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CHAPTER40『濁流を操る男』

俺たちがギルドでのんきにコーヒーを飲んでいた、その同じ頃――

戒厳令が敷かれたカイラムの裏町では、すでに街のあちこちで血が流れていた。




海洋交易都市カイラム グレイヴァ地区――


石畳には黒ずんだ血が広がり、路地裏には倒れたまま動かない影がいくつも転がっている。



人の気配は薄く、あるのは、湿った鉄の匂いと――荒い呼吸音だけだった。



「……チッ」

低く舌打ちを漏らしたのは、トラガロファミリー、ドラヴォス部隊幹部――ブラックツリーモニター獣人、バルグレン。


挿絵(By みてみん)


細長い四肢を壁にかけ、半ば張り付くようにして体勢を保っている。


右肩は深く抉られ、血が滴り落ちていた。



その視線の先――


ゆらり、と。

石畳の上に立つ影が、ゆっくりと距離を詰めてくる。



バルバス解放戦線 幹部――アオマダラウミヘビ魚人、ゼルヴァ。


挿絵(By みてみん)


水面のように揺れる気配。


無駄のない足運び。


その眼には、感情の色がほとんどなかった。



「……随分、粘るな」

低く、乾いた声。



バルグレンは歯を剥き、血の混じった唾を吐き捨てる。

「テメェら……本気で戦争仕掛けてきてんのか?

トラガロ様と幹部の人らが出張ってきたら――テメェら全員、肉片だぞ……!」




ゼルヴァは答えない。


ただ一歩、踏み出す。



その瞬間――



消えた。



「……ッ!?」

反射的に、バルグレンは壁を蹴り上げる。



次の瞬間、さっきまで首があった位置を、水を裂くような一撃が通り抜けた。



ザンッ!



空中で体勢を崩しながらも、無理やり着地する。


息が荒くなる。

(……速ぇ……違う……速さだけじゃねぇ……)



ゼルヴァは、すでに次の間合いにいる。


迷いがない。


躊躇がない。


まるで――最初から殺すことだけを前提に動いているような動き。



「……遅い」

ぼそり、と。


その一言と同時に、影が迫る。

ゼルヴァの手に握られた、湾曲した鉾が弧を描いた。



ガギィンッ!!



バルグレンは咄嗟に逆手に持ったショートソードで受ける。

だが、湾曲した刃が滑るように食い込み、衝撃がそのまま体を貫いた。



石畳に叩きつけられ、息が詰まる。

「ぐっ……!」


視界が揺れる。



それでも、無理やり顔を上げる。



ゼルヴァは、すぐそこに立っていた。



「……終わりだ」

淡々と告げる声。




その背後では、他の路地でも同じような戦いが続いているのか、断続的に金属音と悲鳴が響いていた。



――ただの小競り合いじゃない。

これはもう、完全な“戦争”だ。







カイラム裏町 グレイヴァ地区――朽ちた監視塔に構えたトラガロファミリーのアジト



分厚い石壁に囲まれたその一室には、重苦しい空気が満ちていた。



中央の椅子に腰掛けているのは――アムールトラ獣人、ヴァルゴ・トラガロ。



挿絵(By みてみん)


その前に、三つの影が間合いを保ったまま、静かに立っている。




コモドドラゴン獣人、ドラヴォス・ゼルガド。

挿絵(By みてみん)


ユキヒョウ獣人、サブリーナ・カサンドラ。

挿絵(By みてみん)


ヤナギダコ魚人、リュサンドロ・バルザリオン。

挿絵(By みてみん)


