29、決着、クイーン対ネル。まさかの真実?
互いが敵であると再確認するようにネルとクイーンの視線が重なる。
ネルの背後でその様子を見つめていたアシミーは驚愕していた。
Aランクの魔物が個人を敵であると認識することは珍しく、アシミーの冒険者人生でも見たことのない光景と言えた。
「ネル……なんか、クイーンが本気になってるみたいなんだけど、本当に何とかできるの……」
ネル:アシミーちゃんは、心配性だなぁ? ただ、ボクちゃんって、期待されたら頑張れちゃうタイプなんだよねぇ。
「あはぁ……大丈夫さぁ! だってさぁ、ボクちゃんは負けないからねぇ、今すぐに害虫駆除を始めようじゃないかぁ!」
ネルの言葉に反応するように、ゆっくりと動き続けていたクイーンが咆哮を放つ。
ネルへと前足を踏み出すと、一気に振り上げた前足をネルに振り下ろす。
“ズガンっ!”という音と共に土煙が上がり、アシミーは粉塵の先に叫び声をあげた。
「ネルゥゥッ!」
視線を逸らせないまま、茫然とするアシミー。
「いやぁ〜? ヤダなぁ……力任せじゃないかぁ、ボクちゃんの姿がアシミーちゃんに見えなくなっちゃうのも嫌だけど……Aランクがこの程度なのかぁ〜い?」
振り下ろされたクイーンの前足を回避した状態のネルが楽しそうに笑う。
ネルは振り下ろされたクイーンの前足に向かって両手を伸ばすと、両手を前足へと触れる。
「お返しだよぅ〜ボクちゃんは淑女だから、気持ちも行動も100倍返しなのさぁ! ボクちゃんの【炎煙】は、凄く情熱的だからねぇ、こんがり焼けちゃいなよぅ!」
アシミー:本気じゃないわよね? 大丈夫って、言ってたわよね……
ネルの両手から噴き上がる赤黒い煙が一瞬でクイーンの前足を包み込み、円を描くように回転していく。
回転と同時に真っ赤に発光していき、ネルの放った煙とは違う白い煙が上がり出す。
クイーンは慌てたように前足を振り上げ、煙を振り払おうとする。
だが、クイーンの足が完全に煙から、逃れられず動きが次第に鈍くなっていく。
次第に前足の下から伸びた煙が根を張るように広がり、クイーンの巨体をその場に止めて離さない。
ネルは当然のような口振りで呆れた表情を浮かべる。
「ダメダメじゃないかぁ? 君は虫ケラである前に……Aランクの魔物で、女王なんだろうぅ? 逃げるなんて、ルール違反だし、マナー違反だよねぇ?」
苦しむクイーンに対して語り掛けるネルは酷く落胆したような表情に変化していく。
子供が楽しみにしていた玩具を遊んでみた際に期待はずれだった時のような悲しそうな、それでいて何か別の発見がないかを探すようにすら見える表情だった。
だが、そんなネルにクイーンは為す術なく、苦しむのみである。
「ねぇ……本当にボクちゃんもこれ以上、手加減できないんだからさぁ」
アシミーはネルの言葉に慌てていた。
「なんで挑発してるのよ! それより、クイーンが動けないなら、すぐに逃げるわよ」
ネル:逃げるなんてダメダメだよ。アシミーちゃん。だってさぁ……虫ケラから逃げたら、この先もずっと逃げないといけなくなるじゃないかぁ?
「やっぱりダメだよぅ〜。ボクちゃんってば、虫はしっかり始末しないと気が済まないんだよねぇ!」
「ネル、約束したでしょ! クイーンがいなくなったらダメなのよ」
「大丈夫さぁ、いつだって代役は見つかるものだからねぇ……ボクちゃんは間違わないから信じておくれよぅ〜」
そう口にしたネルは駆け出していた。クイーンの腹部に潜り込み、左右の手からは赤と黒の煙がアシミーの目からもしっかりと確認できていた。
悩む様子のないネルは、クイーンの腹部に両手を伸ばす。
赤と黒の煙が混ざり、一気にネルの両手が輝き、天高く舞い上がる。
クイーンの腹部から背中を灼熱の煙が駆け抜けていく。
「どうだい? ボクちゃん特製の【煙撃】と【紅煙】は凄いだろう〜? 攻撃はこうやるのさぁ」
ネルの声を掻き消すような“ビギャァァァッ!”という、クイーンの絶叫がこだまする。
クイーンが必死に巨体を動かしネルから逃げようとする。
そんなクイーンに追い討ちを掛けるようにネルは煙を周囲に広げていく。
焦げたような嫌な臭いが立ち込めていき、クイーンのピンク色の甲殻は黒く染まっている。
ネル:あはぁ! ただ、アシミーちゃんから、敵を横取りして終わらせたらダメだよね……ボクちゃんはアシミーちゃんの親友なんだから、しっかりしないと!
「アシミーちゃ〜ん! 手伝っておくれよぅ〜。水スキルで、クイーンの腹部を狙っておくれぇ〜」
アシミー:もう、やっとやり過ぎたってわかったのね。早く冷やさないと! 本当にクイーンが焼きクイーンになっちゃったらマズいんだから!
