華な雰囲気とは真逆の薄紫の壁紙に包まれた不気味な廊下が続いていく。
一番奥の部屋に辿り着くと、ネルとアシミーは室内に通される。
2人が室内に入ると、サスタは既に奥の長椅子に腰掛けた状態で優しく笑みを浮かべていた。




