7話 侯爵家襲撃
「お父さまが囚われた!?」
エミリーは目を見開いた。
父クラストが王城に囚われた。
侍女長エリザはたしかにそう言ったのだ。
「……いったいどういうことなの?」
エミリーは気を落ちつけながら訊ねる。
エリザは一度、深呼吸した。
思考を整理するように、ゆっくりと話しはじめる。
「さきほど、密偵による報告があったのです。昨夜の婚約破棄をふくめ、クラストさまは謁見にて殿下にきつく忠告をなさるとおっしゃっていました。しかし殿下はあの調子。謁見にて逆上し、クラストさまのさらなるお怒りを買ったようです」
エミリーは昨夜のリオンの様子を思いだす。
たしかに、いまのリオンは素直に忠告を聞くまい。
父の怒りを買うのも容易に想像がつく。
「でもそれでなぜ、お父さまが囚われることに?」
「今回は事が事でしたので、クラストさまも堪忍袋の緒が切れたようです。結果、殿下に手をあげてケガを負わせてしまい、拘束されたという話です」
まさか、と。
エミリーは驚愕に目を見開いた。
冷静沈着な父がそこまで怒るとは。
(なぜ昨日にかぎってそんなに……)
殿下の横暴はいまに始まったことではないのだが。
(お父さま大丈夫かしら……)
父のことがひどく心配になってくるエミリー。
いまのリオンはなにをするかわからない。
ひどい扱いを受けていなければいいが――
「……いえ、エミリーさま! もうここで悠長に話している余裕はないのです! できるかぎり早く、ここから逃げださねばなりません!」
「逃げる? さっきもそう言っていたけれど……」
どういうことなの? と。
エミリーがいぶかしげに訊ねた、その瞬間だった。
――――キャアアアアアッ!
悲鳴が聞こえた。
声はまだ遠かった。
おそらく屋敷の正門か、その近辺からだろう。
「……まさか、もう来たというの!?」
エリザは口をあんぐりと開く。
しかしすぐに首を振り、こちらへと向きなおる。
そして、エミリーの手をぎゅっと握った。
「……エリザ、いったいなにが来たというの?」
「侍女長、なにが起こっているんですか?」
エミリーとスピカが、ほぼ同時に訊ねる。
よくお聞きなさい、と。
エリザは2人を落ちつかせるように言った。
「殿下は暴行の罪だけを理由に、当主さまを拘束したわけではありません。国の大事である聖女の預言をいつわり、偽の聖女をかつぎあげる偽装工作をしたとして国家反逆の罪をも当主さまにかぶせたのです」
「まさか……!?」
たしかにリオンは夜会でそんなことを言っていた。
だがあれは勢いで言ったことと思っていた。
まさか本気だったとは。
「そして、問題はそればかりではありません。エミリーさまも聖女に成りすました罪で指名手配……殿下から捕縛の勅命が出されてしまったのです」
「……わたくしも!?」
ありえないことではないだろう。
父にそこまでしたぐらいだ。
エミリーに矛先が向いてもおかしくない。
ジェニファーが後押ししたことも考えられる。
「じゃあ、もしかしていまの悲鳴は……」
「騎士が屋敷にまで押しいってきたのでしょう。もはや一刻の猶予もありません」
ごくりと唾をのむエミリー。
状況があまりに唐突で、頭が混乱していた。
いろいろな思考がエミリーのなかで氾濫する。
「……」
しかし、状況は待ってくれない。
「裏口から出て、まずは身を隠すのです。そして機を見て、馬車をつかまえなさい。この国を出て、亡き母君の縁を頼るのです。きっと力になってくださる」
エリザはエミリーの手に大きな袋を握らせる。
ずっしりと重いそのなかには、金貨が入っていた。
お嬢さまを頼みますよ、と。
スピカに告げると、エリザは身をひるがえす。
そして、屋敷の使用人たちを集めはじめた。
「……お嬢さま、行きましょう!」
スピカに廊下へと連れだされる。
しかし、エミリーはそこで立ちどまった。
「でも、エリザや皆はどうするの!? もしかしたら皆も捕まってしまうかもしれないのよ!?」