「わかったわよ! 煙をどかして! すぐに私のスキルで熱を吹き飛ばすわ!」
ネル:よかったぁ〜。ボクちゃんと同じ考えになってくれたんだねぇ。
アシミーは慌てて水性スキルを発動させる。
巨大な水球が伸ばした手の上に形成され、大気の水分を一気に収縮させていく。
完成した水球を勢いよく投げ放つアシミー。
その背後にネルが急いで駆け寄ると「【煙戯・防煙】」と叫び声をあげる。
周囲に厚い煙の壁が出現するとネルとアシミーを覆い隠すように包み込んでいく。
「え! 何よ、これ」
アシミーが驚きの声を叫ぶと、同時にクイーンの腹部に水球が直撃する。
その瞬間、激しい炸裂音がクイーンの腹部から聞こえ、凄まじい衝撃が周囲を巻き込み、木々もろとも薙ぎ払っていく。
アシミーを背中から支えた状態で、ネルが興奮しながら声を掛ける。
「あはぁ、すごいじゃないかぁ! ボクちゃんも、びっくりな威力だねぇ!」
満面の笑みを浮かべるネルの表情と困惑した表情のアシミー、そんな2人の先から、ズドンッと地鳴りのような音が再度聞こえた瞬間、土煙が舞い上がる。
唖然とするアシミーが人差し指を向けた先には、腹部が破裂し、胸部の半分が吹き飛んだ状態のクイーンが地面に倒れていた。
「な、あ、あぁぁぁ! どうなってるのよ! なんで爆発するのよぅぅぅ!」
焦りながら、質問するアシミーに、ネルは不思議そうに返事をする。
「高温のアツアツだったからねぇ? 爆発しないと逆に不思議じゃないかぁ」
「どうするのよ! 本当にクイーンが死んじゃってるじゃないのよ……」
慌てながら、クイーンの生死を確認するアシミーは、力なく肩を落とすと表情を青ざめさせていた。
当然だが、クイーンは絶命しており、吹き飛んだ腹部から胸部に存在するはずのコアが砕け散っており、生命反応はない。
そんな状況にも関わらず、絶望の表情を浮かべたアシミーと違い、ネルはギザ歯をむき出しにするとゆっくりとクイーンの側へと向かって歩いていく。
周囲に漂う焦げた臭いを無視しながら、ネルはスキル【煙斬】と【煙切】を発動させ、クイーンの砕けた腹部を切り裂いていく。
腹部がくり抜かれると、その下の地面が剥き出しになり、ネルは次に地面をくり抜くように穴を掘り始める。
アシミーが我に返ると慌てて声を掛ける。
「ネル、なにしてるのよ? それより、この報告をしないと……どうしよう」
「あはぁ。だから、報告のために仕方な〜く、ボクちゃんも穴掘りをしてるのさぁ〜。アシミーちゃんに迷惑をかけたらダメだからねぇ〜」
そんな会話をしていた2人に怒りと困惑が混ざった声が叫ばれる。
「──何が! 報告のために仕方なくだぁッ! なんて馬鹿なことをしやがった! グラードの街は、特産品を失ったんだぞ! わかってんのか」
怒りに震えたペルグがそこに立っていた。
ネル:うわぁ……めんどくさい奴が来たなぁ……
その場に姿を現したのはペルグとアイシャだった。
ペルグの両手には、大鉈が握られており、その背後にいるアイシャは小柄な身体に似つかわしくないハルバードを握りしめ、鉄製の胸当てと手足に防具を装備した状態で同行していた。
アシミーは慌てて弁明を口にする。
「ぺ、ペルグさん……すみません、でも、これには訳があって」
説明をしようとするアシミーにペルグが鋭い視線を向ける。
「訳なんざ! ブルーガの馬鹿共から聞いてる。だがな……クイーンに手を出すのはギルドの……いや、グラードの街の禁忌だろうが、知らねぇ訳じゃねぇだろう!」
アシミーは告げられた言葉に俯くが、ネルが殺気を放ちながら会話に割って入る。
「早とちりで、ボクちゃんのアシミーちゃんを怖がらせないでおくれよぅ? あんまり、調子にのってるとギルマスの為にギルドが涙を流すことになっちゃうよぅ?」
「──言いたいことはそれだけか? ネル・ニルガル……少しはマシになったと思えば……」
「まぁ、話を聞きなよぅ〜。人の話を聞かないなんて、ダメダメじゃないかぁ〜。よく見ておくれよぅ〜」
地面を指さすと、ネルが勝ち誇ったように笑う。
訝しげに視線を向けたペルグは顔を微かに歪ませた。
その様子にアシミーとアイシャは、2人と同じように地面へと視線を向ける。
煙の幕が地面をしっかりと護るように広がり、地面にはコロニーがそのまま無傷の状態を保っていた。
ネルはここぞとばかりに声を張り上げる。
「はいは〜い。ほんじゃ、答えをご開帳〜驚いたなら、拍手喝采、御喝采〜あはぁ!」




