25、新たなランク? 賑やかギルドの大掃除?
ギルドルームで頭を下げるペルグ、それと同時にアシミーがネルに視線を向ける。
「ネル。絶対に揉めたらダメだからね……約束よ」
「あ、うぅぅぅ、あぁぁぁ、わかったよぅ……話はアシミーちゃんに任せるよぅ……」
そこからネルは説明をアシミーに任せると、その横で煙草に火をつける。
ペルグは怒ることなく、アイシャに視線を向ける。
「悪いが灰皿を持ってきてくれ……」
その言葉に一番驚いていたのは、指示されたアイシャ本人だった。
「え、いいのかよ? だって、ペルグさん……マスタールームって禁煙じゃん……」
「構わん……ただし、今日だけだ」
そう言われたアイシャは、急いで酒場に走ると、灰皿を手に戻ってくる。
テーブルに灰皿が置かれるとネルは、煙草を咥えた状態で口角を緩ませた。
「最高じゃないかぁ……特別な日の特別な一服……ボクちゃんは満足さぁ〜」
ネル:仕方ないなぁ。モヤモヤした感情は煙と一緒に吐き出さないとねぇ……ボクちゃんがこれ以上、色々やるとアシミーちゃんに嫌われちゃいそうだからねぇ。何より、気持ちは受け取るのがボクちゃんのルールだからねぇ……
ネルは隣に座るアシミーを見て小さく頷いた。
それを合図と受け取ったアシミーはビッグジャガーの討伐部位を取り出していく。
討伐部位をペルグとアイシャが確認したのを見計らってから、アシミーは、バケット邸での出来事を話していく。
その状況説明の際に、他の倒した魔物から剥ぎ取りをせずに冒険者ギルドへと急いだ事実も付け加えていた。
話を聞いたペルグは難しい顔で頷くと自身の考えを口にする。
「つまり、剥ぎ取りすら出来ない量の魔物があの庭に居たってのか? バケットのヤツ……どう考えても、頭数が合わねぇな」
「私達からすれば、数は最初から未知数だったから、正直な話……驚いたわ」
話を聞き終わったペルグは、次にアイシャへ声を掛ける。
「アイシャ、度々すまないが、アシミーに例の書類を持ってきてくれ」
その言葉にアイシャが嬉しそうに返事を返す。
「すぐに持ってくるよ!」
アイシャは部屋から駆け出していくと羊皮紙に書かれた書類を手に握りしめて戻ってくる。
部屋を出る前と違い、凛とした表情のアイシャが淡々とペルグに向かって喋り始める。
「ペルグさん。言われてた書類は既に用意できてます。あとはアシミー氏のサインがあれば、Cランクから冒険者登録が可能になります。ギルドマスターの許可印をお願いします」
アイシャは普段の砕けた口調ではなく、丁寧な言葉でそう口にするとペルグが頷いていく。
次にアシミーへ真っ直ぐに向き直ったペルグはアイシャから手渡された書類について内容を説明する。
「書かれてる内容だが、ギルドとしても貴重なBランク冒険者を失うのは避けたいってのが本音だ。Cランクと言っても、アシミー、お前ならすぐにBランクに返り咲くだろうからな」
アシミーに室内の視線が一斉に集まっていく。
サインをするだけで、冒険者ランクをCランクからスタート出来るとギルドマスター本人が語ったのだ。
本来ならありえない条件だが、アシミーの実績とギルドへの度重なる貢献度がこの条件を可能にさせたと言っても過言ではなかった。
ネル:結局、ギルドなんてこんなもんかぁ……まあ、ボクちゃんは、アシミーちゃんと居られたらそれでいいやぁ。
静かにネルが次の煙草へと火をつける。
そんなネルを一度見てから、ペルグはアシミーへ確認するように口を開いた。
「アシミー悪かったな。オレ達ギルド側からの感謝と謝罪を含めての判断だ。遠慮はいらねぇから、サインしてくれ」
そして、アシミーにそっとペンが手渡される。
アシミー:感謝と謝罪か……最初はランクがなくなって、あんなに慌てたのに……なんでだろう。サインしたらいいだけなのにさ……
だが、アシミーがペンを走らせることはなかった。
羊皮紙を見つめ、悩むように俯いたアシミーは顔をあげる。
室内に小さな深呼吸の音が流れた後、アシミーはスッキリとした表情で笑って見せた。
「ペルグさん。アイシャ、ごめんなさい。みんなからしたら、絶対に受ける話だって思うけど、私はネルとゆっくりランクを上げたいの。だから、辞退させてもらうわ」
ネルはアシミーの発言に咥えていた煙草を落としそうになる。それと同時にペルグとアイシャも驚愕の表情を浮かべていた。
ペルグより先に、アイシャが口を開いた。
「な、なにを言い出すのさ! アシミー、わかってるの?」
それに続くように、諦めた表情のペルグも口を開いた。
「おいおい……アシミー、お前……だぁ、目が本気じゃねぇか……ったく」
「アシミー……本当に本気なのかい……Cランクスタートなんだよ。苦労してBランクまで上がったアンタならわかるだろうに!」
そこまでアイシャが口にすると、ペルグが手を伸ばし、アイシャを止める。
