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9話 聖女の提案


「シリウス、この度の働きご苦労だった」


 リオンはえらそうにふんぞりかえり、シリウスにねぎらいの言葉をかけた。


 シュトワール王国、王城。

 豪奢で広々としたその一室では、巨大な卓を囲んで会議が開かれていた。


 参加者は、総勢十数名の王侯貴族。


 上座には、国王代理である王太子リオン。側近であるシリウス、男爵令嬢ジェニファー、シリウスの父で宰相のゴルド・ドラゴール公爵、そのほか国王の留守をまかされた国の重鎮たちの姿がある。


「ありがたき幸せ」


 シリウスは恭しく頭をさげる。


 先刻ウィンゼル侯爵家を制圧し、エミリーふくめ侯爵家の主要な人間を捕縛した。

 シリウスがそう報告したところだった。


 満足げなリオンだったが、そこで宰相のゴルド・ドラゴールが横槍をいれる。


「殿下……よくやったと申しますが、エミリー嬢やウィンゼル侯爵家のものたちを捕らえてしまって、本当によろしかったのですかな?」

「……どういう意味だ?」


 リオンは目を細め、ゴルドに真意を問う。

 その口調はわずかに苛立っていた。


 ここ最近、リオンは自分本位な振るまいを宰相にとがめられることが多かった。そのため2人の関係は険悪で、度々衝突しあっているのだ。


 そのことを会議に参加する貴族たちもよく知っているため、場の空気は重い。


 だがゴルドは物怖じした様子もなく、まっすぐリオンを見据えて言葉を続ける。


「ウィンゼル侯爵家のこの国での影響力は、想像よりもはるかに大きいのです。ウィンゼル侯爵は陛下の信頼が厚く、貴族のなかでも一派閥を築いている。そしてエミリー嬢も公私問わず慈善事業に深くたずさわり、国民からの信頼を得ています。彼女を()()として信奉しているものも多い。真の聖女ではなかったとしても、その影響力は計りしれない。それを反逆者として捕らえたとなれば、国民からも貴族からも大きな反発が予想されます」


 そんなことは知ったことか! と。

 リオンは不機嫌であることを隠そうともせず、吐きすてるように言いはなった。


「しょせんは有象無象の戯言であろう。もしも問題が起きれば、力ずくでその都度ねじふせればよい。それにドラゴール公爵よ……そういった不平不満を解消するのが、宰相たる貴殿の役割ではないのか?」

「たしかにそれはわたくしめの役割ではあります。だがそれも()()があると言っておるのです!」


 声を荒げるゴルド。

 これまでもゴルドは、リオンの尻拭いを幾度もさせられてきた。ある程度は許容せねばならないことではあるが、もはや限界を突破しているのだ。


 だがリオンはそれを気にとめた様子もない。

 すっと目を細め、ゴルドをにらみつけた。


 2人のあいだに険悪な雰囲気がただよう。


「俺の統治がそんなに不満か、公爵よ?」

「わたしはこの国のことを……そして殿下のことを陛下から任されております。陛下が不在のあいだにこれ以上この国の政情が不安定になるのは避けねばならない。ただただそれだけを考えて……」

「不満なのか、と訊いている!!!」


 言葉を(にご)すゴルドを、リオンは詰問する。


 ゴルドはぐっと拳を握りしめ、歯を食いしばる。

 なにか言いたげに口を開き、しかし言いあぐねるように口を閉じる。それを数度くりかえす。


 公爵、なりませんぞ! と。

 近くの貴族が慌てた様子でゴルドの腕を引いた。


 しかし逆にそれが引き金となった。

 ゴルドは勢いよく立ちあがると、もう耐えられぬといった顔でリオンに言いはなった。


「不満に決まっておりましょう!!! 殿下はこの国のことがなにもわかっておりませぬ! このまま殿下が自分勝手な統治を続けていれば、この国は陛下の帰還前に終わってしまうやもしれぬのですぞ!」


 ――シン、と。

 会議室は一気に静まりかえった。


 しばしあって、リオンが重い口を開く。


「貴殿の言いたいことはわかった、よかろう」

「……わかっていただけましたか!?」


 身を乗りだし、目を輝かせるゴルド。

 ついにリオンも自分の考えを理解してくれたのか、報われたのかと思ったのだろう。


 しかしリオンは近くの騎士を振りかえると――




()()()()()()()()()、牢にぶちこんでおけ」




 ゴルドを指差し、そんなことを命じるのだった。


 その意味を察し、ゴルドは顔を青ざめさせる。


 リオンの命令に応じ、2人の騎士がすばやく動く。

 ゴルドの両腕をつかみ、強引に連行する。


「殿下……殿下お待ちください! なりませぬ、このままではこの国は! この国は!」

「黙れ、俺の統治が気にいらんのだろう。そんな人間をこの国の宰相になどしていられるか。いずれウィンゼル侯爵同様に反逆する可能性があるからな」


 声をあげるが、リオンは聞く耳を持たない。

 それでもさらに言いつのるゴルドだったが、まもなく部屋の外へと連行されていった。


 ふたたび訪れる静寂。


「ほかに俺の統治に不満のあるものはいるか?」


 あらためて、リオンが皆に訊ねる。


 貴族たちはみな悲痛な顔でうつむいていた。

 ここで不満を述べたらどうなるかは、火を見るよりあきらかだ。手をあげるものは誰もいない。


 ふん、と。

 リオンは勝ちほこったように鼻を鳴らす。


「……まあよい、俺も寛容な人間だ。貴殿らの要望にはできるかぎり答えたい。要は国民や貴族たちからの反発をなくせばいいのであろう」


 リオンは椅子でふんぞりかえりながら、となりで眠たげなジェニファーへと視線を送る。


「真の聖女はこのジェニファーだ。あの侯爵令嬢ではない。その事実を広く知らしめれば、あの女や侯爵家へのあつかいにもみな納得するであろう。要はジェニファーの力をみなに見せつけ、そうすることで聖女として認めさせればよいのだ」

