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8話 令嬢の矜持


「「「うおおおおおおおおおおおッ!!!」」」


 ウィンゼル侯爵家に響きわたる(とき)の声。

 果敢に騎士に打ちかかっていく使用人一同。


(お嬢さまは、必ずや逃してみせる……!)


 そんな覚悟を胸に。

 細剣をかまえ、先頭を突っぱしるエリザ。


 だがそんな決死の特攻は――




「……ッ!?」




 しかし軽々と、騎士にいなされてしまう。


 まるで子供の相手をしているかのように。

 騎士はエリザの細剣を弾きとばしてしまった。


(そんな……!?)


 魔法を使われれば勝ち目はない。

 だからこその先手必勝での特攻だったのだが、考えが甘すぎたことを実感する。


 騎士の強さは、なにも魔法だけではないのだ。


 魔法と近接戦闘。

 そのどちらにも優れなければ、騎士にはなれない。

 肉体の強さもまた、騎士の必須条件なのだ。


 そこからの闘いは、あっというまだった。

 騎士は肉弾戦で瞬時に使用人たちをねじふせる。


 そして前衛騎士が相手をしているうちに――


「……!?」


 後衛騎士からダメ押しの()()()()()が放たれる。


 使用人たちはなすすべなく爆風に吹きとばされた。

 床や壁に無様に叩きつけられる。


「これほどのものとは……」


 エリザは地を舐めさせられ、歯噛みした。


 ウィンゼル侯爵家の使用人一同。

 シュトワール王国魔法騎士団。

 闘いの大勢は、一瞬で決していた。


 ほとんどの使用人がすでに地を舐めている。

 みな一様にひどい火傷と打撲傷を負っていた。


 シリウスの冷めた瞳が、エリザたちを見下ろす。


「勝ち目がないのはわかったでしょう、投降なさい」

「お断りさせていただきます」


 しかし、エリザは凛とした表情で答える。

 そして、ボロボロの体で立ちあがった。


「……ッ」


 元より勝機がないのはわかっていた。

 だがそれでも、譲れないものがあるのだ。


 ほかの使用人も自分と同じ気持ちらしい。

 みな武器をかまえ、立ちあがっていた。


「……ならばこちらも手加減しません」


 シリウスはため息まじりに言い、詠唱に入る。


【ダーク・スフィア】――と。

 まるで唄うかのように、呪文を唱えた。


 刹那。出現したのは、()()()()

 それがシリウスの手で、一気にふくれあがる。


(まだ……十分な時間を稼げてはいませんのに)


 エリザはぎりりと歯噛みした。


 これまでの下位呪文ならばまだ耐えられた。

 けれどあれは()()()()()()()()()


 あの黒い炎は、冥界の炎。

 対象を灼きつくすまで消えない不滅の炎。


 もしまともにもらえば、生死に関わる。

 それほどの一撃必殺の呪文であった。


(ほんの一瞬でも……それでもいいのです)


 一歩でもエミリーが遠くへ行けるように。

 少しでも危険から離れられるように。


 時間を、稼ぐのだ。




「……ハッ!」




 シリウスの気合いの声とともに放たれる黒い火球。


 魔法の心得がないエリザにもわかる。

 それが内包する魔力は、あまりに大きい。


「……!」


 エリザは覚悟とともに細剣(レイピア)を構えた。


 あの魔法はどうあがいても、自分が対抗しうるものではない。だがそれでもエリザは最期まで闘い、そして朽ちたかった。


 そして、火球がついにエリザへと到達し――




「……!?」




 しかしその直前。

 エリザの横から、()()()が飛びこんでくる。


 そして、エリザを勢いよく押したおした。


 瞬間、火球がエリザが元いた場所を通っていく。

 それから背後の壁に当たり、爆散した。




「……()()()()!?」




 エリザの窮地を救った何者か。

 それは、()()()()()()()()()()()()()だった。


 それが幻か判断がつかず、硬直するエリザ


「エリザ、無事でなによりだわ」


 エミリーは包みこむような微笑をうかべる。

 その笑みを見て、エリザは彼女だと確信する。


「なぜまだここにいるのです!?」


 彼女はスピカとともに裏口から逃げたはず。

 ここにいるわけがない。いていいはずがない。


 エリザはちらとエミリーの背後に目を向ける。

 そこから問題児の侍女が決まり悪そうに顔を出す。


「スピカこれはどういうことなのです!」

「そ……そんなに怒らないでくださいよお! わたしだってダメって言ったんですよ? でもお嬢さまったら、決めたら頑固じゃないですか! みんなを見捨ててはいけないって聞かなくて……」


