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『行く先々で問題を起こす“煙の魔女”とパーティーを組んだんだけど、私の胃は限界かもしれない』  作者: 夏カボチャ 悠元
家族の形、いるべき場所といたい場所

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32、幼き日の悲しみ……2

 ネルとアゥトゥが出会った次の日、朝日に包まれるはずの空は靄がかかったように陽の光を避け、微かな光が朝であることを告げるのみであった。


「起きたかい。朝がきたなら、早く顔を洗いな。それから朝食の支度をするよ」


 そう告げるアゥトゥに、ネルは一瞬、身体をビクッと震わせる。


「──あの、おばあちゃん……ネルね、帰らないと……父さんと母さんがね……きっとネルを待ってるから」


 その言葉にアゥトゥは僅かに眉を動かすが話に触れることはない。


「いきなり、ばあさん呼びかい……まったく、早くきな」


 ただそう告げるとアゥトゥは部屋から出ていってしまう。


 ネル:怒らせちゃったかな……でも、おばあちゃんだし……それより、帰り方を聞かないと。


 慌てて部屋から出ようと立ち上がるネルは全身を震わせる。

 それは恐怖や不安ではなく、背中からくる痛み、包帯が巻かれているが、痛みは消えることのない現実だった。


「……父さんと母さん……が……待ってる……よね」


 そんな小さな呟きは否定も肯定もされることはなかった。


 ネルが顔を歪ませながら、ゆっくりと歩いて扉から一歩足を出した瞬間、目を大きく開き、目の前の光景に唖然とする。


 ネル:なんで、煙が料理してるの……掃除もしてる……


 アゥトゥは驚くネルに声を掛ける。


「夢だとか、言い出すんじゃないよ? アタシのスキルだからねぇ。それより、早く座りな」


 言われた言葉にハッとしたように、ネルはテーブルへと向かい椅子に腰掛ける。

 そんな座った椅子を引いた存在もまた人型の煙であり、ネルは痛みと混乱が入り交じったような視線を彼方此方に向けている。


「落ち着かないチビッコだねぇ?」


「ごめんなさい。あと、チビッコじゃないよ。ネルだよ?」


 アゥトゥ:幼いねぇ……両親に愛されて育ったか、自我が幼いか……どちらにしても、生きるには甘すぎるねぇ。


 アゥトゥは確認するように呟く。


「そうかい、ネルはネルって自分を呼ぶネルなんだね」


「え、えっと、ネルはネルで、だから……」


 アゥトゥの言葉に混乱しながら、小さく呟くネルにアゥトゥは言葉を続けた。


「食事が終わったら、その呼び方から直すとしよう。さぁ、食事を食べな。話はそれからだよ」


 言われるままに食事が開始されるとネルは、俯いたまま、微動だにしない。

 その様子にアゥトゥは、小首を傾げると質問する。


「どうしたんだい? 食べないのかい」


「だって、家以外で食べたら、怒られちゃうから……」


「そうかい、なら……食事は終わりだね。ついてきな」


 驚いたような表情を浮かべたネルを気にすることなく、口をナプキンで拭くとアゥトゥは外に繋がる扉の前へと歩いていく。


「何してんだい? 早くきなさいな、チビッコ」


「え、うん。あと、ネルはチビッコじゃなくて、ネルだよ。おばあちゃん」


「ふっ、そうかい。ネル、早くきな」


 外に出たネルは何度目か分からない驚きに包まれていた。

 家の周囲は白い霧に包まれており、右も左も同じ景色にしか見えない不思議な光景が広がっていた。


 アゥトゥは、一点を指さすとネルに告げた。


「この先にお前さんを拾った河原がある。川を遡ればお前さんが逃げる為に飛び込んだ村にも続いてるさ」


「本当に? 教えてくれてありがとう。おばあちゃん」


 ネル:でも、ネル……いつ逃げた話なんかしたんだろう……昨日かな……