「具体的にはなにを?」


 父ゴルドに代わり、シリウスがさきをうながす。


「さいきん王都では医者が不足していると聞く。当然だろう。戦で怪我人は増えつづけ、さらにこの寒さで多用な病が広がっているのだからな。そこで聖女であるジェニファーの出番だ。大神殿に怪我人や病人を集め、ジェニファーが癒やすのだ」


 おお、と。

 貴族たちから驚嘆のため息がもれる。


 あのリオンからまともな意見が出たことにおどろいたと。みな一様にそんな反応だった。


「しかし、ジェニファー嬢は……大丈夫なのですか? 失礼ですが、わたしは彼女が聖魔法を使用するのを一度しか見たことがない。聖魔法というのはそんなに幾度も使用できるものなのですか?」

「……ジェニファー大丈夫だな?」


 リオンはジェニファーの顔をのぞきこむ。


 退屈な会議にうとうとしていたらしいジェニファーはハッとしたような顔でリオンを見る。

 そして大きなあくびをしながら、


「え~、それってたくさん魔法使えってこと~? ちょっとめんどくさいかも~! 魔法って使うとすんごいつかれるんだよね~……リオンってば、そこらへんちゃんとわかってるの〜?」

「それは理解しているが、これも俺とジェニファーの今後のためなのだ。王妃になるには聖女と認められる必要がある。わかってくれ」


 むううううう、と。

 唇をアヒルのようにとがらせるジェニファー。


 そしてしばし黙りこんだあと、


「じゃあさ、じゃあさ~! もしみんなのケガとか病気とかを治して、聖女だって認められたら~……ひとつだけジェニファーの()()()聞いてくれる~?」


 甘えるようにそんなことをのたまう。


 庇護欲をそそる完璧な角度での上目づかい。

 うるんだ瞳は、まるで愛らしい子猫のようだった。


「ああ、いくらでも聞いてやる!」


 ドンとまかせろ! と。

 リオンは自身の胸を叩いてうなずいた。


 これまでもリオンは、今回のようにジェニファーの()()()をいくつも叶えてきた。


 はるか遠くの異国のお菓子だったり、ドレスやアクセサリだったり、それらは非常に贅沢なものばかりではあるがかわいらしいものだった。

 今回もそんなことだろうと思ったのだ。


 しかしリオンのそんな思考は――




「じゃ……()()()()()()()()()()()~♡」




 ジェニファーの言葉に軽々と打ちくだかれる。


 ざわざわ、と。

 会議室が騒然とし、貴族たちは顔を見合わせた。


()()……だと?」


 さすがのリオンもあっけにとられる。

 まったく予想していないことだったのだ。


 硬直するリオンに代わり、シリウスが口を開く。


「それは難しいかと愚考します。今回のエミリーさまの場合ですと、たいていは修道院に送るか国外追放というのが慣例ですから」

「え~、かんれ~なんか知らないよ~! リオンはあたしのお願い聞いてくれないの?」


 いまにも泣きそうな顔をするジェニファー。


 いや……そういうわけでは、と。

 リオンは迷うような素振りをみせる。


 リオンにとって、エミリーは長年ともに過ごしてきた婚約者。その悪行の数々で愛想をつかしたとはいえ、処刑するのには抵抗があるのだ。


 しかし、そのときだった。




「うッ……()()……ッ」




 リオンが唐突に頭痛を訴えはじめる。


 頭を抱えるようにし、その場にうずくまった。

 しばし痛みにうめきつづける。


「殿下、大丈夫ですか!?」

「……」


 慌てるシリウスを横目に、ジェニファーが席を立ってリオンのかたわらへと動きだす。


 そして背後からリオンを抱きしめる。

 まるで子供をあやす母のように――あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……よい、大丈夫だ」


 しばしあってようやく落ちついたらしい。

 リオンは顔をあげ、ひとつ大きな息をついた。


 それでお願いの件だったな、と。

 何事もなかったかのように、すぐに話を戻す。


()()()()。もしジェニファーが民を癒やし、聖女として認められた暁には、あの女を……エミリー・ウィンゼル侯爵令嬢を処刑すると誓おう」


 殿下!? と。

 貴族たちが信じられぬという顔で声をあげる。


 ひとり「やったあ」と跳びはねるジェニファー。


「……よろしいのですか?」

「二言はない」


 異論もないな? と。

 リオンはシリウスに答え、あらためて卓を見回す。


 異論を唱えるものはいなかった。

 なにか言いたげな顔はしていても、口を開くものはいない。さきほどゴルドが捕らえられたばかりだ。そうなってはたまらないと思ったのだろう。


 リオンは異論がないのを見て、顎と視線でシリウスに話を進めるようにとうながす。


「それでは数日後、大神殿でジェニファーさまによる奇跡のお披露目を行うということで話を進めましょう。具体的な手順等を決めたいのですが……ん、ジェニファーさまどうなさいました?」


 ジェニファーが妙な方向を見ていることに気づき、首をかしげるシリウス。


 う〜ん気にしないで~、と。

 ジェニファーは眉間にしわを寄せながら答える。




「……()()()がまぎれこんでたみた〜い」




 悪戯めいた微笑で肩をすくめた。


 彼女の視線の先には、会議室の出入り口。

 ゴルドを連行したときに閉め忘れたのか、あるいはネズミのせいなのかわずかに隙間が空いていた。


 その扉にいぶかしげな視線を送る会議室の面々。


 だがしばしあって、シリウスが気を取りなおしたように今後の段取りを決めはじめるのだった。


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