12話 聖女の覚醒(前編)
「ジェニファーご苦労であったな!」
王城、会議室。
そこでは例のようにリオンとジェニファー、シリウス、さらには国の重鎮たちが会議を行っていた。
現在、シリウスから大神殿でのジェニファーの祝福について報告がなされ、リオンがねぎらいの言葉をかけたところであった。
だが王太子からねぎらわれながらも、当のジェニファーから返事はない。
「……」
モグモグパクパク、と。
さきほど侍女に用意させた大量のおかしを食べているからだ。その食べっぷりと言ったら、王都の大食いチャンピオンもかくやであった。
リオンは気にした様子もなく言葉を続ける。
「民はもちろん、貴族たちのなかにもジェニファーの祝福を授かったものがいたらしい。聖女としてのジェニファーの評判はうなぎのぼりだ! これで俺との婚姻も問題なく進められるだろう!」
満足げなリオン。
一方でジェニファーは口にためたおかしをごっくんと呑みくだしながら、
「それもすっごく大事だけど、あのお願いもちゃんと聞いてくれるんだよね〜?」
上目遣いの瞳うるうるおねだりモード。
その容姿と仕草ふくめた完璧なおねだりにより、食べカスを口の端につける賤しさすら、少女の無邪気さを演出しているように見える。
「もちろん約束は守る。処刑は本日から3日後。広場で大々的に行うとしよう」
「やった〜!!!」
よいな? と。
会議に参加している国の貴族に訊ねるリオン。
なにか言いたげな顔をしているものもいたが、声をあげるものはいない。
体裁は自由に意見を出しあうというこの会議だが、リオンの意見しか採用されないのが実情だ。
下手に口を出してリオンの反感を買えば、宰相のように牢に入れられるだけ。異論を唱えるものがいようはずもない。
そんなこんなで会議がひと段落したときだった。
「――ご報告がございます!」
兵士が慌ただしく会議室に飛びこんでくる。
「申せ」
「は! 現在、城に多くの民が押しよせております。なにやら聖女さまの祝福を受けたものが次々と倒れているから助けてくれ等と騒いでいるようです」
リオンは面倒くさそうに羽虫を払う仕草をする。
「そんなことは知ったものか。一度は慈悲で治してやったのだ。ふたたび悪化しようが、それはそいつらの責任であろう。まったく愚民どもは人に頼ってばかりで自分でどうにかしようという気がないのか」
「ほんとバッカだよね〜! たんまりとお金でも持ってきてるなら考えてもいいけどさ〜! そうじゃないならこの聖女さまが治すわけないじゃ〜ん!」
キャハハハハ、と。
ジェニファーの下品な高笑いが会議室に響く。
民に暴言を吐く二人を見て、兵士は顔をしかめる。
「……それで民はいかようになさるので?」
「無視して捨て置け。いつまでも城から離れぬようなら強引に追い払えばよい」
助ける気はまったくないらしい。
は! と。
短く返事をし、兵士は会議室を足早に出ていった。
王国が終焉へと向かっているのを確信しながら。
*
「んんっ――――ハッ!!!」
王城に隣接した《断罪の塔》、牢のなか。
エミリーは大真面目な顔で手をかざし、気合いの入った声をあげていた。
しかし、なにかが起こる様子はない。
「お嬢さま、どうです?」
「ダメね、ジェニファーさまの矢を打ち消したあの白い魔力はぜんぜん出ないわ」
となりの牢のスピカに訊ねられ、エミリーはため息まじりに首を振った。
ジェニファーが去ったあと、エミリーはあの白い魔力をもう一度出そうと何度も試みた。けれど、一度も出せていないというのが現状だった。
「ふ~む、お嬢さまに聖女の力がついに覚醒したのかと思ったんですけど」
「なにかの間違いだったのかしら……」
何度試してもダメだったため、エミリーは自信をなくしてしまっていた。
しかしスピカはいえいえとすぐさま反論する。
「わたしはぜぇったいに、エミリーさまが聖女だと思います。あのジェニファーさまの魔法は、聖魔法には見えませんでしたし。ほら、聖女があんな禍々しい矢を生みだせると思います? 性格もまっっったく聖女にはふさわしくありませんし」
ジェニファーの態度を思いだしたのか、イライラしたようにまくしたてる。
「それなら、わたくしだって聖女にはふさわしくないわ。つまらないことでうじうじしてしまうし……」
「いえ、エミリーさまはどう見ても聖女です! これ以上ないってぐらいに!」
スピカは即答で断言する。
言いきる彼女にエミリーはやれやれと苦笑する。
「やっぱり貴方はわたくしを過大評価しすぎね」
「まっっったく、過大評価ではございません!」
食いぎみに反論してくるスピカ。
「……その容姿も性格もふくめ、お嬢さまの麗しさと清廉さといったらもはや女神セレスティアさまにも匹敵するといっても過言でなく! 特にそのぷにぷにのもっちりお肌なんか見てるだけでキスしたくなってしまいますし……って、ああなぜわたしとお嬢さまの牢が別なのでしょう! キスしたくてもできない! もうこうなったら壁にするしかないではありませんか! お嬢さま、ぶちゅうううう!!!」
「…………」
エミリーは呆れて目を細めた。
エミリーと引き離されたせいか、スピカの発作が悪化している気がする。
(そんなところも可愛いのだけれど……)
またタコみたいな顔が見たいわね、と。
肩をすくめながら、自身の手のひらを見た。
もしあの白い魔力が偶然でないとしたら、自分が聖女の可能性は十分にある。
そして自分が聖女だと証明できれば、おそらくこの状況を好転させられるのだ。
エミリーはスピカを放置し、白い魔力を出せるように試行錯誤しはじめた。
✳︎
『おい、もう入れる牢がねえぞ』
『そのへんの牢に相部屋で入れときゃいいだろ』
それから数刻が経ったぐらいだろうか。
なんの成果も出ずにエミリーが肩を落としていると、牢の外から声が聞こえた。
(どうかしたのかしら?)