 走り出そうとしたネルにアゥトゥが喋りかける。


「もし、次……この家に戻ってきたら、アタシの指示に従って勉強だ。嫌なら必死に走りな、いいね? 約束だよ」


「わかった。でも、ネルね。学校って行けないから、勉強できないの。だから……またね」


 ネルは、手を振ると駆け出していく。


 アゥトゥはネルの背中を見つめながら、寂しそうに呟いていた


「またね……かい、本当にそうなら、あの子も幸せだろうにねぇ……現実は残酷だねぇ」


 そんな背中を見つめるアゥトゥは、家には入らず、一瞬で自身の姿を煙に変える。


 白い霧の中をネルは全力で走っていた。全力といっても、それは背中の傷を含め、痛みに耐えながらの全力だった。


 ネル:ハァハァ……助けて、何、あの化け物……


 ネルは初めて見たキラービーナに追われていた。


 森に入ってすぐに方角が分からなくなったネルはカチカチッという音を耳にした。


 人がいると思い、音のなる方に走り出していく。


 それはキラービーナの顎から発せられる音であり、逃げるネルの物音に気づいたキラービーナ達が一斉に襲いかかる。


 ネルの背後から迫る羽音、顎から鳴らされる鉄を打ち付けるような金属音、そのすべてがネルへと迫っていた。


 数匹のキラービーナから逃げるネルは、木々がキレイになくなった平地に辿り着いていた。


 ネルは知らなかった。その場所がクイーンのコロニーであり、テリトリーに入ったネルの存在にクイーンが地中を揺らし、その巨大な姿を現す。

 同時に周囲から数十匹のキラービーナの大群が飛翔する。


 激しい共鳴が生まれ、顎をカチカチと鳴らし、羽音が更に大きな音を生み出していく。


「あ、あ、あぁぁぁぁ……」


 絶望の一言がネルの脳裏に過ぎる。

 最悪な光景を目の前にしたネルは息ができないほどの鼓動で内側から破裂してしまいそうになっていた。


 ネル:父さん……母さん……誰か、助けて、助けて、助けてよ……


「じにだくない……だ、だずげ……」


 そんな小さな懇願すら、無数の羽音に掻き消されていく。

 現実が小さなネルへと迫り、ネルは小さく呟いた。


「ハァハァ……ご飯……おなか……すいた……おばあちゃん……食べなくてごめんなさい……」


 キラービーナ達がネルに一斉に攻撃をしようとしたその時、霧が歪んだ。


 姿を現したのは、アゥトゥだった。ネルに迫っていたキラービーナ達が赤黒い煙に巻かれて、地面に落下していく。


「まったく、素直に食事は食べるものさ、少しは反省しな……さて、虫ケラが……アタシの弟子になる予定のチビに随分な態度じゃないかぁ?」


 周囲を包み込んでいた白い霧がアゥトゥの周囲に集まりだし、その形を次第に人型に変化していく。


「よく見ときな、これがアンタの学ぶスキルだよ。【煙技えんぎ巨煙きょうえん】、【煙死録もくしろく】……永遠に眠りなッ!」


 巨大な煙のゴーレムの腕がアゥトゥ同様に赤黒い煙に包まれるとクイーンを含むキラービーナ達をすべて焼き尽くし、周囲に灼熱の熱風が吹き荒れていく。


 涼しい表情を浮かべたアゥトゥは、腰を抜かしてへたり込んだネルを見て、呆れた表情を浮かべる。


「怯えてんじゃないよ。どんな時も笑いな。全力でねぇ……それが淑女しゅくじょってもんだよ。分かったら返事しな」


「あ、はい……」


「笑顔が足りないねぇ? まったく、最近の若いもんときたら……魔女と淑女しゅくじょってのは、豪快に笑うもんなんだよ。覚えときな! さぁ、帰るよ」


 ネル:え、でも……敵はまだたくさん……


 静かに周囲に視線を向けたネルは何度目かの驚愕に身を震わせた。


「全部、死んでるの……」


 驚くネルにアゥトゥが返事を返す。


「全部じゃないさ、アタシとアンタに敵意を向けた奴らは害虫扱いだ。クイーンの下には卵を守る為のコロニーがある……クイーンはそこに分体を用意してる。だから、全滅はさせてないさ」


