26、ギルドの問題児? アシミーとネルの蜂蜜採取
アシミーとネルのために作られたギルドでの新たなランク、Hランクが創設されてから、数週間が過ぎようとしていた。
ネルとアシミーの2人はランクに関係なく行動を共にしていた。
傍若無人なネルの性格は、ランクやクエストといった概念を気にすることはなかった。
何よりギルドを困らせていたのは、張り出された上位ランクの魔物を楽しそうに次々と狩り続けていたことにあった。
アシミーは、やり過ぎないように行動していたが、ネルは向かって来る魔物に容赦などしない。
その結果、しわ寄せが、すべてギルドマスターであるペルグのもとに持ち込まれる。
ギルド職員達からは、悲痛な声が毎日のように叫ばれていた。
「マスター! 大変です……討伐依頼の出てたポイズンヴァイパーの群れがネルとアシミーに討伐されて、依頼を受けた冒険者から、多重依頼なら経費を払えと……」
複数の書類と経費に対する異議申し立ての書類がペルグの机に置かれていく。
「ま、待て……なんだそりゃ! ポイズンヴァイパーの群れはBランククエストだろうが! なんでアイツらが関わってくるんだ……すぐに報告しろ!」
「こちらに聞かれても知りませんよ! アシミーが早朝の報告に来たみたいで、アイシャが対応、そこから今さっき依頼を受けてた冒険者パーティーからクレームが来てるんですよ!」
ペルグは職員の勢いに押されると、声を扉側に向けて叫んでいた。
「誰か、すぐにアイシャを連れて来い!」
ペルグに呼ばれ、アイシャが室内に入ってくる。その疲れきった表情にペルグは唖然としたが、アイシャは淡々と状況を話していく。
「ペルグさん……アシミーとネルのランクを何とかしてくれよ! 低ランクだからって、クエスト依頼は採取系ばかりで受けてくれないし、なのに高位の魔物を食べる為に狩りまくるしぃぃぃぃ!」
ペルグは驚愕した。
「あぁぁぁ! 食べる為だと!」
「そうだよ! ポイズンヴァイパーの卵は無毒だからって……取りに行ったせいでこの状況なんだよ! ポイズンヴァイパーの巣を壊滅させて、ゆで卵とオムレットにしてるんだよ!」
室内で報告を聞いたペルグは、額に手を当てた後に目頭を押さえる。
「アイシャ……とりあえず、依頼報酬はギルドから補填だ。それと今後のため、あの2人を呼んでくれ」
「残念だけど……あの2人は街の外だよ。ランク指定なしの蜂蜜採取依頼に向かってる……その為に朝からギルドに来てたからさ」
ペルグは更に疲れた表情を浮かべた。
「ったく……わかった。戻ってからで構わん、絶対にギルドに来たら帰すなよ! いいな、マスター権限を使っても構わんからな!」
ペルグの震えたような怒りの籠った怒号がギルドフロアにまで響いていた。
そんなペルグの叫びを知らない2人は朝からギルドで受けたクエスト『ベスパの森での蜂蜜採取』へと向かっていた。
「今回は楽なお仕事だねぇ〜アシミーちゃん」
「普通はそうならないのよ。ベスパの森のキラービーナは……って、ネルからしたら楽なのよね」
「だってさぁ? クエストのランク制限がないなんて、簡単じゃないかぁ〜? 誰でもできるクエストなんだしさぁ」
アシミー:わかってないわね。本当に仕方ないんだから……ランクが無いってことは、危険の幅も違うってのに。
アシミーはネルへクエストについて説明する。
「ランクが無いのは救済措置よ。危なくない位置にある巣なら、低ランクでもチャンスがあるじゃない? だから期限も無期限にされてるのよ」
ネル:笑いながら喋りかけた声に……アシミーちゃんってば、真面目な顔で可愛いなぁ。
アシミー:私が知ってることをちゃんと教えて、少しでもネルの評判を良くしないと、本当にしょうがないんだから……まったく。
既に2人はグラードの街から出て、ベスパの森へと向かって移動していた。
ネルは当然のように度々、キラービーナの生息するベスパの森を遊びで訪れていた。
目的は単純に蜂蜜が食べ放題であること。
敵になる魔物がいないこと。
文字通り、ただの蜂蜜採取であり、ネル本人はクエストとして認識すらしていない。
「ボクちゃんは、これがクエストなんてよく分からないなぁ〜。お肉と交換でいつもお土産にしてる蜂蜜なのにさぁ」
アシミー:……いやいや、キラービーナの蜂蜜よ……それを肉と交換してるって、価値が違いすぎるし……商業ギルドが聞いたら、発狂ものじゃないのよ。
「普通は、お肉と交換しないのよ……むしろ誰よ……そんな怪しい交換してるの……ギルドで摘発してやろうかしら……」
「ギルドなんて関係ないじゃないかぁ? ボクちゃんはステーキを好きな時に焼いてもらえて、どんな格好でも文句なしでご飯が食べれるんだよ? まさしく好条件じゃないかぁ」
アシミーは下を向いて呟いた。