 スピカはやれやれと肩をすくめる。

 それを見て、同じように肩をすくめるエミリー。


 エリザは痛みをこらえて立ちあがり、頭を抱えた。


「なんということです……これが騎士から逃げられる最期のチャンスだったというのに」


 すでに使用人たちは満身創痍。


 こうなってしまってはもはや希望がない。

 エミリーを逃がせる可能性は消えてしまったのだ。


「エミリーさま、ご機嫌うるわしゅう」


 エミリーの姿を確認し、シリウスが一礼する。


「ええ、シリウスさまお久しぶりです」


 エミリーもまた優雅にドレスの裾を持ちあげ、礼を返した。まるで、夜会で踊る前の男女のやりとりだ。


 しかし状況は、それとはあまりにかけ離れていた。


「夜会ではまともにご挨拶もできませんでしたから、久方ぶりの出会いがこのような場で心苦しいかぎりです。けれど殿下の勅命は絶対ですから。()()()()として貴方を拘束させていただく」


 シリウスがエミリーへと歩みよってくる。

 その手には【魔力の枷】が生成されていた。


 だがそれをエミリーへとはめようとすると――




「「「……ッ」」」




 彼のまえに使用人一同が立ちふさがった。


 侯爵家への恩を返すために。

 否、大好きなエミリーお嬢さまを守るために。


「みんな……もういいの、もういいのよ」


 だがエミリーは首を振った。

 先頭のエリザの肩をたたき、前へと躍りでる。


 自身をかばう皆を――逆にかばうように。


「エリザ……みんなありがとう、わたくしは大丈夫だから。これ以上、みんなが傷つく必要はないの。そうなったほうがわたくしは哀しいわ」


 エミリーはエリザの肩を抱きよせた。

 その顔には、やわらかな微笑がうかんでいた。


 幼少期から変わらぬ天使のような微笑だった。


「わたくしはなにも悪いことはしていないもの。それは貴方たちが一番よくわかっているでしょう? 陛下が帰還すれば、きっと殿下の過ちを正してくださる。それまでわたくしは待てばいいだけ」


 だから心配しないで、と。

 エミリーはなおもエリザたちを気づかう。


(なにが……待てばいいだけ、です)


 エリザは唇をぐっと噛みしめる。


 いまのリオンはあの調子だ。

 待つ間になにをされるかわかったものではない。


 それはエミリー自身もよくわかっているはず。


(ウィンゼル家の方々はまったく……)


 エミリー自身が今いちばん恐ろしいはずなのだ。

 いますぐにでも逃げだしたいはずなのだ。


 なのに、彼女はこうしてここにいる。


(どうして……いつもこうなのです)


 利益など決してかえりみない。


 自身を犠牲にし、人々を助けようとする。

 たかが使用人のエリザたちを助けようとする。


 だからエリザは、エミリーが大好きだった。


「お嬢さま……」


 だからエリザは、悔しかった。


 恩をかえせない自分の無能さが。

 エミリーを助けられない自分の無力さが。


「申し訳、ございません……ッ」


 血のように濃い涙が、エリザの目尻にたまる。

 悔しくて、年甲斐もなく涙がとまらなくなった。


 エミリーはゆっくりと首を振り、エリザをそっと包みこむように抱きよせた。


「……わたくしは殿下に会わねばならない。いまの殿下はなにかがおかしい。直接に話をしたい。それが婚約者だったものの……この国の貴族としての務めだと思うから。だからわたくしはわたくしの意志で王城にあがる。貴方が気に病むことはなにもないわ」


 エリザはなにも言えなかった。

 ただ言葉にならない嗚咽が、その喉からもれた。


 話が済んだと思ったのだろう。

 シリウスはみなの拘束を騎士へと指示した。


 闘いは終わったのだ。

 エミリーと使用人たちは次々と拘束されていった。






     *






「貴方は本当に強いお方だ、エミリーさま」


 使用人たちが連行されたあと。

 シリウスがそんなふうに声をかけてきた。


「シリウスさまにお褒めいただけるなんて光栄だわ」


 軽い口調で応じるエミリー。


 だが賛辞の言葉にも、シリウスは微動だにしない。

 目を細め、剣呑な顔でこちらを見てくるだけだ。


「しかしだからこそ――――」


 ふいに、そうつぶやきながら。

 シリウスは手のひらに魔力を集めはじめた。


「シリウス……さま? どうなさいました?」


 その様子をいぶかしげに見守るエミリー。


 だがシリウスは、なにも答えない。

 ただ、自身のその魔力を()()()()へと変え――




「――()()()()()()()()()




 次の瞬間。エミリーへと放ってきた。


 黒い火球はまっすぐエミリーへと向かってくる。

 明らかにエミリーをねらって放たれたものだった。


 あまりに唐突なシリウスからの攻撃。

 それをエミリーが一瞬で避けられるはずもない。


 黒炎はまたたくまにエミリーへと達し――




「……!?」




 だがその寸前。

 ()()()()が、視界を駆けた。


 それは黒炎と正面から衝突し、爆裂する。


「……ッ!」


 激しい爆風で尻もちをつくエミリー。

 やがて爆煙が晴れ、ゆっくりと目を開ける。


 気づけば目の前には、()()()()()()がいた。


 エミリーをかばうように。

 青年はシリウスとのあいだに立ちはだかっていた。


「これはどういうことですかな、()()()()()()()