 その日から、ネルとアゥトゥは3年という時を一緒に過ごすが、それは別の話であり、この短くも厳しい時間はネルの精神を成長させていくことになる。


 * * *


「ばあちゃん! 見てみて〜ボクってば、こんな大きな熊を捕まえたんだよ〜」


 4m級のオスのビッググリズリーを【煙縄もくなわ】で包み込んで運ぶネルは嬉しそうにアゥトゥへと手を振る。


 家の前で椅子に腰掛けながら、そんなネルに溜め息を吐くアゥトゥ。


「何度、言ったら分かるんだい? 淑女しゅくじょが、ボクなんて合わないもんだよ……読ませる本を間違えたねぇ……まさか、悪魔の童話から、ボクだなんて、まったく、ハァ……」


「ごめんよぉ……それより、ばあちゃん! はい、早く魔玉を戻さないと」


 ネルが手渡したのは『煙の支配者』のスキルを有した魔玉だった。


「そうさね……ゲホゲホ……【煙命えんめい】……」


 アゥトゥ:【煙技えんぎ煙活えんかつ】……さすがに限界だねぇ……最後の弟子がネルとは、柄にもなく心配で仕方ないねぇ……


 ネルとアゥトゥの別れの瞬間が近づいている事実をネルは知らなかった。

 満面の笑みを浮かべられるようになったネルは他人の死を気にしないようになっていた。

 魔物から始まった討伐訓練は次第に人に代わっていく。


 アゥトゥは適当な狩りの対象として、関係のない野盗や山賊をネルに狩らせていた。


 最初こそ、人を相手に戦えなかったネルに呆れたアゥトゥは、殺した山賊達のアジトに連れて行った。

 攫われて殺された村娘や生きながら慰みものにされて、死を望む女達を見せたのである。


「これが現実さ……逃がせば、同じことをするだろう……お前さんが生かしたゴミが、他人をゴミにするんだ……他人はどうでもいいが、ゴミを増やすんじゃないよ。それも淑女しゅくじょの嗜みだよ」


 そんな日常の中で、“悪”に対して、ネルは手を抜かないことを学んでいくことになる。


 アゥトゥの歪んだ思考がネルの中に芽生えていった。


 しかし、アゥトゥは魔玉を使えないほどに弱っていき、ベッドで過ごす日々が増えていった。

 煙人もくじん達が消えた室内は静まり返り、ネルが料理などをするようになる。


 アゥトゥは次第に食事も食べられないほどに、その身をやつれさせていた。


「潮時だねぇ……ゲホゲホ……ネル、アンタは、もう1人で生きてけるよ……こんなババアの世話はやめて、好きに生きな……」


「な、何言ってるのさ……ばあちゃん、大丈夫さぁ……少し調子が悪いからって大袈裟だよ。魔玉が使えないだけだしさ……ボクがいるから……」


 必死に明るく振る舞うネルにアゥトゥが力なく笑みを浮かべる。


「ボクかい……せめて、可愛く“ちゃん”でもつけな……ネル、大切な存在を見つけるんだよ……ただ、人は簡単に信じたらダメだよ……毎日笑って、たくさん好き勝手に生きて……ただ、淑女しゅくじょとして振る舞うんだよ。ゲホゲホ……ゲホゲホ」


 ネル「わかったから! ボクちゃんっていうし、いつも笑うから、大切な人も見つけるから……だから、無理しないでよ……ばあちゃん」


「約束だよ……ネル、泣くんじゃないよ……笑いな。アタシは……アンタに、あ……」


 アゥトゥ:最後に謝れないなんてねぇ……200年かい、長生きした結果が……最後にまた後悔だなんて、本当にこの世界には神も救いもありゃしないねぇ……ネル……愛してるよ……


 静かに呼吸をやめたアゥトゥは笑っていた。

 ネルも泣きながら笑っていた。


「ばあちゃん……約束だよね。ボクちゃん……ちゃんと笑ってたよ。だから、今だけは泣いていいよね……うわあぁぁぁぁぁぁ!」

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