エミリーは首をかしげる。
やがて複数の足音がこちらに近づいてきた。
現れたのは二人の兵士とひとりの男。
男のほうは体に鎖を巻かれ、完全に兵士に拘束されている。罪人なのだろう。
兵士たちは牢の様子をうかがい、結局エミリーの牢まで男を連れてくる。
「おい嬢ちゃん、こいつもいれてやってくれ」
「え……!?」
困惑するエミリーを完全に無視。
よっこらせ、と。
連れてきた男をエミリーの牢へと放りこんだ。
「ちょ……なんでエミリーさまの牢に!? そんな得体の知れない犯罪者!」
「おまえらも犯罪者だろうが、仲良くしろ」
わめくスピカを軽くあしらう兵士たち。
それから仕事は済んだと「よおし、飯行こうぜ〜」と言いつつ去っていく。
(……どうしましょう?)
犯罪者らしき男と二人で牢に閉じこめられ、困惑するエミリー。
しかし男が倒れたまま動かないのを見て、心配になって歩みよる。
「マルスさま!?」
そして恐る恐る男の顔を確認し、驚愕する。
鎖でぐるぐる巻きにされ、連行されてきた罪人。
その男はなんと、帝国からの使者マルス・スチュワートその人だったのだ。
「ハハハ……数日ぶりです。情けないところを見られてしまいましたね」
マルスは苦しげに声をしぼりだし、微笑した。
「大丈夫でございますか!? いま鎖を……」
いつもと同様の優しい表情だが、鎖のせいかひどく苦しげだった。
エミリーは鎖をゆるめようとマルスに触れるが、その瞬間にビリッと黒い電流のような魔力に手を弾かれてしまう。
「……触らないほうがいい。これは魔力の鎖です。魔力を吸収し、さらに強固なものになっていく呪いの鎖。触れればエミリーさまの魔力をも吸収し、さらに強固になるだけでしょう」
も、申し訳ございません! と。
エミリーは慌ててマルスから手を離す。
マルスは鎖に拘束されながらも、壁にもたれかかるように身を起こす。
「なんにしろ同じ牢に入れられたのは好都合です。エミリーさまにジェニファー・ロマノフ男爵令嬢についてお話したいことがこざいます」
「ジェニファーさまについて……?」
いぶかしげに眉をひそめるエミリー。
マルスはこくりとうなずくと、呼吸を乱しながらも詳細を話しはじめた。
ジェニファーが異界の魔神と契約を結び、その力を借りていること。その魔神の力で奇跡を起こしていること。民に祝福を授けると偽り、不当な契約魔法を施したこと。そしてそれをとめようとして、マルスが捕縛されてしまったことを――。
「――なんということでしょう」
エミリーは話を聞き、息をのんだ。
ジェニファーの魔法は聖魔法には見えなかった。
だが、そのようなものだったとは。
「しかしジェニファーさまが真の聖女でなかったとすれば、真の聖女は……?」
「十中八九、エミリーさまでしょう。大預言者さまのお言葉が間違っているはずもない。あれから力の覚醒の兆しは見られないのですか?」
「あ、それなら実は……」
エミリーはジェニファーの魔法を打ち消した白い魔力の話をマルスに聞かせた。
「……ほう、それは聖女だけが持つという聖なる魔力に違いない。やはり貴方が聖女でしたか。中庭でお会いしたときから確信はしておりましたが」
「中庭で、でございますか?」
エミリーはきょとんと首をかしげる。
「夜会の日、ぼくは中庭で見たのです。貴方の涙が美しい花を咲かすのを」
「わたくしの、涙が……?」
「ええ、貴方が涙を流していたその場所に前日にはなかった花々がたしかに咲いておりました。あのようなことができるのは聖女だけでしょう」
まさか、と。
エミリーは信じられない想いだった。
たしかにエミリーはあの夜、中庭で涙した。
しかし婚約破棄で頭がまっしろになっていて、そんなことになっているとは。
「というか、マルスさま……泣いているのをごらんになっていたのですか!?」
彼の話しぶりからするとそういうことだろう。
顔が一気に熱を持ち、火照るのを感じた。
あのような情けない姿にくわえ、涙を流すところまで見られたとなると、穴があればすぐさまもぐりたくなってしまうエミリーだった。
「あ……申し訳ございません。直接に見ていたわけではないのですが、目元が赤く腫れていらっしゃったので泣いていらっしゃったのだろうなと」
慌てて弁解するマルス。
そうは言われたものの、恥ずかしいところを見られたことには変わりはない。
エミリーは暗澹たる気持ちとなるが、すぐに首をぶんぶん振って顔をあげる。
いまはうじうじしている場合ではない。
「白い魔力の話に戻るのですが……あれ以降わたくしの意志では出そうとしても出せないのですわ。自由には出せないものなのでしょうか?」
「ふむ、力というのは必要がなければなかなか出せぬもの。そういった場面が来れば、おのずと使えるようになるのではありませんか?」
だとしたら、よいのですが……と。
エミリーは自信なさげにうつむいてしまう。
マルスは麗しい顔に優しい微笑をうかべた。
「――ご心配なさらず、貴方は聖女です。貴方のように凛とした美しさを持った女性をぼくは見たことがない。ほかの誰が否定しようと、ぼくが保証します」
力強くそう言いきった。
ふいにそんなことを言われ、あまりの衝撃にエミリーはしばし固まってしまう。
(凛と美しい……!?)
