24、ギルドマスターの面子
ギルド内から、ネル達に気づいたペルグが周囲を無視するように真っ直ぐギルド入口へと向かって歩いていく。
入口付近でニヤつくネルは、ペルグの存在にわざとらしく目を細めてから視線を向ける。
ペルグを嘲笑うような形になり、互いの視線がぶつかると、ネルは上機嫌に両手を左右に大きく広げ、周囲の視線をわざと集めていく。
ネル:ワクワクしちゃうよねぇ……真面目な顔が歪んじゃうくらいの事実と祝福をプレゼントしないとねぇ……
「あはぁ……あれれ〜、随分と不機嫌そうな表情じゃないかぁ? ボクちゃん達が無事に戻ったっていうのに、歓迎の挨拶もないのか〜い?」
指を軽く動かしたネルは『カプリス・ヒンメル』(煙草)を【出煙】から取り出すと確認するように、アシミーへと視線を向けた。
突然、ネルから視線を向けられたアシミーは、額に手を当て、苦悩するような表情を静かに浮かべる。
すぐに表情を改めたアシミーは首を縦に振っていく。
アシミーの動きを確認してから、ネルは煙草を咥えたまま、ニヤリと笑みを浮かべると、指先からスキルで煙草に火を灯す。
ゆっくりと煙草に熱が入り、煙が出始めるとネルは大きく煙を吸い込んでいく。
ネル:あはぁ〜! ペルグったら最高の表情じゃないかぁ〜。しかも、アシミーちゃんの困り顔まで、ボクちゃんってば、悪い子になっちゃいそうだよぅ〜。
アシミー:はぁ……煙草を我慢しないでいいって言ったけど……私の顔を見てから吸うなんて、これ……またペルグさんと揉めるわよね。なんなら、私が吸わせたみたいになってないかしら……
煙草を楽しむネルが煙を吐き出すと、最初こそ我慢していた様子のペルグだったが眉間に青筋を浮き上がっていく。周囲にも分かるほどの怒りが全身から露わになっていた。
その様子にネルは、ゆっくりと煙を天井に向けて吐き出す。
「怖いなぁ……そこら辺にいるおバカさんより、ずっとやる気満々じゃないかぁ……冷静になりなよぅ、ボクちゃんが今回は見逃してあげるんだからさぁ」
ペルグから、聞こえてはいけないような“ブチッ”という物理的な音が鳴る。
着ていた洋服の肩口が筋肉で破けており、ギルド内に押しかけていた住民やギルド職員、冒険者のすべてがその事実を前に凍りついたように口を閉じ、沈黙する。
ネル:なんだぁ〜い。やる気満々すぎて、我慢すら出来なくなっちゃったのかなぁ……ボクちゃんは大歓迎さぁ〜!
ペルグを挑発するようにギザ歯を剥き出しにしたネルが煙草を咥えたまま上下に動かす。
そのまま、ペルグに一歩踏み出そうとするネルの後頭部がポカッと軽く叩かれた。
「ネル! 揉めたらダメって約束したでしょ。なんで喧嘩を売っちゃうのよ!」
ネルの後頭部にポカッと当たったのはアシミーの触腕髪だった。
振り向いたネルは、背伸びをした状態でギリギリ後頭部を叩いたアシミーの姿を見てから視線を合わせていく。
すぐに傍で酒を飲んでいた冒険者のグラスに吸っていた煙草を捨てるとアシミーへとニヤリと笑う。
「冒険者君、ごめんよぅ〜。グラスを灰皿にしちゃったけど……君が灰皿になるよりマシだよねぇ?」
冒険者は無言でネルの言葉に頷く。その後、ペルグを無視したネルはアシミーだけを見つめて喋りかけていく。
「アシミーちゃ〜ん。ボクちゃんに遠慮なんて要らないよ〜! さぁ、全力でボクちゃんに愛をぶつけておくれぇ!」
両手を伸ばしながら、抱きしめようとするネルに対して、アシミーは前に伸ばされた手を見て、動きを停止させる。
「ストップ! ネル、今はギルドだから、落ち着きなさい……だめ、やめ、ネルぅぅぅぅ」
最後には思い切り抱きしめられるアシミー。
その様子にギルド内の視線がすべて集まっていく。