エミリーにも捕縛の勅命がくだされたのだ。
使用人も捕縛されてもおかしくない。
特に側近の侍従や侍女は、その可能性が高かろう。
「それは――――あ、お嬢さまッ!!!」
スピカが言いかけた瞬間。
エミリーはエリザを追って、駆けだした。
そしてやってきたのは、屋敷の正面口。
ホールには、侯爵家の使用人が勢ぞろいだった
皆ありあわせの鎧や剣、農具等で武装している。
そこにいたエリザは、すぐにエミリーに気づく。
「2人ともなにをもたもたしているのです! 早く逃げねば、まもなく騎士たちがここにやってきます!」
これまでにないぐらいに厳しい顔で言う。
だがエミリーは皆に歩みより、そして訊ねた。
「貴方たち……まさか、戦うつもりなの!?」
相手はおそらく、王国の精鋭魔法騎士だ。
ただの使用人ごときが敵うわけがない。
しかしエリザは力強くうなずいた。
「長くはもたないでしょうが……時間を稼ぎます。そのあいだにエミリーさまはお逃げください。どのような手を使ってでも、引きとめてみせますので」
エリザの瞳には、強い覚悟が宿っていた。
それは、ほかの使用人たちも同じだ。
心配するなと視線でこちらに訴えかけてくる。
「そんなの危険すぎるわ! 相手はあの魔法騎士団なのよ。殿下がどのように命令しているかわからない以上、手加減してくれるかもわからないのに!」
「スピカ、お嬢さまを連れてお行きなさい!!!」
エミリーの話をさえぎるエリザ。
はい!!! と。
スピカはエミリーの腕を強引に引いた。
「待って、スピカ……みんながッ!」
言いながらも、スピカに腕を引かれてゆく。
そしてみなに背を向け、屋敷の裏口へ駆けだした。
*
(お嬢さま、どうかご無事で)
エミリーの背を見届け、エリザはひとつ息をつく。
直後――皆のもの! と。
よく通る凛とした声で、使用人一同に呼びかける。
「いまこそ、ウィンゼル侯爵家への恩を返すときです! 当主さまとエミリーさまは、恵まれぬ生まれだった我々を進んで取りたててくださいました! もしもその慈悲がなければ、この世にいなかったものも多いでしょう。かの暴虐の殿下に捕縛されれば、エミリーさまがどのような目にあうかは想像もできません。エミリーさまをこの命を賭してでも逃がすのです!」
「「「おおおおおおおおおおおおッ!!!」」」
使用人たちの鬨の声が、屋敷にとどろいた。
しかしその直後――
「――そうは参りません」
バンッ!!! と。
屋敷の正面扉が、勢いよく開けはなたれた。
そして武装した魔法騎士たちが突入してくる。
その先頭に立っていたのは、若い青年貴族。
リオンの側近のシリウス・ドラゴールだった。
「リオン・フォン・シュトワール国王代理の命により、ウィンゼル侯爵家に連なるもの並びにその側近を拘束する。我らには強制執行権が付与されている。抵抗する場合には武力行使もいとわない。武器をおさめて投降していただけますか? エミリーさまの居場所を教えてくだされば、悪いようにはしません」
「……ッ!」
平和的な解決を望むというシリウス。
だがみな武器を握りしめ、にらみかえすだけだ。
決して武器をおろそうとしない。
「……」
武器を握る皆の手は、恐怖に震えていた。
あたりまえだ。
相手は王国の精鋭魔法騎士団なのだから。
彼らは命の奪いあいのエキスパート。
一撃で人命を奪う破壊魔法すらあつかえる。
まともに戦えば命はない。
そのことは使用人一同もよく理解していた。
「「「…………ッ!」」」
しかし。
投降する選択肢なんて、あろうはずがなかった。
大好きなエミリーお嬢さまを守りたい。
その一心で、みな彼らの前に立ちはだかっていた。
「――――制圧せよ!!!」
瞬間。シリウスの鋭い声が屋敷にとどろいた。
魔法騎士たちが一斉に呪文詠唱に入る。
「「「うおおおおおおおおおおおッ!!!」」」
そうはさせまい、と。
使用人たちは武器で果敢に打ちかかっていく。
絶望的な闘いが、いま始まった。