「あの食堂なのね……今度、しっかりと話に行かせてもらうわ……流石に話を聞かないと不安しかないわ」
ネルの話を聞いたアシミーが、ため息混じりにそう口にする。
そんな言葉にネルは首を傾げるが、アシミーの発言に何も言わずに頬を赤らめていた。
ネル:ボクちゃんの秘密を話しちゃった〜他人にも言ったらダメって言われたけど、アシミーちゃんは特別だし、また2人の秘密が増えちゃったなぁ〜あはぁ。
朝の空気に包まれる道中は意外にも賑やかである。
グラードの街からベスパの森までは一本道を進み、途中の別れ道を曲がるだけだが、ベスパの森までには幾つも看板が立てられていた。
・『この先、魔物の巣、ベスパの森』
・『安易に立ち入るなかれ、危険、ベスパの森』
・『命を大切に、最低4人パーティー推奨』
・『実力を過信すれば待つのは死のみ』
立てられた看板は、ベスパの森に近づくにつれて、増えていく。
ネルは看板を見ながら、不思議そうに呟く。
「大袈裟だよねぇ? 蜂を適当に倒して、蜂蜜を貰うだけなのにさぁ〜」
「ネルにはねぇ。ただ、過信した冒険者の犠牲はこのクエストでも出ちゃうのよ。むしろ、止めたら止めた分だけ、反発して、若い冒険者は飛び込むから、ランク規制が無くなったのよ」
2人は看板が疎らになり始めていく様子を見て、ベスパの森が近いことを確認していく。
平原が広がる道の先に現れる不気味で巨大な森、グラードの街が特産品として扱う蜂蜜が作られるベスパの森である。
「さて、到着ね。ネルとベスパの森に来るのは2回目ね。前回と違って、今回は別行動よ!」
「えぇ……ボクちゃんはアシミーちゃんと一緒に蜂蜜狩りを楽しみたいのになぁ〜」
「だって、ネルと一緒だと腕が訛っちゃうもの」
アシミーがそう口にするとネルはガックリと肩を落とす。
ネル「手厳しいなぁ〜、あ! なら、ボクちゃんとアシミーちゃんでどちらが蜂蜜を多く集められるかで勝負しようよぅ〜!」
「ふふ、いいわよ! ネルに私の実力を改めて見せつけてあげるんだから!」
ネル:あはぁ〜アシミーちゃんのやる気に満ちた表情……なんでこんなに可愛いんだろう……ただ、アシミーちゃんでも、勝負では負けてあげないけどねぇ……
アシミー:ネルから、やる気を出してくれるなんて、大変だったけど、私の日々の説明と説得の賜物ね。
アシミーは準備運動をするように身体を動かすとネルへ時間と待ち合わせ場所を伝えていく。
「なら、夕暮れにはグラードの街に戻りたいからそのつもりで合流よ! 場所は森の入口だからね」
「そんなに時間は要らないさぁ……むしろ、ボクちゃんがアシミーちゃんに勝っちゃうかもって考えたら、すごく心が痛くなっちゃうなぁ……」
笑顔で語るネルは両手を開いてから、大袈裟に胸元に両手を当てて俯いて見せる。
「ネル……わかったわよ。手加減したら逆に許さないからね。もし私が勝ったら、言うこと聞いてもらうから! 覚悟しなさいよ」
ネル:なんで、怒るのさぁ? ボクちゃんってば、まだなんにも言ってないのになぁ、残念だけど、森で偶然再会からの採取デートはお預けみたいだねぇ……
「あれ……ってことは、ボクちゃんが勝ったらぁ……アシミーちゃんがボクちゃんの命令を聞いてくれるんだよねぇ? なら、最高じゃないかぁ〜あはぁ!」
「なんでよ! 何でもなんて言ってないからね! 常識の範囲だからね!」
慌てるアシミーの姿を見て、ネルは無邪気な笑みを向ける。
普段は、しゃがみながら話すことを心がけているはずのネルは立ったまま、アシミーを見下ろしていた。
アシミー:な、なによ……ネルが立って近づくとか、迫力があり過ぎるのよ……
「──アシミーちゃん……誰かに何かを求める時に、条件なんかをつけるのかい? 本気の勝負に負けるかもって、保険をかけるのかい?」
静かな声で、ゆっくりと呟くネルの言葉が真っ直ぐにアシミーに告げられる。
ネルは、寂しそうで悲しそうな瞳を向けながら、アシミーの反応を待っていた。
ネル:ボクちゃんは、おバカさんだなぁ……アシミーちゃんに酷い聞き方して……
アシミー:まさか、ネルに覚悟の確認をされるなんて……私も甘くなったのね。負けることを考えて、逃げる為の言い訳を考えて、私ってば、ダサいわね!
アシミーはネルを真っ直ぐに見上げると力強い声で返事を返していく。
「ネル、気持ちはわかったわ! ネルと本気でやり合うし絶対に勝ってあげるわ。だから、改めて言うわよ! 負けた方が何でも言うことを聞くのよ」
「え……うん! ボクちゃんも全力でやるよ〜アシミーちゃん!」
一瞬でネルの両手がアシミーを捉え、ネルの胸に引き寄せられる。
「抱きつかないで、今から別行動なんだから! ネル〜!」
アシミーの叫び声がベスパの森にこだまする。そうして、蜂蜜採取が開始された。