ほめられた。
マルスにほめられてしまったのだ。
これは現実だろうか。
自分がマルスにほめられるなんて。でもたしかにいま自分を美しいと。そう言った。
(……むむむむむむむむむ)
エミリーは熱くなった頬を両手ではさみ、うつむいてしまった。
頭のなかがマルスにほめられた衝撃でキャパオーバーになったのだ。
言葉を失い、いっぱいいっぱいになってしまう。
それをどう勘違いしたかマルスが頭をさげてくる。
「申し訳こざいません、出すぎたことを申しました。ぼくのようなものに保証されてもこまりますよね」
「そ、そんなことございません! マルスさまはとてもやさしくて、凛々しくて、お強くて……笑顔を向けられると落ちつきますし、同時になんというか胸が締めつけられるような感覚もあって、こんな気持ちになるのは初めてで……え、わたくしなにを言ってるのかしら!? 申し訳ございません!」
弁解しようと慌てふためいてしまって、もはや自分がなにを言っているのかもわからなくなる。
「……いえ、大丈夫です」
マルスはわずかに頰をそめ、うつむいた。
(あわわわわわ、どうしましょう……)
気まずそうなマルスを見て、エミリーはやってしまったと顔は真っ赤に、頭はまっしろになる。
しばし、二人のあいだに沈黙が流れ――
「いったいどうなってるッスか……!!!」
だが、ふいにその沈黙はやぶられる。
沈黙をやぶったのは頬をそめた二人でもなく、となりの牢で空気を読んでずっと黙っていたスピカでもなく、牢番の男だった。
牢番は苛立ったように言い、壁を蹴りつけた。
「どうなさったのですか?」
「どうしたもこうしたもねえッスよ。俺の嫁と娘が倒れたッス。娘はもともと体が弱かったんだが、聖女さまの祝福を授かって元気になったと思った矢先だよ。娘はともかく、嫁まで倒れちまって逆に状況が悪くなってんじゃねえかってな。意味わかんねえッスよ」
苛立ったように歯を食いしばる牢番。
「それって例の契約魔法の……?」
エミリーは思いあたってマルスに視線を送る。
そしてそこで、マルスの異変に気づいた。
マルスはその整った顔を苦悶にゆがめ、その場にうずくまっていたのだ。
「マルスさま!? どうなさいました!?」
エミリーは慌ててマルスに寄りそう。
瞬間、マルスの体を禍々しい魔力が包みこんだ。
「……ッ、ぁああッ」
激痛をこらえるようなマルスのうめきが響く。
「しっかりなさってください!」
エミリーは鎖のせいでマルスに触れられず、見守ることしかできない。
やがてマルスのうめきは徐々に大きくなり――
「――ぐぁああああああぁあああッ!!!!」
ついには叫びとなって牢にとどろいた。
そしてその叫びに応じるかのように、禍々しい魔力が一気にうごめきだす。
まるで真夏の太陽が大地から水を奪うように。
禍々しい魔力はマルスの体から、残りわずかな生命力を根こそぎうばっていく。
人を呼んでくるッス! と。
マルスのただならぬ様子を見て、牢番は慌てて階段を駆けあがっていった。
「マルスさま……マルスさま!!!」
「ぐッ、あぁあ……」
声をかけるが、返ってくるのは苦悶の叫びのみ。
牢に入れられたときから、マルスの生命力は非常に弱々しかった。この二本の鎖から膨大な魔力を奪われつづけていれば、それはそうであろう。
そしていま衰弱しきったマルスから、さらに生命力が流れだしている。
(どうすれば……!?)
エミリーは人並み以上には魔法を学んできた。
だがどうすべきかまるでわからなかった。
ただひとつわかるのは。
このまま放っておけば、マルスは確実に死んでしまうということだけだった。