トラガロファミリーの中枢戦力が、一堂に会していた。




リュサンドロが、ぬめるような声で口を開く。

「トラガロ様……街の至る所で白兵戦が展開されておりますが……現状、我々は劣勢にございます」



トラガロは頬杖をついたまま、鼻で笑った。

「……フン、よい。好きに暴れさせておけ。我らが出れば、すぐにでも引っ繰り返る」



その言葉に、場の空気がわずかに張り詰める。



ドラヴォスは咥え煙草をくゆらせながら、苛立たしげに舌打ちした。

「チッ……バルバスのクソ共め」


ゆっくりと顔を上げ、獰猛な眼を細める。

「俺が直接――ドルガ港まで乗り込んで、ネモラ・ドレインの首を取ってきてやろうか……」



その言葉に、サブリーナが小さく笑った。

「ハッ……」


氷のような視線をドラヴォスに向ける。

「アンタみたいな単細胞じゃ、ネモラに辿り着く前に、罠にかかって野垂れ死にさ」


わずかに顎を引く。

「……あのゴブリンザメ野郎は、うちの部隊で確実に始末する――だから、引っ込んでな」



ピクリ、と空気が揺れる。



ドラヴォスの額に青筋が浮かんだ。

「……何だと?」


低く唸り、首を傾ける。

そのままサブリーナへ詰め寄ろうとする。



「……やめろ、ドラヴォス」

低く落とされた一言で、空気がぴたりと止まる。



ドラヴォスは舌打ち混じりに鼻を鳴らした。

「……フン」



睨みつけたまま数歩下がり、元の位置へと戻る。


わずかな沈黙のあと、ふと思い出したように口を開いた。

「……そういや、ボス。アンタ、ドラゴヴィッチに呼ばれてドラケンフォートに行ったんじゃなかったのか?」



トラガロは頬杖をついたまま、ゆっくりと目を細める。

「……あの男の都合なんざ、知ったことか」


そのまま、わずかに口角を上げた。

「今は、この街の火遊びのほうが面白ぇ」



トラガロは頬杖のまま、リュサンドロを見据える。

「……で、治安警備隊はどう動いている?」



リュサンドロが口を開く。

「……ご安心を、トラガロ様」


触手を揺らしながら、声を落とす。

「ダリウス衛兵総監とは、すでに話はついております」


ぬめるような笑みを浮かべた。

「三日は――この騒ぎ、見なかったことにするとのことですな」



間を置き、リュサンドロは続ける。

「……ただし、線は引かれております。裏町の外で血を流せば――衛兵の介入を止められぬとの通達です」



トラガロは小さく鼻を鳴らした。

「……三日あれば十分だ」


ゆっくりと立ち上がり、背後で太い尾がゆらりと揺れる。

「焦る必要はねぇ。じわじわと締め上げてやれ」


口元に獰猛な笑みが浮かぶ。

「逃げ場を潰して――最後に、まとめて喰らう」


尾が、楽しげに一度だけ大きく揺れた。




トラガロはゆっくりと顎を上げ、二人を見下ろした。

「……ドラヴォス、サブリーナ」


低く名を呼ぶ。


「ドン・トラガロファミリーの恐ろしさ――骨の髄まで叩き込んでやれ」



その一言で、空気が引き締まる。



ドラヴォスが低く笑い、サブリーナは無言のまま腰の剣の束にそっと手を触れた。



次の瞬間――二人の視線がぶつかる。



ほんの一瞬、火花のような睨み合い。



ドンッ!



