33、グラードの街へ、商会長は、危ないお姉さん
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ネルはアシミーにクイーンのコロニーについてのみを語った。
ネルの説明を聞いていたアシミーは、驚いたように返事をする。
「クイーンってそんな風にして、種を守るのね……人間の女王って身勝手なイメージだけど……驚いたわ」
「そうだろう〜ボクちゃんは、物知りなのさぁ〜。そして、何よりも淑女だからねぇ」
アシミー:いやいや、確かに物知りだし、淑女って言われたら、否定はできないけど…… ただ、ネルはなんか違うのよ……何かしら、この煮え切らない感じ……
ネル:アシミーちゃんが、悩んでるみたいだねぇ……ボクちゃんの知識を知りたいのかなぁ〜ボクちゃんは博識だからねぇ。
鼻高々なネルにアシミーは渋い顔を浮かべながら、肩を落とす。
「そうね……淑女ってなんなのかしら……私には分からないことばっかりよ。とりあえず、今はペルグさん達を待たないといけないのよね」
アシミーの発言にネルが首を傾げる。
「待つ必要なんてさぁ、無いんじゃないかぁ〜? ボクちゃん達は、クイーンを持ってるんだよぅ〜。つまり……お願いされる立場であって、待たされる立場じゃないのさぁ」
ネルは立ち上がるとアシミーを見つめる。
そんなネルの視線にアシミーは、仕方ないと言わんばかりに両手を伸ばして立ち上がる。
「仕方ないわね。それに待つなんて約束した覚えもないし、ネルの言葉に従ってあげるわ」
「さすがアシミーちゃんだねぇ。ボクちゃん達ってば、いい感じに親友だよねぇ〜」
「そういう時は、コンビとか、パーティーみたいに言うのよ……まったく……ふふ。なら行きましょうか」
互いに笑みを浮かべた2人はベスパの森からグラードの街へと歩き出していく。
ネルとアシミーが街に辿り着くと、既にグラードの街は大騒ぎになっていた。
グラードの街からも巨大なクイーンの姿を確認出来てしまった事実とその後にクイーンが断末魔を上げ、倒れる姿が確認出来たからである。
慌てて走る住民と忙しない人々の中、両手を頭の後ろに組み、口笛を吹きながら歩くネル。
アシミーは不安そうに呟いた。
「大騒ぎね……ペルグさん達、大丈夫かしら……」
「あのオジサンなら、ボクちゃんが殺さない限り、死なないだろうから大丈夫さぁ〜」
「不謹慎よ! まったく……それより、急いでギルドに向かわないとなんだからね!」
ネル:本当にアシミーちゃんは、ギルドが好きだなぁ……ボクちゃんは、2人でお散歩デートしたいのにさぁ〜。
そんな騒がしいグラードの街中を抜けて商業エリアの大通りを進む2人はある商会の前で怒りを露わにする身なりのいい男を見て立ち止まっていた。
「ふざけおって! このワシを誰だと思っておる! これっぽっちしか、品物がないだと! 使えぬ店じゃ!」
怒鳴られていた商会の従業員が必死に頭を下げる。
「大変申し訳ございません。ドゴール男爵様のご要望にお応え出来ないことは、商会としても心苦しい限りでありまして」
ドゴール男爵と呼ばれた男は謝罪に対して、更に態度を大きくすると、従業員を罵倒していく。
「誠意が足りないんじゃないかね? まぁ、無能な貴様に何を言っても、変わらぬだろうがな! フン! 行くぞ。馬車を出せ」
商会の前に停められた馬車に乗り込もうとしたドゴール男爵がネルとアシミーの視線に気づくと苛立った表情のまま、口を開く。
ドゴール「小汚い亜人と薄気味悪いガキか……物乞い風情が気に食わん。グラードも落ちぶれたものだ。不快でしかないわい」
ドゴールの言葉にアシミーが拳を握ったと同時だった。
並んでいたはずのネルの姿が一瞬で消える。
次の瞬間には、ドゴールが乗り込もうとしていた馬車の上に姿を現すと目を細めながら口を開く。
「あはぁ〜! ボクちゃんの大切なアシミーちゃんをバカにするような、空っぽの頭に刺激をプレゼントしてあげちゃうよぅ〜!」
アシミーが慌てて叫び声を上げる。
「ま! 待ちなさいよ!」
タイミングを同じくして、ドゴールは怒りの矛先をネルへと向ける。
「なんだ貴様! 汚い足で馬車によじ登りおって! 早く降りんか!」
「残念〜ボクちゃんは止まれません!」
振り上げたネルの腕が鋭い煙の刃に変化すると、笑いながら、馬車へと叩きつける。
突然の爆音と同時に馬車の天井が弾け飛ぶ。
周囲からの視線が集まる中、ネルは冷たい視線をへたり込んだ状態のドゴール男爵へと向ける。
「あはぁ……ボクちゃんの耳がすご〜く、悪くなっちゃったみたいでさぁ、アシミーちゃんにさっきなんて言ったのか、もう一回聞かせておくれよぅ?」
アシミー:ネ、ネルのおバカ! 貴族相手に何してるのよ……普通に考えて一番ダメな行動してるじゃないのよ!