ネル:あぁ、ボクちゃん達だけのために生まれた沈黙……2人だけの時間が生まれたみたいで幸せじゃないかぁ〜
その冒険者ギルドに似つかわしくない光景にペルグの我慢が限界を迎える。
「……はぁ! いい加減にしねぇか! 色ボケやろうが! いつまで、悪ふざけをしてやがる!」
ネル:ボクちゃんとアシミーちゃんが至福の時間を楽しんでるのにさぁ、水を刺すとか……本当に空気が読めないなぁ……
アシミーの顔を見た後に、ペルグに視線を向けたネルが不快そうに顔を歪める。
ネルがジト目になりながら、アシミーを床に下ろしてから立ち上がり、への字に曲げた口を開く。
「ボクちゃんの至福の時間を中断させるなんて、最低なマスターさんじゃないかぁ、なんだぁい?」
ペルグは、プルプルと拳を震わせるが、すぐに冷静な表情を取り戻すとネルに話し始めた。
「お前がギルドにきた理由はアイシャから聞いてる。早く報告を済ませろ……詳しくな」
「あはぁ! だよねぇ、ギルドがすぐに動かないから……仕方な〜く、ボクちゃんとアシミーちゃんで、厄介な《・》魔物討伐をしてあげたんじゃないかぁ? まずは、ありがとうからじゃないのかぁ〜い?」
「恩着せがましい言い方してんじゃねぇぞ。ったく、お前が全部片付けたんだろうが」
ペルグの決めつけたような言葉がギルドに響くとネルは呆れたように小さくため息を吐いてから、鋭い視線を向ける。
「この場で話すより、奥で話そうじゃないかぁ……ボクちゃんは言いたいことだらけなのさぁ……」
「わかった……アイシャ、マスタールームに案内してやれ。オレもすぐにいく」
アイシャは、頷くとネルとアシミーを奥にあるマスタールームへと案内する。
ペルグはギルド内の空気を吹き飛ばすように声を出す。
「今から詳細を確認する! わかった話は後に報告をあげる! 文句はないな!」
ギルド内はペルグの言葉に静まると、マスタールームへとペルグは歩いていった。
室内にペルグが入る。ネルとアシミーは置かれた長椅子に腰掛けている。
そして、ネルがペルグに喋り掛ける。
「あはぁ……来たねぇ。さぁお話の時間さ〜。ボクちゃんはアシミーちゃんに魔物の討伐数は負けてるのさぁ〜猫じゃなくて……ビッグジャガーもアシミーちゃんが単独討伐してるしねぇ」
ペルグは無言で眉を動かす。
その僅かな動きをネルは見逃さなかった。
「わかるだろぅ? ボクちゃんはギルドのアシミーちゃんに勝てなかったのさぁ、残念な結果だよぅ……」
その言葉にペルグが煮え切らないと言わんばかりに厳しい表情を浮かべていた。
「ネル・ニルガル……何が言いたい?」
「だから……アンタとの地下での結果もよく考えたら、引き分けだよねぇ……意味がわかるかなぁ〜?」
ネル:そうだろう……ボクちゃんは勝ち逃げも勝手な敗北も認めない……さぁ、ペルグ! ボクちゃんがわざわざ、手討ちにしたんだ……じっくりとやり合おうじゃないかぁぁぁ!
ネルがニヤリと笑うとペルグは握っていた拳を開き、小さくため息を吐いた。
「はぁ……誤解してたらしいな。ネル・二ルガル。お前の懐の広さに感謝する。今回の話はありがたく受けさせてもらう」
ペルグは突然、ネルに頭を下げた。その表情は暖かくもあり、申し訳なさそうにすら映る。
ネル:違うよ、なんでさ! ボクちゃんはそんな結果は求めてないんだよぅ!
ペルグはギルドマスターとして、頭を下げたまま語り続けた。
「ギルドとして、曲がりなりにもマスターであるオレが敗北を認め、その後に魔物を討伐されたとあれば、ギルドの面子もクソもねぇ。すまない」
「な、ボクちゃんは!」とネルが口にした瞬間、アシミーがネルのローブを力強く引っ張っていた。
それと同時にネルは、グッと言葉を呑み込んだ。