 シリウスは青年の姿をみとめ、目を細めた。


 そう――その青年は、マルス・スチュワート。

 エミリーに帝国からの使者と名乗った青年だった。


「それはこちらのセリフです、シリウスさま」


 マルスはそう言いながら、エミリーを振りかえる。


 お手をどうぞ、と。

 あの優しげな微笑とともに手を差しだしてきた。


「……ありがとうございます」


 エミリーは礼を言い、マルスの手をとった。


 すべてが麗しいと思える美貌の青年の手は。

 しかし思いのほか節くれだっていて力強かった。


 触れあったその手を見て、エミリーは自身の状況を忘れて頬をそめてしまった。


「……」


 そしてマルスはシリウスへと向きなおる。

 エミリーへと向けた優しい微笑は鳴りをひそめ、鷹のような鋭い目でシリウスを射抜いた。


「殿下からの勅命は、彼女を捕縛せよというもののはずでしょう。あの火球は完全に彼女の命を奪うものだった。どういうことですか、シリウスさま?」

「それを部外者の貴方が知る必要はない」


 シリウスはそう即答する。

 あきらかに突きはなすような言い方であった。


 しばし2人のあいだに一触即発の空気がただよう。


 さきに口を開いたのは、マルスだった。


「たしかにぼくはこの国の人間ではない。しかし聖女という存在は、我が帝国にとっても非常に重要な存在だ。彼女が本当に偽の聖女か見極めるまでは、勝手なことをしてもらってはこまる。貴殿が彼女に余計な手出しをせぬように王城まで見送らせていただこう」


 シリウスはひとつ息をつき、肩をすくめる。


「……ご勝手にどうぞ」


 不機嫌そうに言い、身をひるがえした。

 魔法騎士を数人残し、屋敷を出ていってしまう。


 あらためて、エミリーはマルスに頭をさげた。


「また助けられてしまいましたわ」

「お気になさらず。理由はさきにシリウスさまに述べたとおり、帝国としても聖女の見極めは慎重に行いたいところですので。しょせんぼくは部外者、貴方のためにできるのはここまでですし」


 彼の行動には彼が言う以上の理由はないのだろう。

 だが彼が自分を救ってくれたのは事実だった。


「それでも……本当にありがとうございました」


 エミリーは満面の笑みで頭をさげる。

 マルスは視線をわずかに落とし、頬をそめる。


 照れを隠すようなその仕草は、さきまでの凛とした彼とはギャップがあった。

 エミリーにはそれがかわいらしく感じられた。


 マルスは少し迷うような仕草のあと――


「エミリーさま……逃げる気はありませんか?」


 大真面目な顔でそんなことを訊ねてくる。


「もし貴方が望むのなら……ぼくが騎士たちを出しぬき、貴方を逃がすことが可能かもしれない。貴方の母君は我が国の出身だとお聞きしました。この国を出て、ぼくとともに我が国に来ればいい」


 身を乗りだすようにして、そう提案する。


 冗談では――なさそうだ。

 だとすればそれは、かなり魅力的な誘いだった。


 けれどエミリーはすぐに首を振った。


「ありがたい申し出ですが、お断りいたします。皆を置いて、わたくしだけ逃げるわけには参りません。わたくしにはこの国の貴族として、やらねばならないことがありますから」


 そう言い、マルスに花のような笑みを向けた。


 マルスはしばしエミリーを見つめた。

 それから言いあぐねるように口を動かす。


「そうですか……いや、そうなのでしょう。()()()()()()()()()

「……?」

「いえ、こちらの話です」


 マルスは慌てて首を振り、微笑をうかべた。 


「とにかく、そういうことであれば十分にお気をつけください。エミリーさまもお気づきだとは思いますが、この国には()がまぎれこんでいる。殿下か、かの男爵令嬢か……あるいはそのまわりか、闇はいつ貴方にまた襲いかかるかわからぬゆえ」

「……かしこまりました」


 お気遣い感謝いたします、と。

 マルスの忠告に素直にうなずいた。


 そしてマルス付きそいのもと。

 エミリーは騎士に王城へと連行されていった。




 ちなみに王城へと連行される道中――


()()()()()()()()()()()って……どどど、どういう意味かしら? まさか……そういう意味じゃないわよね? わたくしの考えすぎよね?)


 マルスの誘いの言葉を思いだし、にわかに顔をりんごのように赤くしてしまうエミリーお嬢さまだった。


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