「き、貴様、ワシにこんな真似して……ただで済むと思ってるのか……誰か! 警備でもいい! こいつを捕まえろ! そうだ! こいつを捕まえたら、さっきの話は許してやるぞ!」
叫びながら、ネルを睨むドゴール男爵。しかし、そんな声を無視するように商会の扉が開かれていく。
ドゴール男爵と最初に話していた従業員が扉を開き、深々と頭を下げながら、震えた声で商会から歩いて来る女性に向けて、謝罪の言葉を告げる。
「会長、すみません……私では手に負えない為、ご足労を……」
会長と呼ばれた女性が静かに頷き、頭を下げる従業員の横を通り過ぎていく。
「構わぬさ……たまには、“転送陣”で自分の商会の様子を直接見るのも悪くないからな。それで、困ったゴミがドブ川みたいな臭い文句を垂れているんだろう? 直接話そうじゃないかぁ」
「会長……言い過ぎかと……」
「何が言い過ぎなものさ、ゴミはゴミ箱に、汚物は下水に……間違ってないだろう? 間違わないから、我が『サスタ商会』は大きく育ったのだからなぁ……否定する気かい?」
従業員は、慌てて首を左右に振る。
そんな会長と呼ばれた女性が、次に視線を向けたのは、ドゴール男爵ではなく、ネルであった。
「懐かしい香りじゃないか。久しぶりの再会が姉である我の店の前とは……しかも我より先にゴミ掃除とは、感心じゃないか、妹弟子よ」
ネルに向けてそう口にした会長の女性にネルが慌てて振り向くと、興奮したように声を大きくする。
「あれぇ〜! サスタ姉じゃないかぁ〜! どうして、いるのさぁ」
「本当にネルは……最初の挨拶がそれとは……我達が、師匠亡き後にあれだけ、苦労したというに……はぁ……」
アシミー:なんなの……ネルの姉って、というより、師匠とか、姉妹弟子みたいな話になってるけど……ネルの家族って認識でいいのよね?
ネルは馬車の上から慌てて、地面に降りると笑顔でサスタの傍に歩み寄る。
周囲もそんな光景を不思議そうに眺めていたが、ネルは両手を鋭い煙の刃へと変形させると目にも止まらぬ速度で、姉弟子であるサスタへと斬りつける。
タイミングを同じくして、サスタは、両手を禍々しい紫色の液体で包み込んでいく。
煙の刃を液体が包み込んだ瞬間、周囲に鼻をつくような刺激臭が溢れ出す。
「サスタ姉……容赦ないなぁ……」
「当然だろうに……溶鉛の魔女として、妹弟子であるネルに手加減などするわけがなかろう?」
ネルとサスタ、例えるならば、激物と劇薬がぶつかる様子に周囲は慌てて逃げ出していく。
間近でぶつかり合う光景を前にドゴール男爵も四つん這いで逃げ出そうとする。
ドゴール男爵の姿を見たサスタは、ネルの相手をしながら、冷めた口調で質問をする。
「おや? どちらに……我の部下では、話にならないと、我を呼びつけたのだろう?」
サスタの問い掛けにドゴール男爵の動きが止まる。
「わ、ワシが悪かった……何もない、むしろ、ワシが悪かった、だから……許してくれ」
「そうかい……迷惑料と転送陣の経費、我の手間賃と我が離れた結果、商会に生じた損害はすべて、お前が責任を持って払うんだな? ネル、悪いが仕事の話だから止まってくれるかい?」
ネルは軽く頷くと両手を下に下ろし、溜め息を吐きながら頷いた。
「仕方ないなぁ、でも仕事は大切だもんねぇ……」
2人の動きが止まると、ドゴールが一瞬、睨むような視線をサスタに向けたが諦めたように頷いた。
サスタは悪戯を見つけた時のような優越感に満ちた表情でドゴール男爵へと話を続けていく。
「なら、嘘がつけないように……嘘を嘘にしない為に……」
サスタは指先に蚊のような形をした小さな液体を作り出す。
作り出された蚊のような形をした液体がドゴール男爵の手に触れた瞬間、一瞬で姿を消すとドゴール男爵の手に小さな滲が浮かび上がる。
サスタは滲を確認すると、興味を無くしたように呟く。
「お帰りはお気を付けてください。嘘で身を滅ぼさぬように……」
ドゴール男爵は慌てて壊れた馬車に乗り込むと、馭者に向かって「早く出せ!」と指示を飛ばす。
ドゴール男爵が去った後、向かい合うネルとサスタ。
アシミー:完全に逃げ遅れたわ……私も逃げたいよ……