ドラヴォスは、威嚇するように床を踏みしめ、舌打ちとともに扉へ向かう。



サブリーナは鼻で笑うと身を翻し、開け放たれた窓口から外へ――音もなく、気配が消えた。






残された室内に、わずかな沈黙が落ちる。




リュサンドロが、触手をゆるく揺らしながら口を開く。

「……あの二人の不仲、このまま放置してよろしいのですかな? 下手をすれば――同士討ちになりかねませぬぞ」



リュサンドロの言葉に、トラガロはしばし無言のまま視線を落とした。


やがて、口元がゆっくりと歪む。

「……構わん」


背もたれに体を預け、尾が床を軽く打った。

「奴らもさすがに、そこまでバカではない。それに、噛み合わねぇ牙同士のほうが、よく働く」


目を細める。

「戦果を競わせりゃ、なおさらな」


その声音には、愉悦が滲んでいた。




リュサンドロは、わずかに顎を引き、考えを整理するように触手を揺らした。

「……競わせることで、牙はより鋭くなる――というわけですな」



そのまま話題を切り替える。

「……では、ザルモンド商会と――リトルリバーの件、こちらはいかがなさいますかな」


「この騒ぎの裏で、あの連中も動いておりますゆえ」



トラガロは興味なさげに鼻を鳴らした。

「……フン」


ゆっくりと視線を上げる。

「ドラゴヴィッチの思惑に、わざわざ乗る必要もねぇ」



口元が、ゆっくりと歪む。

「この濁流に巻き込んで、まとめて潰す――それでいい」



リュサンドロは小さく頷いた。

「……では、この私めが“筋書き”を引いておきましょう」


触手をわずかに揺らす。

「流れに逆らえぬよう、周到に――」




次の瞬間、街のどこかで刃が鳴った。




――濁流は膨れ上がり、すべてを呑み込もうとしている。

もはや、止める術はない。








――場面は、ギルド・リトルリバーへ戻る。


張り詰めた空気の中、チュービンはさらに口を開いた。

「……カイラムの都市全域に戒厳令が敷かれてる。

特に裏町のあたりは酷えもんだ。そこら中に血がこびり付いてやがる」



グリムが顎に手を当て、静かに問う。

「……フム。それは、小競り合いで済む規模ではないな。何が引き金で、そこまでの戦に発展したのだ?」



視線がチュービンに向く。



チュービンは小さく息を吐いた。

「……俺の網にかかった情報じゃ、事の発端は裏町だ。

トラガロファミリーのチンピラ五人と、バルバスの奴が一人、グレイヴァ地区の路地裏で揉めたんだが――」



その時――



不意に、間を切り裂くような声が飛んだ。

「……おかわり!」



一瞬、場の空気が止まる。



チュービンがゆっくりと顔を向ける。

「……ハァ?」



ミロも目を丸くした。

「……え……?」



グリムは何も言わず、声の主――モフランへと、静かに視線を向ける。



当の本人は、まったく気にした様子もなく、半分閉じた目のままグラスを差し出した。

「……こいつ、美味かった。もう一杯」



ミロは一拍遅れて、慌てて頷く。

「……は、はい! た、ただ今!」


ぎこちない手つきで、再びオレンジを絞り始めた。



――……え? この人、ほんとに凄腕情報屋の弟子なんすか……?

さっきから全く話、聞いてないんですけど……。



チュービンは額に手を当て、天を仰ぐ。

「かぁーっ……テメェだけは……勘弁してくれ……」


そのまま目を瞑った。




その時――



ギィィッ……。


ギルドの扉が軋みを上げて開く。



入ってきたのは――


グリムとボグの盟友、隣町ギルド《デッドリーフワークス》のボス、ブリッツ・ゲイン。



そして、その後ろから続く影。


先日、リトルリバーと正式に同盟を結んだ――赤猫組の若頭、ズール。



ゲインは室内を一瞥し、低く言った。

「おう……集まってるようだな」



ミロがぱっと顔を明るくする。

「ゲインさん!」



ズールは肩をすくめ、親指でゲインを示す。

「そこの橋を渡ってたら、ちょうど出くわしてな」



ミロはさらに声を弾ませた。

「ズールさんも!」



そのやり取りを見て、グリムが静かに立ち上がる。

「……遠路、ご苦労だった。よく来てくれたな」






――気づけば、面子は揃ってきていた。

隣町ギルドのボスに、赤猫組の若頭。


空気は一気に“戦”のそれに変わる。


……まぁ、その横でオレンジジュースおかわりしてる人もいるけど。

しかも他の連中、まだ寝てるし……。


――それでも。ここからだ。

打倒トラガロファミリー。

この街の流れに、俺たちも乗る。


……あ。

そういや俺、山賊に襲われた件――話しそびれてるな〜。

あれ、ただの山賊じゃなかった気がするんだよな。

ま、あとでいいか。


《リトルリバー》より感謝を込めて!

お読みいただきありがとうございます。


面白かったら、ギルドの活動資金(=★評価&ブクマ)をいただけると嬉しいです!


【作者Xはこちら】

https://x.com/00aomiray00?s=21

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