「アイシャ、待て……ギルドとしては冒険者の意見を尊重していくのもルールだ。アシミーが断るなら、仕方ねぇって話だ」
ネル:話が決まったみたいだねぇ。ボクちゃんも、これは予想外すぎてびっくりだよ。本当にアシミーちゃんは面白すぎるなぁ。
ネルは悩まずにアシミーの方へと向き直ると、勢いよく抱きつく。
「ちょっと、ネル! 今は真面目な話なのよ! 煙草を咥えたまま、抱きついたら危ないでしょ」
「あはぁ! だって話し合いが終わったなら、ボクちゃんがアシミーちゃんを独り占めする番に決まってるじゃないかぁ〜」
室内の空気を無視したネルの行動にペルグとアイシャから冷たい視線が降り注ぐが、それ以上に情熱的なハグがアシミーを抱きしめていた。
その後、マスタールームでネルとアシミーは、改めてGランク冒険者として、登録を済ませていく。
Gランク冒険者になる際にも登録試験が存在する。
Cランク冒険者がG~Dランク冒険者の試験官となり、模擬戦を行い、実力があると判断されれば合格となる。
ただし、Gランクはあくまでも経験を得るための試験であり、落ちることはない。
ペルグは可哀想な冒険者の肩を叩いた。
「死なない程度にやられてこい……任せたぞ。ブルーガ」
「ペルグの旦那……冗談ですよね? 【不殺】の訓練所で死ぬとか笑えないっすよ……それに、俺は今は怪我人なんですよ!」
「自業自得だろうが……オレからのアドバイスだ。やばいと思う前にプライドは捨てて降参しろ。いいな、ブルーガ?」
ネル:ボクちゃんとアシミーちゃんを馬鹿にしたノイズじゃないかぁ……今回は試験だから、教育してあげないとだよねぇ。それが淑女であるボクちゃんの勤めだもんねぇ。
アシミー:久しぶりの試験ね。相手はCランク、しかも、あの人か、気合いを入れないと! 何より、ネルが真面目に試験を受ける気になってるし、先輩冒険者として、無様な戦いは見せられないわね。
結果、最後はアシミーがネルを全力で止められる形になり、試験は無事に合格となった。
この瞬間、冒険者ギルドはネル・二ルガルを冒険者として登録することになったのである。
その日、ギルドの酒場側では、アシミーを馬鹿にしていた冒険者達に怒り狂ったネルにより、冒険者達の叫び声がこだまする。
それとは別に、傍観していた冒険者達からは“アシミーの守護者”という通り名が静かに囁かれていた。
ネル:失礼しちゃうなぁ、ボクちゃんはアシミーちゃんの親友なのにさぁ?
ただ、止まらないネルの暴走にマスタールームへとアイシャが駆け込む。
「ペルグさん! ネルを止めてよ!」
「あぁ? 騒がしいが……またネルなのか! アシミーのやつは何してんだ」
「アシミーは、みんなから復活祝いって、酒を奢られて、寝ちゃってるんだよ! 馬鹿な冒険者が酔った勢いでアシミーに触れたり、軽口を叩いたせいで、ネルが! いいから来てくれよ」
アイシャに言われるまま、ペルグは慌ててマスタールームから出て、酒場側の様子を確認する。
屈強な冒険者達を相手に冷たい視線を向けるネルの姿があり、死人は出ていないが壁や床にめり込んだ冒険者達の姿が複数存在していた。
「お、お前って奴は! いい加減にしねぇか!」
ペルグの声に、ネルは殺気混じりの視線を向ける
「酔って寝ちゃったアシミーちゃんに触ったやつを教育してあげてるだけじゃないかぁ……ボクちゃんは手加減してるし、何より悪い奴は頭が空っぽだから、なくても構わないだろう?」
冒険者は青ざめた表情でペルグに懇願する。
「マスター! こいつヤバいって! 俺達が止めなかったら、間違いなく死人が出てたって! 何とかしてくれ!」
「あはぁ! まだ死人なんて出てないじゃないかぁ〜!」
酒場に響く大声と魔物にも臆さない冒険者達の悲痛な叫び、地獄絵図のような状況が作り上げられている。
そんな中、突如として、酒場の端側にある席から巨大な水球が作り出される。
スキルを発動させたアシミーが真っ赤な顔で怒りを顕わにする。
「……うるさいわねぇ! 私が気分よく寝てるのに! 【アクアボム】ッ!」
「待て! だぁ……バカタレが……」
そんなペルグの叫びはアシミーには届かなかった。
ネルを含むその場の冒険者達と酒場側が水浸しになり、場の雰囲気が収まるとアシミーはまた横になって寝息を立てていく。
ペルグの怒りを通り越した静かな呟き、それはその場にいた全ての冒険者の耳を疑わせる叫びだった。
「……降格だ。Gランクから、新たにオレの権限でHランクを作る……ネルとアシミーはHランク処分とする……いいな」
その言葉を聞いて冒険者達が恐る恐るネルに視線を向ける。しかし、既にネルはアシミーの傍に駆け寄り、膝枕をしてニヤついていた。
我関せずといったネルの様子にペルグは声を張り上げる。
「他の奴らも降格されたくなけりゃ、すぐに掃除だ! わかったな!」
「は、はい!」
酒場はその日の夜、使用禁止となり、冒険者達の手で何年かぶりの大掃除をされるのだった。




